「最高の未来を描くためのM&A」――ユーザベースがアルファドライブを口説いた5ヶ月間の舞台裏
オープンイノベーションの重要性が高まっていく中で、M&Aを検討している企業も増えているだろう。しかし、M&Aを「目的」にしてしまっている企業も、少なくないのではないだろうか。
「M&Aは手段でしかない。大事なのはその先のビジョンを描けているか。」――そう語るのは、2019年11月に株式会社ユーザベースの100%子会社になることを発表した、株式会社アルファドライブの麻生要一氏。アルファドライブは「すべてのサラリーマンの心に火をつける手法と機会を提供する」をミッションに、企業の新規事業立ち上げを支援するスタートアップだ。麻生氏はアルファドライブの売却を決めるまでに、数ヶ月に渡りユーザベースと何度も打ち合わせを繰り返したという。
ソーシャル経済メディア『NewsPicks』を展開するユーザベースグループと「最高の形でM&Aができた」と麻生氏が話す背景には、どのような話し合いが行われたのだろうか?麻生氏本人に加え、アルファドライブ買収の起案から実行に至るまでを担当してきたユーザベースグループの株式会社ニューズピックス(以下、NewsPicks)・坂本大典氏に話を伺った。
この記事ではユーザベースとアルファドライブの間で行われたやり取りの中から、M&Aを成功させるポイントをまとめていく。
非連続的な成長を目指すために
――まずは麻生さんに伺います。アルファドライブ創業時(2018年2月)から、会社を売却する構想はあったのでしょうか?
アルファドライブ・麻生氏 : 売却する構想はありませんでしたが、大手企業と提携することは考えていました。なぜなら、想定していたよりも2倍近い成長曲線を描いて会社が立ち上がったからです。その背景には今の新規事業ブームがあると考えています。
大企業は数年前から新規事業を始めるためにCVCやアクセラレータでスタートアップとの協業を進めようとしてきましたが、思うように新規事業を伸ばすことができませんでした。そこで企業内で新規事業を立ち上げるニーズが高まっているトレンドに、私たちアルファドライブのサービスがマッチしたのです。
想定以上の成長は嬉しい反面、成長の加速度を保たなければ新しく出てくる競合に市場を奪われる心配もあります。そのため、自己資金のみでの成長だけでなく、他社のリソースを使って非連続的な成長をすることも考え始めました。
そして、創業して半年ほどが経ったころから、大手企業と提携の話をするようになったのです。軽い業務提携の話から、資本提携の話まで20~30社と提携の打ち合わせをしていました。そんな時にユーザベースからも声をかけてもらったのです。
▲株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO 麻生要一氏
――次に坂本さんに伺います。アルファドライブのM&Aを検討した背景にはどのような課題があったのでしょうか。
NewsPicks・坂本氏 : 麻生さんがリクルートにいた時から知り合いだったので、ずっと「いつユーザベースくるの?」と声はかけていました(笑)。麻生さんにはその後、NewsPicksのハーフ執行役員としてジョインしてもらいましたが、本格的に麻生さんにフルコミットしてもらいたいと思った最初のきっかけは、ユーザベースがもっと新規事業を生み出さなければいけないと思ったからです。
これまでもユーザベースでは新規事業が立ち上がり、FORCASのように法人化されてきましたが、僕たちのミッションを達成するためには、まだ数が足りません。小さなビジネスからでもいいので、どんどん新規事業が生まれる文化を作りたかったのです。
アルファドライブはいろんな大企業の新規事業が生まれる過程をコンサルしてきたので、アルファドライブごとユーザベースグループに入ってもらうことで、ユーザベースから新規事業が生まれるカルチャーをつくる起点にしたいと思ったのが買収を考え始めたきっかけです。
――坂本氏から声をかけられた時はどのような気持ちでしたか。
アルファドライブ・麻生氏 : 初めて声をかけられた時は驚きました。なぜかというと、私自身、NewsPicksの執行役員を(ハーフコミットで)やらせてもらっていて、アルファドライブはユーザベースの組み先にならないと思っていたからです。
ユーザベースは人とテクノロジーの力で社会を変えていく会社です。それに対してアルファドライブは人の会社、つまり人力だけでビジネスを行っている会社です。そのためユーザベースのポートフォリオに入るとは思いませんでしたね。
――「アルファドライブはユーザベースの組み先にならない」という点について、ユーザベースとしてはどのように考えていましたか?
