【インタビュー(前編)】「ベンチャーを選ぶのではなく、選ばれる会社になる」。リンクアンドモチベーション麻野氏が考える、投資事業を成功に導くマインドとアクション。
「モチベーション」を重視した組織人事コンサルティングによって、圧倒的な実績と存在感を誇るリンクアンドモチベーション。そんな同社が2013年末にスタートさせたのが、「ベンチャー・インキュベーション事業」です。上場を目指すベンチャー企業に対して、従来のコンサルティングだけではなく、投資を行うことでより深い支援を図っていくという、この事業が誕生した経緯とは? 社内外でのリレーション構築を深めるポイントとは?——執行役員でベンチャー・インキュベーション事業の発起人でもある麻野耕司氏にお話を伺います。インタビュー前編では、特に同事業誕生に関するヒストリーを中心に、新規事業立ち上げのコツとノウハウをお聞きしました。
▲株式会社リンクアンドモチベーション 執行役員 麻野耕司氏
1979年、兵庫県出身。慶應義塾大学を卒業後、「株式会社リンクアンドモチベーション」へ入社。2010年、当時最年少で中小ベンチャー企業向け組織人事コンサルティング事業の執行役員に着任。同社最大の事業へと成長させる。2013年には成長ベンチャー企業向け投資事業を立ち上げ、自らも複数の投資先企業の社外取締役、アドバイザーを務める。現在は新規事業として国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」をスタートさせた。著書に『すべての組織は変えられる~好調な企業はなぜ『ヒト』に投資するのか~』(PHP研究所)がある。
リーマンショックで感じた、業績低迷時に企業を支援する重要性。
――まずベンチャー・インキュベーション事業を立ち上げるに至った経緯を伺えますか?
当社では創業以来、組織・人事面でのコンサルティング事業を営んできました。私自身、もう入社14年目になりますが、コンサルティング事業には、誇りを持って取り組んできた自負があります。ただ、そうしたキャリアの中で2009年にリーマンショックを経験した。あれが原体験となり、「もう一歩踏み込んで企業のサポートをしたい」と強く考えるようになったのです。
――リーマンショックが、新事業の立ち上げのきっかけに?
リンクアンドモチベーションは、2008年の上場まで右肩上がりの企業成長が続いていました。ただ、その年末にリーマンショックが起こりまして、2009年、10年と業績は急激に厳しい状況に陥りました。当時、私は管理本部で社長室長を担当しており、創業者で現会長の小笹の直下でで会社運営に取り組んでいたんですね。
――非常に大変な時に、企業のトップの一番近くにいらっしゃったわけですね。
そうです。好調時はメディアなどでも大きく取り上げられていましたが、業績が低迷した瞬間に、そうした評価も一変しました。私はもう驚くばかりで言葉もありませんでしたが、そうした中でも、小笹は未来を見据えて成すべきことに取り組んでいた。
その時に、「経営者という仕事はなんて偉大なんだ」と感じたんですね。そして、自社だけでなく、同じ志を持てる企業に対しては、業績が好調な時だけでなく、傾いた時にも支援できるような事業がしたいなと。
――企業の支援という意味では、コンサルティング事業にも同様の価値があるかと思いますが?
コンサルティング事業にも大きな価値があると思っていますし、それには疑う余地がありません。ただし、傾向としては、コンサルティング事業、特に「組織・人事」という領域の場合は、どうしても事業成長時にご相談をいただくケースが多いんですね。事業が下降している時期はいわずもがなです。そうしたアップダウンに関わらず、どんな時も寄り添って、中長期的な視点で偉大な会社づくりを支援したいと思ったんですね。本当に偉大な会社をつくるためには、アップトレンドの時だけではなく、ダウントレンドの時にも支援することが必要ですから。そこで考えたのが投資事業です。
投資を行い、資本関係を持てば、良くも悪くも切っても切れない関係になる。そうすれば、今まで以上に中長期的な視点からの支援が可能になる。大変なときはフィーをもらわずに手弁当でサポートしてでも、最終的にその企業の価値が高まれば自社にもメリットが生まれます。そこで、コンサルティングからさらにもう一歩踏み込んだ「ベンチャー・インキュベーション事業」を立ち上げようと動き、2013年末に事業がスタートしました。
「意思決定メカニズム」の把握は、新規事業立ち上げに必須。
――価値ある新規事業でも、立ち上げに苦労するケースは少なくありません。麻野さんはベンチャー・インキュベーション事業発足に際して、何か取り組んだことなどはありますか?
