【トークセッション】 日立ハイテクノロジーズ×「統計学は最強の学問である」著者・西内啓氏――ビッグデータを活用し、日本のものづくり企業がイノベーションを生み出すために必要なこととは?
日本のものづくり企業が変わりつつある。――既存事業から、新規事業へと領域を拡大させる中、オープンイノベーションによって、新しいものづくりのカタチを生み出そうとしている。そのための大きな要素となるのが、ビッグデータだ。日本のものづくり企業は、既存事業で蓄積したビッグデータをいかに活用すれば、新事業を切り開き、イノベーションをおこしていけるのか。
そこで、「バイオ・ヘルスケア」「産業・社会インフラ」「先端産業」といった分野でオープンイノベーションに取り組んでいるものづくり企業、日立ハイテクノロジーズで共創に取り組む禰寝氏・堀越氏と、ベストセラー「統計学は最強の学問である」の著者としても知られる統計家・西内啓氏とのトークセッションを実施した。
日立ハイテクノロジーズは、医療情報のリアルタイムデータ、遺伝子データ、計測データや装置稼働データといったビッグデータを活用し、新事業創生に向けたいくつかの好事例も生まれてきているというが、そのポテンシャルにはまだまだ数多くのビジネスチャンスが残されている。これからのものづくり企業を変革するためには、何が必要となるのか。西内氏の分析やアドバイスに、禰寝氏・堀越氏が耳を傾けながら、活発な意見交換がなされた。
【写真左】統計家/株式会社データビークル 取締役 CPO 西内啓氏
1981年生まれ。東京大学助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長等を経て、株式会社データビークルを創業。多くの企業のデータ分析および分析人材の育成に携わる。著書に、ベストセラーとなった『統計学が最強の学問である』など。2017年 第10回日本統計学会出版賞を受賞。
【写真中】株式会社日立ハイテクノロジーズ イノベーション推進本部 本部長 博士(工学) 禰寝義人氏
日立製作所 中央研究所にて、半導体やITなどの研究開発に従事。その後、日立ハイテクノロジーズに移り、那珂事業所にてバイオ関係の設計・開発などを担当。2012年に本社に移り、2014年から新規事業開発に従事。2016年から現職で、イノベーション創出を手がける。
【写真右】株式会社日立ハイテクノロジーズ イノベーション推進本部 ビジネスデザインユニット・ジェネラルマネージャー 堀越伸也氏
学生時代に電子工学を学び、エンジニアとして社会人キャリアをスタートし、その後、金融業界に転身し、投資銀行や保険会社などに勤務し新規事業開発を一貫して担当。これまで身につけた知識・ノウハウを活かし、技術系企業のイノベーション創出を手がけようと考え、2017年に日立ハイテクノロジーズに転職。
「データを使って誰が喜ぶのか」を、考える。
――日立ハイテクノロジーズさんは、医療情報のリアルタイムデータ、遺伝子データ、計測データや装置稼働データなどを活用できるIoTプラットフォームがあり、ビッグデータを取集できる環境があるとお聞きしました。
日立ハイテク・堀越氏 : そうですね。私は転職組なのですが、外から入ってきた人間として客観的に見て、当社はとても多くのデータが採れる環境にあると思います。仰っていただいたように医療系も含めて、いろんな計測装置を作っていますから。これらのアドバンテージをうまく使ってイノベーションをおこすことができるのではないかと考えています。
――今、堀越さんから医療系のビッグデータを保有という話もありましたが、西内さんから見て、日立ハイテクさんのデータをどのように駆使すればよいとお考えでしょうか?