NewsPicks・坂本氏 : 私たちがテクノロジーを大事にしている会社であることは間違いありません。しかし、システムを提供するだけで、ミッションである「経済情報で、世界を変える」と実現できるとは思っていません。
法人向けに提供しているSPEEDAも、コンサルタントのように分析に慣れている方は難なく使いこなせますが、一般企業の方が誰でも使いこなせるわけではありません。そのため、一般企業の方にもSPEEDAを活用いただくためのサポートチームがいます。
クライアントの新規事業をサポートするにしても、アルファドライブのように人力でサポートできるチームが必要なのです。クライアントをサポートする過程で吸い上げた課題が、これからのアルファドライブ自体の新サービスの核になってくるはずです。グループ入りしてしばらくは既存商品であるNewsPicks for Businessと連携して動いてもらいますが、将来的にはアルファドライブ自身から新サービスを生み出し、SPEEDAやFORCASなどユーザベースの他のサービスとも連携する核となってもらえればと思っています。
▲株式会社ニューズピックス 代表取締役社長COO(Chief Operating Officer) 坂本大典氏
「どうしたら最高の絵を描けるか」愚直な話し合いが売却の意思を固めた
――ユーザベースから声をかけられてすぐに売却しようと思ったのですか。
アルファドライブ・麻生氏 : いいえ、最初はフラットな気持ちで話を聞いていました。アルファドライブとしては会社を売却する必要はなかったので、売却をするかどうかも、どこと提携するかもフラットに考えていました。もしも、もっといい未来を描ける会社があれば、別の会社と組んでいたかもしれません。しかし、数十社とお話させて頂いて、一番ワクワクしたのがユーザベースだったのです。
初めてユーザベースから声をかけてもらったのは2019年5月でしたが、基本合意をしたのは5ヶ月後の10月です。5ヶ月かけてどんな未来を描いていくのか、どんな計画を立てるのか何度も話し合って、最終的に納得のいく形で手を組みました。
――アルファドライブを買収するにあたり、どのように口説いていったのですか。
NewsPicks・坂本氏 : 始めから買収ありきで声はかけませんでしたね。アルファドライブと手を組むことは、私個人にとって最注力のプロジェクトではありましたが、どのような形で手を組むかは模索しながら進めていました。結果的に100%買収しましたが、最初からそのような構想を描いていたわけではなく、麻生さんと「どうしたら最高の未来を作れるか」と愚直に話しながら少しずつ形にしていきました。
100%買収にしたのは、ユーザベースに永続的に成長する会社のカルチャーを作りたかったからです。これまでも社内で新規事業コンテストを開催してきましたが、結局役員が立案したアイデアしか事業化していません。アルファドライブに100%グループに入ってもらうことで、日常的に新規事業が作れる風土を作りたかったのです。
――「最高の未来」を話していく中でモデルにした会社などはありますか。
NewsPicks・坂本氏 : モデルにしたわけではありませんが、Alphabet(グーグル)がホールディングスの中に新規事業のグループや研究所の「グーグルX」を持っているような構想は頭にありました。アルファドライブに、ユーザベースにおける新規事業グループになってもらえればいいなと。
――売却を決めたきっかけはなんでしょうか?
アルファドライブ・麻生氏 : 最後に自分で腹落ちできたのは、ユーザベースと組むことでアルファドライブのサービスをSaaS化できることです。アルファドライブはコンサルティングの会社ですが、その知見をSaaSとして提供することで非連続的に会社を成長させることができます。
しかし、アルファドライブにはテクノロジーがありません。ユーザベースと組むことで、ユーザベースのテクノロジーのノウハウを使ってアルファドライブ単体では描けない絵が描けると確信したのです。
テクノロジーだけに甘えない「泥臭い」ユーザベースとだから描ける最高の未来
――ユーザベースグループに入ることでどんなビジネスを提供していくことになりますか?
