高齢者700名の行動変容を実現!自治体も注目するスポーツクラブ×声のプロ集団による共創事業とは?
モンテディオ山形は、山形県が社団法人を立ち上げ、多くの方々の尽力によって誕生したサッカークラブであり、クラブ運営に加えて、ホームタウン活動と呼ばれる地域貢献活動などにも力を入れている。
様々な新規事業に挑戦する同クラブであるが、シニア層との関係構築に課題を有していた。そうした中、「声のチカラで日本を元気に!」を理念のもとボイストレーニング事業を展開するボイスクリエーションシュクルとの出会いにより、シニア向け事業を大きく拡大している。
本事業の拡大の裏側を探るべく、モンテディオ山形の荒井氏にインタビューを実施。同クラブがどのように地域課題に向き合い、クラブ運営と両立させながら、この共創事業の道筋を描いたのか。詳しく語ってもらった。
サッカーの声出し文化と高齢者の課題を接続──声のトレーニングを起点に外出機会を創出
――まずは、プロサッカークラブであるモンテディオ山形の特徴を教えてください。
モンテディオ山形・荒井氏 : モンテディオ山形は、山形県が社団法人を立ち上げ、多くの方々の尽力によって誕生したクラブです。前身のNEC山形サッカー部からモンテディオ山形という名称に変わり今年で30周年を迎えます。ホームタウンは山形県全域で、当初は県の予算を活用して運営されていましたが、2013年に株式会社化し、自ら収益を上げながらクラブを運営する体制へと移行しています。現在は、スタジアム場外でのイベントやホームタウン活動と呼ばれる地域貢献活動なども、自社の資金で企画・運営できるようになっています。
一番の特徴は、ホームであるNDソフトスタジアム山形がある山形県総合運動公園を比較的自由に活用できる点です。公園は県所有ですが、当社が指定管理者となっているため、サッカーの試合はもちろん、自社企画のイベントも他社より柔軟に実施できます。実はこの形式を取るクラブは非常に少ない状況です。
▲モンテディオ山形のホーム「NDソフトスタジアム山形」
――事業検討を開始した当時、クラブとしてどのような課題をお持ちだったのでしょうか。
モンテディオ山形・荒井氏 : 当クラブでは、以前から23歳以下の若年層を対象とした「U-23マーケティング部」という施策を行ってきました。県内外の高校生・大学生が参加し、クラブのマーケティングに触れながら、試合運営や新規事業に挑戦する取り組みです。若年層とは、デジタルやSNSを通じた接点がつくりやすく、毎年多くの学生が参加してくれています。
一方で、Jリーグ全体で見ると、観客層として最も多いのは40代後半、次いで60歳以上です。40代の方も、10年、20年後にはシニア層になります。そこでクラブとして、シニア層とどのように関係を築き、継続的にスタジアムへ足を運んでもらえるかを模索していました。その流れの中で、「U-23マーケティング部」に倣い、シニアを対象としたコミュニティづくりに取り組みたいと考えるようになったのです。
――そうした課題感がある中、ボイスクリエーションシュクルさんと共創プロジェクトを開始されました。同社と一緒に取り組もうと考えた理由は?
モンテディオ山形・荒井氏 : スポーツ庁さんが主催するSOIP事業※をきっかけに、ボイスクリエーションシュクルさんの存在を知りました。サッカーには声を出して応援する文化があり、この声出し文化はシニア層の嚥下や発声の課題解決にもつながります。特にコロナ禍では高齢者の外出やコミュニケーションの機会が減っていましたから、スタジアムで声を出すことで、こうした課題の解決に寄与できることに可能性を感じました。
※SOIP:スポーツ界のリソースと他産業等との技術知見を連携させることにより、世の中に新たな財やサービスを創出するプラットフォーム
さらに、応援の声が大きくなるほど選手たちのプレーにも良い影響を与えますし、試合結果にもつながります。このような点から、「声磨き(R)」という独自の声のトレーニングプログラムを提供するボイスクリエーションシュクルさんとの共創に興味を持ち、一緒に取り組みたいと考えました。
自治体経由のトレーニングに累計約700名が参加、協力自治体数も着実に拡大中
――両者の共創によって生み出された事業『O-60モンテディオやまびこ』(現:O-60コミュニティ)についてお聞かせください。
モンテディオ山形・荒井氏 : 本プログラムを通じて、60歳の以上の高齢者を対象に、季節イベント・簡単なゲーム・クラブ企画など、誰かと話す・共有する場と流れを作りだし、試合観戦を通じて、「一緒に熱くなれる共通体験」を参加者に提供しています。
現在の『O-60モンテディオやまびこ』は、特に自治体向けサービスに注力しており、山形県内の各自治体に出向いて実施する出張型のボイストレーニング(2回)と試合観戦を掛け合わせたトレーニング(1回)をパッケージ化してサービス提供しています。2024年の初年度は、2つの自治体から申し込みをいただきました。
2025年度に関しては、これが5つの自治体へと広がっています。売上も当初と比べて2.5倍にまで拡大。さらに来年度(2026年度)は、リピートをしていただいている自治体を含めて、8つの自治体まで広がる予定です。『O-60モンテディオやまびこ』に参加いただいた人の数は累計約700名になり、サービス拡大の手ごたえを感じています。
――自治体向けのサービスとして事業を伸ばされているのですね。自治体から評価されているポイントは?