西内氏 : まずビッグデータを用いて新しいビジネスを考える際には、「それで誰が喜ぶのか」、ということをまず考えるとよいと思います。
また、日立ハイテクさんの保有している医療に関するビッグデータに関してですが、医療はビジネスとして特殊な領域です。たとえば日本の国民健康保険は、実際は3割負担。ということは、仮に保険制度の外側でビジネスを考えようとすると、保健医療の3倍以上の価格競争力があるほどすごいことをしないといけません。そこで、国外に目を向けるということも考えるべきだと思います。
日立ハイテク・堀越氏 : 確かに西内さんの仰る通りで、国民皆保険でない国の方が新しいアイデアがやりやすいかもしれませんね。
西内氏 : はい。ちょっとヒントになると思う実例があります。インドにはアラヴィンド眼科病院という病院があるのですが、ここでは毎年30万件の白内障手術を行っていて、なんとその多くを無料で行っているのですがEBITA収益率は40%もあるそうです。なぜ無料で手術できるかというと、それだけ大量の手術を行うことで眼科医の技術も向上するので国内外からやってきたお金持ちもここで治療しますし、眼内レンズも内製化して彼らの製造したものが世界中で売れる。――そういうビジネスモデルが成り立っています。世界の医療はギャップが激しいので、グローバル視点で発想するのは大切ですね。
日立ハイテク・禰寝氏 : そういった「風が吹けば桶屋が儲かる」というようなビジネスのデザイン力は参考になりますね。これまでの当社は、ビジネスの仕方が固定化してしまっている部分があり、新しい発想が生まれにくかった。しかし、枠を外して、これまで目を向けてなかったところに対して、何ができるかと目をむけることが必要だと痛感しています。今回、当社が注力するオープンイノベーションで、固定化した考え方を払拭していきたいです。
ビッグデータを活用するために、まずは「1周まわしてみる」。
日立ハイテク・禰寝氏 : 西内さんにお聞きしたかったのですが、オープンイノベーションに取り組む中で、AIやビッグデータといったキーワードは頻繁に出てくるのですが、実際は意外とデータを持っていないという企業も少なくありません。データを新しいビジネスに活かすために必要なことは何でしょうか。
西内氏 : 私がそういった課題を抱える企業さまに対して、「まず一周サイクルをまわしてください」とアドバイスしています。そのために必要なプロセスがあります。
日立ハイテク・堀越氏 : そのプロセスとは何でしょうか?
西内氏 : データを揃えて、分析結果が出てきたら、次にしなければいけないのは “意思決定”というプロセスなんですね。分析すると「こうすると儲かりそう」「こうするとコスト削減できそう」ということはわかりますが、この結果を活かすためには社内のリソース配分や動きを変えなければいけません。そこをどう変えるか意思決定して、実際に現場が動き、現場でやったことがどの程度の売り上げ増やコスト削減に繋がったかも評価できるようにデータを集めて、またこれを分析する。このサイクルをとりあえず回していくことが必要です。
日立ハイテク・堀越氏 : なるほど。
西内氏 : データ活用・分析のプロジェクトは、「足し算ではなくかけ算の仕事」です。よく、“ビジネススキル”と、“データ自体のITスキル”、“分析スキル”の3つが必要だが全部できる人はいないのでチームを作りましょう、みたいな話が出てきます。
ただ、よくある失敗が、“ビジネス100点”、“IT0点”、“分析0点”みたいな人と、”ビジネス0点でそれ以外は100点”みたいな人を組ませるパターンです。この両者の掛け算は結局のところビジネスでも0点、ITや分析でも0点という形になってしまいます。
あるいは、”分析50点”の人をぞろぞろと揃えて一緒に仕事をさせた結果、0.5のn乗でとても小さな価値しか生まれないこともあります。そうではなく、スモールスタートでいいので、データから意思決定をすることができる人の権限が及ぶ範囲の中で、成功事例を作っていくことが必要です。すると、今まで非協力的だった意思決定をする人も、「面白い事やってるな」、「俺を抜きに話を進めるな」となってくる。少しずつサイクルが回っていきます。
さらに、そのサイクルを早くするのが大切です。1カ月で一回やり取りをしながら、3カ月間で3回そういったサイクルを回せば、“アクションのアイデアが出てこない”ということはなくなります。短期間でアクションを考えるのが大事です。「何のデータが足りないか」といったことを考えるのは、1サイクル回してから考えた方が生産的でしょう。
日立ハイテク・堀越氏 : 今まさにうちで成功しているモデルは確かにそれに近いプロセスになっています。 病気の予兆に関する少ないデータから始めて、アジャイルでサービスモデルを作り、アプリケーションを作ったんです。そうしたら、「これ面白い!」となったんです。データを集めていくと、「医療だけでなくスポーツにも応用できる!」となりました。アイデアも次々と生まれて、とてもいい動きになりましたね。
――本日の西内さんの話で、早速取り込んでみようと思った部分はありますか?
日立ハイテク・禰寝氏 : 一周サイクルを回してみるということをやるべきだと、実感しましたね。回せないで「屍」になってしまっているデータやアイデアも多くあります。小さくてもとりあえず一回まわす。新規事業を目指しているので、トライ&エラーで進めていきたいと思いますね。
日立ハイテク・堀越氏 : PDCAの回数が大切だと思いましたね。N数が増え、回数が増えれば経験値も増えます。共創パートナーと失敗してもとにかくサイクルを回していくということを一緒にやりたいですね。 一つのことにとらわれずに、思いもかけないことが見えてくると思います。今日はその観点が改めて認識できて、勉強になりました。共創パートナーの方々と一緒にサイクルを回して新しい事業を起こしていきたい。西内さんと話して、燃えてきましたね(笑)。
(構成・取材・文:眞田幸剛、撮影:古林洋平)