「大企業の次世代リーダーたちを目覚めさせる」ーーワークハピネスが”ニッポンイノベーター塾”をスタートさせた理由
2006年の創業以来、人材育成や組織改革のコンサルティング事業によってイノベーションの創出を支援してきた株式会社ワークハピネス。そんな同社が2016年、新たにスタートさせたのが「ニッポンイノベーター塾」だ。
この塾では、大企業の次世代リーダー候補が業種の垣根を超えて集まり、さらに高い志を持った社会起業家の個人も交えた3~4名でチームを結成する。「異業種連合によるインキュベーションプログラム」という独創的な仕組みは、いかにして立ち上がり、どのようなオープンイノベーションを生み出すのか。代表取締役社長の吉村慎吾氏とスーパーバイザーの鬼海翔氏に話を伺った。
▲株式会社ワークハピネス 代表取締役社長 吉村慎吾 Shingo Yoshimura
早稲田大学政治経済学部卒業後、プライスウォーターハウスクーパースにて公認会計士として活躍し、世界最年少マネージャー記録を更新。途中、現JASDAQ上場審査部で世界初の日米同時株式公開を手がける。2000年、企業変革支援アウトソーサーである株式会社エスプールを創業。数々のイノベーションを起こし、2006年JASDAQ上場。同年、イノベーション創出支援コンサルティングファームである株式会社ワークハピネスを創業し、現在に至る。近著に『日本流イノベーション』(ダイヤモンド社)がある。
▲株式会社ワークハピネス スーパーバイザー 鬼海翔 Sho Kikai
早稲田大学商学部を卒業後、2010年に株式会社ワークハピネスへ新卒入社。電話営業での新規顧客開拓からスタートし、自動車・家電・飲料・金融等の大企業クライアントを中心に、新規事業開発や次世代経営者育成といったイノベーション創出を支援。2016年12月、異業種連合により新事業・新会社を創出するオープンイノベーションプロジェクト「ニッポンイノベーター塾」を始動させ、プログラムの企画・募集・運営・起業支援までを一貫して推進。同プログラムから立ち上がったHometownsのCSOに就任。現在に至る。
このプロジェクトで、大企業の次世代リーダーたちを目覚めさせる。
――そもそも「ニッポンイノベーター塾」が誕生した経緯を伺えますか?
吉村:1995年、日本のGDP(国内総生産)は約500兆円でした。この数字は2015年の調査でも大きく変わっていません。一方でアメリカを見ると、1995年当時のGDPが日本円換算で約700兆円、それが現在では1700兆円にまで拡大している。この20年の間に、3倍以上の差ができてしまったわけです。では、日本の長期停滞や地盤沈下の要因は何か?それは優秀なベンチャー企業の誕生機会の少なさにあると考えました。
――そうですね。アメリカに比べると、日本国内の起業意欲はとても低いと言えます。
吉村:日本の場合、優秀な人材の多くが大企業に就職しています。しかし、組織の中でキャリアを重ねるうちに、いつしか自己実現欲求を忘れてしまう。みんな本当はライオンなのに、気づけないまま終わってしまうわけです(笑)。一方で大企業も第四次産業革命などを目の当たりにして、企業変革に取り組みたいと考える組織は少なくありません。
そこで大手企業から、まず次世代リーダー候補と、人材育成・新規企業探索のための予算を出してもらう。こうした優秀な人材に加えて、社会起業を目指していて、“ヒト・モノ・カネはないけど、志だけはある”という起業家候補生とを掛け合わせれば、「人材育成」と「社会的意義を持ったベンチャー企業の創出」という両面から、日本を本気で変えていけるのではないかと考えたわけです。
鬼海:吉村のそうしたアイデアをベースに、「ニッポンイノベーター塾」の構想が固まったのが約2年前です。塾の特徴として、価値ある新ビジネスを構想したチームには、ワークハピネスが最大500万円を出資し、新会社を設立します。そして起業から原則2年間は、各社からの次世代リーダーは出向という形をとり、新会社の創業メンバーとして立ち上げと事業化に取り組んでいくんですね。
——なるほど。
鬼海:もちろんスタートアップの立ち上げには相当の資金が必要となりますが、この点に関しても工夫をしています。まずはご参加いただく各社に「ニッポンイノベーター塾への参加費」及び「向こう2年間の新会社への優先交渉権の獲得」の見合いとして1,000万円をお支払頂きます。
また、新会社設立後、更なる資金調達が必要になったタイミングで優先交渉権を持つ企業に声を掛け、各社は出資ではなく業務委託費等のコスト処理によって新株予約権(ストックオプション)を獲得できるスキームにしています。
これは、活動する中で、大企業の中で出資や投資を決断するのがいかに大変で時間が掛かるかを体感し、スタートアップのスピードに合わせた最も早い資金調達スキームとして独自に編み出したものです。こうしたスキーム自体も、前例のないイノベーションだと思いますね。
リソースや技術ありきではなく、「自分事」の社会課題を解決する。
――ニッポンイノベーター塾ではすでに第1期が終了し、2期目が始動していますが、手応えはいかがでしょうか?