モンテディオ山形・荒井氏 : ボイストレーニングそのものに予算を投じていただいているというより、『O-60モンテディオやまびこ』の取り組みを通じて高齢者の外出を促すきっかけをつくれている点が、評価されていると感じています。自宅や地域の中に閉じこもりがちな生活から一歩踏み出し、非日常体験ができるスタジアムへ足を運ぶ。その行動変容につながる点に、大きな価値を見出していただいているのではないでしょうか。
――高齢者が抱えがちな外出の機会や参加できるコミュニティの少なさといった課題に対して、試合観戦も含めたボイストレーニングが、有効なアプローチになり得るということですね。
モンテディオ山形・荒井氏 : おっしゃる通りです。先ほど、計3回のうち1回は、スタジアムで試合観戦をしながらボイストレーニングを行うとお話ししましたが、この試合観戦日はすべての自治体で統一しています。
そのため、同じトレーニングに参加している60歳以上の方々が、同じ日にスタジアムに集まり、合同でトレーニングを行い、その後、みんなで試合を観戦する流れになります。ですから、同世代の方々と自然に接点が生まれる仕組みになっている点も、評価されているポイントの一つだと感じています。
▲各自治体のボイストレーニング参加者が同じ日にスタジアムに集まり、合同でトレーニングを行った後、そろって試合を観戦する流れとなっている。
――ボイストレーニングの様子を拝見しましたが、皆さん、とてもいきいきと取り組まれているのが印象的でした。
モンテディオ山形・荒井氏 : そうですね、『O-60モンテディオやまびこ』の参加者は60歳以上に設定していますが、70代や80代の方もたくさん参加されます。アンケートなどを拝見すると、家に帰ると一人だという方も少なくありません。そういう方々にとって、単にボイストレーニングをするだけではなく、クラブの応援歌を一緒に歌ったり、みんなで声を出して楽しんだりすることは、純粋に楽しい体験になっているのだと思います。
また、体を大きく動かす運動に比べて、声を出すことは参加のハードルが低いと感じています。気軽に参加できるトレーニングで交流を楽しめる点も、楽しさのポイントになっているのではないでしょうか。
共創パートナーのノウハウを活かし、山形県内で講師を育成・派遣する仕組みを構築
――ボイスクリエーションシュクルさんとの共創について、どこに事業拡大のポイントがありましたか?
モンテディオ山形・荒井氏 : ボイスクリエーションシュクルさんは、全国にボイストレーニングの講師を擁しておられますが、東北エリアには1〜2名ほどしかいない状況でした。ボイスクリエーションシュクルさんの本社も埼玉にあるため、毎回埼玉から講師を招く形では、継続的な展開が難しいのが課題でした。そこで、山形で講師として活動できる人を一緒に育成していこうという話になったのです。現在は、ボイスクリエーションシュクルさんに講師のメンター(先生)という立場で関わっていただきながら、山形県内で約7名の講師を育成しています。
また、講師を担っていただいているのは、まったくの素人ではなく、山形でフリーアナウンサーとして活動されている方やクラブのOBなどの方々です。そうした一定の存在感のある方々を自治体や試合会場に講師として巻き込んでいけたことが、事業推進のポイントだったと感じています。
――高齢者の方への呼びかけなどはどのように工夫されていたのでしょうか。
モンテディオ山形・荒井氏 : 一番苦労したのはまさにこの部分で、このボイストレーニングの価値を自治体の方々にどう伝えるか、という点は試行錯誤の連続でした。当初は「ボイストレーニングを行うので人を集めてほしい」という切り口でお話ししていましたが、それではなかなか響きません。そこで、「トレーニングそのものが目的なのではなく、高齢者の方が集まり、新しい体験をするために外へ出るきっかけをつくる取り組みだ」という伝え方に切り替えました。
自治体の職員の方と話す中で、シニア向け施策がマンネリ化しているという課題も見えてきており、「同じような活動を繰り返している」という声も少なくありませんでした。そうした状況を踏まえ、「トレーニングをきっかけにスタジアムに来ていただくことで、こんな体験ができる」「選手との交流やスタジアムでの写真撮影も楽しめる」といった具体的な体験を示しながらこの活動の価値を伝えるようにしたことで、自治体職員の方々からの理解や共感も得られやすくなったと感じています。