新規事業の立ち上げ前、準備段階のフェーズで言うと、事業計画や事業内容自体ももちろん大事ですが、私個人としては、“社内政治”も非常に重要だと思っています。
――社内政治は苦手という方も多いのではないでしょうか。
たしかに、「社内政治は嫌いだ」という声はよく聞きますが、それは甘えだなと思っていて。起業家たちは自由に見えて、様々な投資家に頭を下げて回り、時には泥臭いリレーション構築にも心血を注ぎます。
アントレプレナーが融資のためにそこまで努力しているわけですから、イントレプレナーたちも社内で投資を受けるためには、社内政治・社内調整を怠ってはいけないと思っています。最低限、自社内の「意思決定メカニズム」をきちんと理解して動かなければいけません。
――「意思決定メカニズム」を把握することも不可欠だということですね。
当然、会社ごとにそのメカニズムは異なります。大企業であれば、複数の人間の意思決定を押さえる必要があるし、創業オーナー経営者の意志が最重要というケースもあるでしょう。いずれにせよ、キーパーソンがどんな思考を持ち、何に重きを置いていて、情報をどう捉えて判断を下すのか。そうした社内の意思決定メカニズムに精通することは避けられない道です。
私の場合で言えば、いきなり事業計画書を作成してプレゼンではなく、まず「この人に投資したい」と思えた優秀な経営者と当社のトップを引き合わせることから始めたり、経営陣に事業提案を行う際に座る席の位置まで気を付けたり、非常に細かな部分まで気を配りますね。
――座り方ひとつの違いでも、大きな影響が生まれますか?
当社トップの小笹に限らず、基本的に真正面に座ると、フィードバックするモードに入りやすいんですね。そうなると、その事業の課題を探す目線になってしまう。しかし、そうなった時点で、新規事業の提案を行うのはかなり厳しいので、私は前ではなく横に座ります。提案ではなく、“相談”をするイメージです。そうすれば、どうすれば上手くいくかを一緒に考えてもらえるモードになることが多いと感じます。
――そこまできめ細かく経営者の一挙手一投足を見てらっしゃるんですね。
社長室長時代に、彼が意思決定を行うポイントや言動をつぶさに見てきましたから。また、あるセミナーで大手ネット企業の方が「オーナー経営者に提案に賛同してもらう方法」として、「自分が考えたアイデアを、経営者自身のビジョンとして昇華させる」、と語っていたのも印象深いです。
――なるほど。
経営者は自分が考えていることを形にする際には、圧倒的な推進力が働きます。ですから、新規事業であれば、「昔からやりたいと言っていた事業、こうやってみたらどうでしょう?」と、相手の想いを形にするような文脈に載せる。こうした発想が活きることもあるでしょうね。
インタビュー前編では、リーマンショックを経験して新規事業を立ち上げたという背景に加え、イントレプレナーに必要になのは、「社内政治を怠らず、社内の意思決定メカニズムを知ることだ」と語ってくれました。
続くインタビュー後編は、明日公開。事業を軌道に乗せ、成功させるための要点や、ベンチャーとのリレーション構築ノウハウをお聞きしました。ぜひ、ご覧ください。
(構成:眞田幸剛、取材・文:太田将吾、撮影:加藤武俊)