アルファドライブ・麻生氏 : アルファドライブの事業は当面そのままですが、『NewsPicks』を活用した企業向けソリューションラインナップ『NewsPicks for Business』と統合していきます。NewsPicks for Businessのクライアントには新規事業の提案ができ、アルファドライブのクライアントにはNewsPicks for Businessを提案できます。この組み合わせは、クライアントの組織を活性化させ、イノベーションを生み出す体質に転換させていくのに完璧な組み合わせだと考えています。
NewsPicks for Businessには、社内メディア『NewsPicks Enterprise』と、最先端テーマの知識を学べる研修プログラム『NewsPicksアカデミア for Business』があります。通常のNewsPicksを読んで意識やリテラシーを高めた社員が、『NewsPicks Enterprise』に載っている社内向けメッセージを読み、社員同士のコメントで意見交換をすることで「この会社のために頑張ろう」とエンゲージメントが高まります。やる気になった社員はアカデミアで最先端の先生から学ぶことで、ビジネスへのテンションが上がっていくはずです。
将来的にそのようなビジネスパーソンに対して、新規事業プログラムにエントリーできる機能を実装できれば、そのタイミングでアルファドライブが登場し、メンタリングしながら新規事業を立ち上げていくという構想を持っています。
立ち上がった新規事業は『NewsPicks Enterprise』で取り上げられ、新入社員や次の社員に刺激を与えて、また新規事業が生まれていきます。このように新規事業を作るサイクルが、NewsPicksとアルファドライブが統合することで一貫して作ることができるのです。
――アルファドライブがグループ入りしたことで、どのような変化を期待していますか。
NewsPIcks・坂本氏 : アルファドライブがグループ入りするからには、1年以内に新サービス、アルファドライブのノウハウを生かしたSaaSを早く開発したい。そのためには、最初は人力を入れながらぎこちなくてもいいので早く実績を出せればと思っています。いくつか実績が出せれば必ずビジネスとして軌道にのっていくので。
NewsPicksの立ち上げの時も、コメントしてくれるピッカーを集めるために様々なカンファレンスに参加して、後日30分時間もらってアプリをダウンロードしてもらうことを繰り返していました。SPEEDAの立ち上げも、最初は人力で「30分以内にお客さんの課題を解決します」といって、私自身が資料作りなどをしていました。ユーザベースはそのように、新規事業の立ち上げは泥臭く人の力を使ってきたので、今回も同じようにやるだけです。
そしてなにより、アルファドライブがクライアントの新規事業立ち上げをサポートするのですから、将来的には、ユーザベース自身が一番新規事業を立ち上げている会社にならなければなりません。
アルファドライブ・麻生氏 : 坂本さんの話を聞いて、ユーザベースが素敵だと思うのは「テクノロジーの会社」でありながら「人の会社」でもあることです。SPEEDAはプラットフォームでありながら、アナリストが在籍してレポートを書いていますし、NewsPicksの記事だって社内でコンテンツを作っています。
優れたテクノロジーを持ちながら、テクノロジーの力だけに頼らずに自ら価値あるものを生み出す姿勢があるのです。そのような会社で、一緒にビジネスを作っていけるのはこれから楽しみですね。
編集後記
新しいテクノロジーが人々の仕事を補っていくこれからの時代、「人にしかできない仕事」を選択しなければ私たちが活躍する場は失われていく。そして人にしかできない仕事の最たるものが、「仕事を作ること」ではないだろうか。
どんなにテクノロジーが発達し、どれだけビジネスが効率的に行われるようになっても、新規事業の立ち上げが自動化されることは難しい。だからこそ坂本氏は、テクノロジーの会社でありながら事業の立ち上げは、愚直に泥臭く推進していく。
その姿勢は麻生氏を口説く時も変わらない。安易に条件の交渉を行わず、愚直に麻生氏とビジョンのすり合わせを繰り返してきたようだ。効率的ではないかもしれないが、新規事業にしてもM&Aにしても、成功させるコツは泥臭く粘り強く行うことに尽きるのではないだろうか。
(編集:眞田幸剛、取材・文:鈴木光平、撮影:古林洋平)