「起業家主導型カーブアウト」を実践する起業家に必要な3つの要件とは?ガイダンス本文の中から基本的な理論〜実践方法までを解説!【後編】
経済産業省は4月に、「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」を取りまとめて公開しました。経産省はこれまで、革新的な技術を持つ企業・産業の創出や、その技術によって社会課題を解決することを目指して助成事業などを通じてディープテックスタートアップの成長を支援してきました。
今回公開された「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」では、スタートアップにフォーカスして、革新的な技術を事業化するための方策を検討し、その成果をガイダンスに落とし込んでいます。
前編では、そもそも「スタートアップ創出型カーブアウト」とはどういうものかの概要をまとめました。後編の今回は、ガイダンス本編で述べられているカーブアウトの「理論」と「実践」に関する記述の中から重要なポイントをピックアップして紹介していきます。企業の新規事業担当、社内起業家、コンサル、VCの方にとっては実用度の高い内容となっているはずです。
参照ページ:事業会社からのスタートアップ創出を促すための「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」を取りまとめました
起業家主導型カーブアウトの理論
起業家主導型カーブアウトの特徴は大きく2点あります。
1.起業家がスタートアップ創設を発意し、経営を主導していくこと
2.外部資金を調達することが前提であること
これら2つの特徴を有したカーブアウトであることです。
そして、起業家主導型カーブアウトを行う意義は国としての観点、事業会社としての観点でそれぞれ違います。基本的な意義を理解した上でスタートアップ創出型のカーブアウトを計画し、適切にアプローチすることが重要です。
人事、知財、ガバナンスをスタートアップ的にスイッチする事業会社のアプローチ
事業会社としての起業家主導型カーブアウトの意義は、「従来の手法では困難な新たな事業の創出」「無形資産の価値」「社会的な期待への対応」この3つを実現することで事業会社の長期的なサステナビリティを向上させることにあります。
基本的な思想として、起業家主導型カーブアウトの対象となる技術は、元の事業会社にとって「事業化できたのにそうしないもの」ではなく、「そもそも自社組織の限界により事業化できないもの」である、という認識に立たなければなりません。
ここで事業会社が陥りがちな誤解がいくつか挙げられています。起業家主導型カーブアウトはVCから資金調達をしてスタートアップを立ち上げることであることを忘れてはいけません。VCはハイリスク・ハイリターンを求めていますから、事業会社が保守的な事業計画を作成しても投資は受けられません。また、事業が失敗したときに責任を追うのは事業会社の経営陣であるため、VC側で責任を取ることはありません。
人事政策もスタートアップの性質にそったものにする必要があります。事業化はリスクが高いので、それに見合ったインセンティブを阻害してはいけません。特に、元の事業会社の人事制度や評価制度をそのままスタートアップに移植してしまうと、事業の成長速度の最大化が阻害されてしまいます。
人材と同様に知的財産の管理もスタートアップの理論で考えなければなりません。より多くのライセンス収入を得ようとするのではなく、あくまでもスタートアップとしての成功率を高めるという観点で知財を提供することが求められます。
最後に、資本政策・ガバナンスもスタートアップ的に構築されるべきです。例えば経営者が事業にフルコミットしていること、第三者からの資金調達は事業のマイルストーンに沿って実施すること(例えば特段の考慮なしに元の事業会社から多額の出資を受けてはいけない)、イグジットを見据えていることなどの条件を満たす必要があります。
起業家主導型カーブアウトを実践する起業家に必要な3つの要件
起業家主導型カーブアウトに取り組みたい時、起業家はどのようにアプローチすべきでしょうか。基本的な考え方として「技術シーズを使ってなにを成し遂げたいか」を明確に言語化できるようにするのが最初のステップになります。
起業家は事業体がスタートアップであることを念頭に置いてチームを編成します。元の事業会社にはスタートアップ的な人材がいない場合が多いので、業務委託なども含めて外部から調達することも選択肢に入れる必要があります。