スポーツクラブだからこそ発揮できた、モンテディオ山形の強みと価値とは
――この共創事業を推進するにあたり、モンテディオ山形だからこそ生み出せた部分は何だったとお考えでしょうか。
モンテディオ山形・荒井氏 : プロスポーツクラブは、営業組織でも行政団体でも、医療・福祉の団体でもありません。そうした意味で、警戒されにくい存在だと思います。自治体に対しても、個人の方に対しても、「モンテディオ山形」という名前が一定の認知を持つため、興味を持っていただきやすい。その立ち位置にいたことが、この事業を進めやすくしたスポーツクラブならではの強みだと感じます。
それに、家族から勧められて参加したという高齢者の方が非常に多かった。子ども世代や孫世代と私たちのモンテディオ山形というクラブがすでに接点を持っていることも、今回の取り組みで活かせた強みだったと思います。実際に、「孫はよく試合を見に行っているようだけれど、自分は今回が初めて。本当に来る機会ができてよかった」といった声も多く聞かれました。
――2024年度の『SOIP 2024 DEMODAY(成果報告会)』では、最優秀賞とオーディエンス賞をW受賞されました。Jリーグ主催の優れたホームタウン・社会連携(シャレン!)活動を選ぶ、『2024 Jリーグシャレン!アウォーズ』でも「クラブ選考賞」を受賞されています。受賞のポイントはどこにあったとお感じですか。
モンテディオ山形・荒井氏 : 「声」を切り口にすることで、参加のハードルを大きく下げられた点が受賞のポイントだったのではないかと思います。スポーツクラブによるこうした取り組みでは、どうしても「体を動かすこと」が前提になりがちで、体の不自由な方にとっては参加しづらいこともあります。その点、声を使ったトレーニングであれば、より多くの方に参加してもらえます。
また、シニア層に向けたアプローチをSNSなどに頼らず、自治体に出向いて連携しながら、実際に高齢者にスタジアムに来てもらう導線をつくったことも、評価されたのではないでしょうか。シャレン!アウォーズの『クラブ選考賞』は、Jリーグのクラブ代表が、「自分のクラブでも参考にしたい」と感じた活動に投票します。私たちの仕組みは、山形に限らず、他のエリアにも横展開できるモデルだったので選ばれたのだと思います。
▲『O-60モンテディオやまびこ』は、2025Jリーグシャレン!アウォーズ「クラブ選考賞」を受賞した。(画像出典:山形モンテディオHP)
――『O-60モンテディオやまびこ』を今後どのように発展させていきたいのか。今後の事業展開やビジョンについてお聞かせください。
モンテディオ山形・荒井氏 : すでに一部取り組んでいますが、山形県総合運動公園で実施しているシニア向けコンテンツを、ホームゲームと掛け合わせたイベントとして展開していきたいと考えています。「声」だけではマネタイズが難しいため、他のコンテンツも組み合わせながら発展させるイメージです。
あわせて、この取り組みを他の自治体へ広げていくことも視野に入れています。将来的には山形県内の全ての自治体で実施できたらと思っていますし、スポンサー企業の参画も重要なテーマです。実際に昨年は、健康食品関連の企業が1社スポンサーとして参画し、出張トレーニング時のサンプリングなどで連携しています。
また、これからも私たちから地域に出向き、コミュニティを形成していくような活動を継続することで、地域に選ばれ、利用者にさらに喜ばれるようなサービスにさらに発展させていきたいと思います。
※掲載画像の一部について:ⒸMONTEDIO YAMAGATA
※本事例は、令和5年度にスポ-ツ庁主催事業内で実施した取組となります。
取材後記
本取り組みで特に注目したいのは、プロスポーツクラブ、民間企業、自治体がそれぞれの役割を担いながら、エンドユーザーであるシニア層に価値を届ける座組が丁寧に設計されている点だ。ボイストレーニングを切り口に、高齢者が外へ出るきっかけや非日常体験を生み出し、自治体が抱える課題とも接続している。また、事業は単発に終わらず、参加自治体や参加者数を着実に伸ばしながら年々拡大している。数字として成果が表れていることは、このモデルの実効性を示しているだろう。平均年齢が年々高まる日本において、60歳以上のコミュニティ形成に、プロスポーツクラブが先駆けて挑戦した点も印象的で、今後の横展開にも期待が高まる好事例だった。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子)