【ナラティヴ・アプローチで答える悩み相談コラム(3)】「製品をリリースしたが売れません。撤退すべきか否か判断がつきません」
日本語では「物語」、「語り」と表現される“ナラティヴ”と、それに基づいて、様々な問題に対して「近づく」「交渉する」「話を持ちかける」を意味する“アプローチ”。「ナラティヴ・アプローチ」は、対話を通じて、組織の問題解決ではなく、問題の解消を導く考え方です。
この「ナラティヴ・アプローチ」を理論的な基盤とし、イノベーティブで協働的な組織のあり方とその実践について研究を行っているのが、埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授 宇田川元一氏。
大企業の新規事業担当者やスタートアップの経営者が抱える数々の悩みに対して、宇田川氏が専門とする「ナラティヴ・アプローチ」の観点から回答してもらうシリーズの第3回目となります。今回も、とある大手企業の新規事業担当者から以下のような悩みが寄せられました。
新規事業担当者から届いた悩み
製品をリリースしたが売れません。つぶすべきなのか否か…?どうしたらいいでしょうか。
宇田川氏による回答
せっかく事業を立ち上げたのに、思ったように製品やサービスが売れていかないのはショックが大きいと思います。そして、その際の撤退をすべきか否かという判断は極めて難しく、しかし、どうするか判断を下さなければなりません。私はあなたの製品の市場についてよく知っているわけではありませんが、継続するか、撤退するかを考えていく上で参考になるように、考えを少し整理していきましょう。
1.なにが継続か撤退かの判断の決め手になるのかが実は分かっていないことが一番の問題
そもそも何故あなたは今、迷っているのでしょうか。推察するに、撤退すべきか否かの判断の決め手になる情報がないからではないでしょうか。撤退する場合には、いくつか考えるべき点があります。ひとつは、本当に製品を必要としている顧客が今後も見込めないのかどうかがはっきりしていないとか、撤退によってこれまでの顧客に対してどのような負担がかかるかなど、会社の外部との関係に関する点です。もうひとつは、撤退の意思決定を社内でどのように評価されるか、どのように説明すれば撤退を納得してもらえるか、という社内的な問題です。
外部との関係で考えてみると、売れていない現状と、今後ニーズが見込めるかどうかわからない、ということは、実は非常に密接に関係があるように思います。というのは、有り体に言えば、あなたはその市場について実は現段階においても、よく知らないということを意味しているからです。つまり、よくわからない市場に対してプロダクトを作っているので、売れるか売れないかわからないという、参入前の段階と現在とであまり情報の差がないという問題がここにはあるのです。参入段階において情報がなかったこと自体は、決して恥ずべきことではありません。ただ、参入段階において、或いは参入後の段階で必要な情報を収集し考えていくプロセスに問題があったように思います。
社内に関しては、本当に今すぐ撤退が必要かどうかを探る必要があります。これについては、前回までのコラム(第一回/第二回)の考え方も参考になるかもしれません。今回は外部との関係を中心に考えてみたいと思います。
2.今の状況は実はチャンスかもしれない
現在の状況は、分かっていないことがたくさんあるという状況です。ということは、今撤退の判断をするのもあまり合理的ではないかもしれません。場合によってはわかっていなかったことが分かってピボット(方向転換)をして、新しい方向に展開するチャンスがある可能性があります。
新規事業を立ち上げるに当って、当然時間も予算も制約があります。また、そもそも現在の市場にない製品を展開しようとしている場合、あまりマーケティング・リサーチが有効でない可能性もあります。そのような場合に、この製品には需要があるはずだ、とスタートすれば、思ったような成果が出ないことは決して珍しいことではないでしょう。
別な言い方をすれば、どのような人が、どのようなベネフィットを求めて製品を購入するのかは、リリースしてみてわかることのほうが多いということです。そうであるならば、「リーン・スタートアップ」を提唱したエリック・リースも述べていますが、事業開発を実験として捉えることが大事です。実験として考えると、成果が出ないことは決して初期の段階では大きな問題ではありません。今想定しているニーズはなかった、言い換えれば、別なニーズを探る/開発する必要が分かった、ということでしかないのです。だとすると、今は新しい情報が獲得できる段階ですから、それについて、あなたのチームで今来ている現象について「研究」してみるのが良いでしょう。研究という言葉をあえて使ったのは、皆で起きている現象を対象化して色々な角度から眺めてみるということを意味します。
3.依存先を増やしてみる
それと併せて、今の製品には別なニーズはないかを探索する行動も必要です。できれば、ターゲットとしている市場についてよく知っている人、キープレーヤーの人などに意見を求めてみてはどうでしょうか。意外なニーズが発見できる可能性があり、そこから自分たちの製品を再定義するピボットにつながる可能性もあります。そうした事例は、先のリースの本にも登場します。また、そうした人に限らず、既に起業家としていくつもの事業を手がけてきた人などとも日常的に接点を作るなどして、アドバイスを貰える先を増やすということも大切です。
今回の場合、社内にアドバイスを求めても、おそらくそうした経験があまりない人が多いはずで、失敗しないアドバイスはもらえても、成功させるためのアドバイスを貰える可能性はあまり高くないかもしれません。もしかすると、既にそういう声をいくつも受けて、「撤退」の二文字があなたに迫ってきているのかもしれませんね。そういう時こそ、社内以外にも依存先を増やし、発想の自由度を高めて下さい。何かの打開策が見えてくる可能性があります。
もしもこうしたプロセスを何回か経ても、特に既存の製品とも大した差がなかったり、必要としている顧客に辿り着けなかったりするのであれば撤退の決断をすることが必要かもしれません。しかし、どうも今はまだその前の段階のように見受けられますが、どうでしょうか。
4.状況との対話プロセスを大切に
今までの状況は、自分たちによって「ニーズがここにある」と決めてかかったやり方が失敗したのかもしれません。そうだとすると、これは状況や様々な人との対話(ダイアローグ)を活かすやり方の反対である、モノローグ的な進め方だったと言えます。複雑な状況に対しては、対話的に物事を進めることが大事で、それは、単に人と対話するというだけにとどまる話ではなく、状況も対話の相手だと言えます。現在の状況は、あなたに対して、今の製品の定義の仕方だと難しいことを告げていると考えられます。また、それに対する別なアプローチも実はたくさんあることもこれまで述べてきたとおりです。
肩の力を抜いて、メンバーとまず状況を眺めてみて下さい。そして、実はかなり活用できるリソースがあることに目を向けてみて下さい。撤退の前に出来ることは結構あるかもしれません。
【参考文献】
●エリック・リース著(井口耕二訳)『リーン・スタートアップ:ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす』日経BP社
探りながら無駄なく方向転換をしつつ事業開発を進める「リーン・スタートアップ」についての解説書です。事業開発を実験と考え、問題を情報獲得のチャンスと考えて開発を進めるやり方が描かれています。状況と適宜対話的に事業開発を進めるやり方とも言え、思想的にも面白いです。
■コラム執筆/埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授 宇田川 元一
1977年東京都生まれ。2000年立教大学経済学部卒業。2002年同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。 2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師、准教授、2010年西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より現職。 専門は、経営戦略論、組織論。 主に欧州を中心とするOrganization StudiesやCritical Management Studiesの領域で、ナラティヴ・アプローチを理論的な基盤として、イノベーティブで協働的な組織のあり方とその実践について研究を行っている。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。
多くの企業人と出会いながら、ビジネスの現場を見つめ、自身の研究にフィードバックしている。さらに、セミナーなどでの登壇経験も豊富で、ビジネス系Webサイトで連載コラムも担当している。