鬼海:第1期は2016年12月にスタートしたのですが、実はそれに先立ってパイロット版を2016年の7月から半年間、実施していました。この時には、パナソニック、ホンダ、ローソン、オリックス、ソニーミュージックの5社に参画していただき、結果、「Hometowns」という旅行者と現地在住者をつなぐSNS交流アプリがスタートを切っています。
この事業を立ち上げた中心人物は、これまでパナソニックで燃料電池などを開発し続けてきた技術者の方です。しかも当初は、いわゆる異業種研修のつもりで参加していたんですね。それが半年間のプログラムを経て、ファイナルデモデイでは「彼は覚醒した」とパナソニックの経営陣の方が評価するほど本質的に人が変わり、実際に事業化に至りました。私たちのプログラムでは、事業創出のハウツーを伝えるだけでなく、個人が潜在的に持つ強い使命感に気づき、それを事業という形に顕在化させる独自のノウハウを持っています。この経験は私たちにとっても、大きな自信になりました。
▲東京・浜松町にあるワークハピネス本社には、インキュベーションオフィスを完備。映画やドラマのセットを思わせるような演出が施されている。
吉村:第1期に関しても、「民泊のトイレ版」とも言えるシェアリングサービスや、子どもが作ってくれた似顔絵や工作などをクラウド倉庫に保管できる「想い出Bank」、家族の介護に対する悩みや相談を気軽に行えるSNSサービス「介護リンク」という3事業がファイナルデモデイを通過し、起業準備に入っています。
——いずれも、ユニークでありながらも、切実な課題に向き合っているサービスですね。
吉村:はい。例えばトイレのシェアリングと言うとファニーなアイデアに聞こえますが、チームメンバーは全員が日常的に腹痛に悩まされていて、さらに情報をリサーチする中で、「日本中で炎症性腸疾患という難病に苦しみ、お祭りなどのイベントもトイレの有無で参加が左右されている人がたくさんいる」と知り、この人たちのためになるサービスを創ろうと課題設定をして、サービス化を検討してきた。
リソースありき、技術ありきではなく、自分事の解決したい課題やミッションありきでイノベーションを生み出していくのが、他のインキュベーションプログラムとの最大の違いと言えると思いますね。
求む、組織変革を目指す企業とソーシャルイノベーター。
――今後、第3期以降の募集も始まっていくと思いますが、ニッポンイノベーター塾にはどんな企業・人材が参加すべきだとお考えですか?
吉村:まず受講生にとっては、このプログラムへの参加を通して人生を充実させてほしいし、大企業には、自社の社員が変わる姿、可能性を実感してほしいと考えています。そして、2年後に受講生が自社に戻った時には、会社を変革する核になるはずです。また、ここで出会い、同じ釜の飯で育った仲間同士の絆から、異業種間でのさらなるコラボレーションやオープンイノベーションが生まれる可能性も高い。幕末の時代に例えるなら、このニッポンイノベーター塾が、現代の松下村塾になるはずです。
ですから、言いようのない閉そく感を感じていて、組織改革に取り組みたいと考えている企業には、ぜひ自社の幹部候補をこの塾に参加させてほしいですね。この塾による人材育成が、革新に向けた初めの一歩になりますし、その破壊力は想像以上に大きくなりますから。
鬼海:これは企業だけでなく個人やスタートアップにも言えることですが、ビジネスを通して社会課題を解決したいと考えるソーシャルイノベーターにこそ、ぜひニッポンイノベーター塾に集まってほしいですね。ここに未来の日本を変える力を結集させたいと考えていますので、プログラムへの参加の有無に関わらず、面白い取り組みをされている方、同じ想いで新しい事業を創出していきたいという方とは、是非お話ししてみたいですね。