特にゼロイチができる人材が少ないこと、1人の人材が経理と人事など掛け持つ水平分業が有効であること、外注に依存せずスピーディな体制を作ることなど、チーム編成時に考慮しておきましょう。
起業家はスタートアップを経営するにあたってVCからの資金調達などといったベンチャーファイナンスを理解しなければなりません。ベンチャーファイナンスを実践するには3つの要件を満たしている必要があります。
1.経営者が時間的リスクをとっていること
2.第三者からの資金調達が可能な資本構成や出資条件であること
3.イグジットを見据えた資本政策が構築されていること
起業家は元の事業会社を事業パートナーとして事業に取り組むことが有効な手段になります。事業会社との関係を棄損しないように振る舞いながら信頼関係を構築し、取り決めたことについては明文化しておいてカウンターパートが変わってもプロセスを進展できるようにしておくことが重要です。
カーブアウトには「直接創出型ストラクチャー」と「準備期間確保型ストラクチャー」の2種類がある
基本理論をベースに起業家主導型カーブアウトの実践方法を解説していきます。まず技術シーズを形成・発見したら事業計画を策定します。事業計画をもとに自社事業化するかの判断を行い、「事業化できない」と結論が出たらカーブアウトの実行に移るのが一般的なフローです。
カーブアウトする決断をしたら、スタートアップを立ち上げるわけですが、スタートアップの常識と事業会社の常識は大きく異なることを理解した上でフローに挑む必要があります。
起業家主導型カーブアウトには様々なストラクチャー(事業の構造)がありますが、大きく「直接創出型ストラクチャー」と「準備期間確保型ストラクチャー」の2種類に分けられます。
直接創出型ストラクチャーはカーブアウトを主導した社員が退職してスタートアップを立ち上げて資金調達をするストラクチャーで、以下のような特徴があります。
●事業会社内で研究開発や事業開発に取り組んでいた者(起業家)が、その会社を退職
●スタートアップを設立(1株1円など、バリエーション前の株価で自ら出資)
●事業のコアとなる技術シーズに係る知財について、事業会社からスタートアップに対して移転(LOIの発出が先行するパターンあり)。この時、技術シーズに付帯するもの(プロトタイプ など)も合わせて移転
●バリエーションをもとにVCが出資(バリエーションが難しい段階では、J-KISSなどのCEを活用)。そのタイミングで元の事業会社からもマイナー出資(事業会社の過度な経営支配が起こらない範囲)
●元の事業会社は、スタートアップのバリューアップのために各種の経営資源(人材、設備、実証場所等)を提供
もうひとつの準備期間確保型ストラクチャーは新規事業検討プロセスの段階でコンサル会社などを活用して仮想的に子会社を設立し、事業開発などの進捗に応じてその子会社をスタートアップ化するストラクチャーです。以下のような特徴が挙げられます。
●事業会社からコンサルティング会社にコンサルフィーを支払いコンサルティング会社は、その一部を元手に完全子会社を設立(1株1円などバリエーション前の株価。残りは後述するメンタリングフィーに充当)
●事業会社より事業責任者が移籍。合わせて、知財等の移転、各種資源の提供も実施コンサルティング会社のメンタリングを受けながら、1~2年程度の事業開発を実施
●一定の成果が得られた場合、スタートアップ化を実施。事業責任者が社長となり、コンサルティング会社から株式を簿価で取得VC等の外部投資家から資金調達を実施(場合によっては元の事業会社からも資金を調達)
準備期間確保型ストラクチャーには、コンサル企業などを活用せず、起業家が自ら仮想的に子会社を設立するパターンも考えられます。
編集後記
「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」から、理論と実践についてまとめました。ガイダンス本文には付録として重要なナレッジがいくつも収録されています。例えば「起業家主導型カーブアウト10のつまずき」や「事例集」です。
事例集にはNECや本田技研、東芝といった大手企業による起業家主導型カーブアウトの検討方法やフローなどが詳細に記されています。多くのインサイトが含まれる貴重な資料なので、新規事業担当者や社内起業家、コンサル企業などで働く人には必読の内容となっています。
(TOMORUBA編集部 久野太一)