【特集インタビュー】ビッグデータも、目指すべきビジョンも、徹底的に共有しあう。アスクル流オープンイノベーションが生み出す、新たなEコマースのあり方。(後編)
2012年にアスクルが立ち上げたBtoCのEコマースサービス「LOHACO」。2016年7月にはお客様利用者数が累計300万人を突破するなど、目覚ましい進化が続いている。そんな同社がこれからの成長エンジンと位置づけているのが、100社を超える大手メーカーが参画する「LOHACO ECマーケティングラボ」だ。ジャンルの異なるメーカーが共創・協創する仕組みと、実現に必要なポイントについて、事業部長兼ECマーケティングディレクターの成松氏に伺った。
アスクル株式会社
LOHACO事業本部FMCG/日用品事業部 事業部長 ECマーケティングディレクター
成松 岳志
2007年入社。BtoBサービスのネット広告企画・運営やCRM、新規サービス開発を経験した後、2012年よりLOHACO事業立上げに参画。サイト運営に深く携わり、Web広告の設計責任者やデジタルマーケティング、ビッグデータの解析部門など様々な領域を担当。現在は事業部長とマーケティングディレクターを兼務し、さらなる事業発展を目指す。
■ビッグデータを完全オープン化し、新たな価値創造へ。
――2016年4月に3期目を迎えた「LOHACO ECマーケティングラボ」ですが、第1期の開始はLOHACO立ち上げからわずか1年後ですね。その経緯を伺えますか?
成松:LOHACOでは日々、お客様それぞれのアクセスログやサイト内での行動、購買したもの・しなかったものなど膨大なデータを収集しています。それらのビッグデータを分析すると、LOHACOというサービス自体の改善点や課題はもちろん、商品を買っていただけなかった理由もよく見えてくるんですね。
――商品が買われない理由、ですか?
成松:そうです。欲しいモノがなかったのか、価格が適正でなかったのか、そもそも商品を見つけにくかったのか……理由は様々ですが、我々だけでは解決が難しいことも多々あります。 そこで、様々な商品ジャンルのメーカー様を募り、個人データを除くすべてのデータをオープン化しよう。そして、これらのパートナー企業の皆さんと一緒にデータ分析を行い、効果的に使える方法をともに模索していこうと発足したのが「LOHACO ECマーケティングラボ」です。 このラボの取り組みは年々拡大しており、参画企業は1期目が12社、2期目が55社、3期目には102社まで増えています。
――ビッグデータの完全開放というのは、非常に画期的な取り組みだと思いますが、ラボの活動から新たに生まれた機能や仕組みなどはありますか?
成松:1年目の注目テーマは「併売」でした。例えば、通常の店頭ですと、どんなに一緒に売れていたとしても、ビールとトイレットぺーパーを隣に並べるのは難しい。しかし、Eコマースならば、そもそも“陳列棚”という概念がありませんから、異なる商品ジャンルでも、自由に組み合わせて販売可能です。 そこで、商品ジャンルもメーカーも越えてコラボできるシステムをつくろうと考えたのが、「まとめ割」というサービスです。
――別ジャンル・別メーカーと一緒となりますと、メーカーから抵抗感を持たれそうですが。
成松:当初は懸念の声も様々ありましたが、メーカー単体のキャンペーンと複数メーカーが参画するキャンペーンでどれだけ売り上げが異なるのか比較・検証をした場合、「まとめ割」の中に競合メーカーがあったほうが結果が良かったため、今では抵抗なく取り組んでいただいています。
――ビッグデータを開放しているからこそ、コンセンサスも取りやすくなるわけですね。
成松:実際、一緒に購入できる方が売上数値は断然高く、元々ひとつのブランドを購入していた人が、まとめ割によって別の商品を一緒に購入し、新しいブランドに触れるきっかけを誘発できました。データによって、その意図と実績が明確になったことで、今ではメーカー各社への「呉越同舟」のご提案にも深くご納得いただけています。
■Eコマースだからできる、「暮らしになじむ」商品の開発。
――サービスの機能以外にも、メーカー各社との協業が生んだ成果があれば教えてください。
成松:1期目で様々トライしたマーケティング系のプログラムから見えた、「Eコマースならではの商品の形やデザイン」をもとに、2期目からはメーカーとタッグを組んでEコマース限定の商品企画がスタートしました。
――Eコマースならではのプロダクトデザインといいますと?
成松:購買データ・商品レビュー・お客様の嗜好性などを分析していくと、使用し始めたあと大事になるのは、「商品が部屋に馴染むこと」だと分かりました。 しかし、市販されている商品は、「店頭でお客様に商品を手に取ってもらう」ことを大前提にデザインされています。ですから、パッケージデザインも商品機能のアピールや目立つことが最優先事項ですが、Eコマースならば商品説明は販売ページ上で行えばいい。 そこで、お客様のライフスタイルにフォーカスした「暮らしになじむデザイン」の商品開発をスタートさせたのです。
――メーカーとの共創・協創から生まれた実績を伺えますか?
成松:最初の成功実績は、花王様の消臭剤「リセッシュ」ですね。中身は従来の製品とまったく一緒ですが、花王様の社内のデザイナーの方に新しいコンセプトでデザインを制作していただいたところ、LOHACOでの売上実績は通常品と比べて、発売開始から10日間で12倍、年間で約7倍売れています。しかも、通常品と比べてデザイン品は単価が一割ほど高いにも関わらず、です。
――オープンイノベーションを実現するために、必ず行っている取り組みなどはありますか?
成松:流通の世界で考えると、Eコマースはまだまだ新しいチャネルです。前例のない企画も多々ありますから、ラボの参画メーカーとは、必ずトップとトップが話し合える機会を設けています。 企業トップ同士が会談を行い、「Eコマースでこんな暮らしを実現しよう」「こんなミッションを掲げて挑戦していこう」と思想の合意を図り、大きな視点を共有し合う。その上で、現場が同じ意思を持って動くことを心掛けています。
――商談ではなく、トップ同士がビジョンや思想を共有しあうことが重要なのですね。
成松:ユーザーのライフスタイルは大きく変化しており、商品購買のトレンドも明らかに変わってきています。同一商品の大量生産・大量消費の時代は終わり、一人ひとりのニーズを汲んだ商品企画や販売をどれだけ行えるか?は各メーカーの大きな経営課題にもなっています。 Eコマースは、それを解決できる有効なチャネルでもありますから、企業同士が全体で連携して、より本質的な価値創造に取り組んでいきたいと思っています。
■取材後記
成松氏によると、「暮らしになじむデザイン」をテーマとしたデザイン商品のラインナップは、当初21社からスタートし、現在では36メーカー47商品に拡大しているという。こうした先進的なアクションが実を結んでいる背景には、以下のような企業をあげた施策があった。
●蓄積したビッグデータをパートナー企業に開放し、共通認識を育むアイテムとする。
●トップ同士がビジョン・思想を共有しあうことで、現場が動きやすい環境を作る。
サービス発足当時、BtoCのEコマースビジネスでは完全に後発であった「LOHACO」が今、業界中が注目する圧倒的な成長株となっている。今後も続く成長の陰には、必ずオープンイノベーションがある。これからの取り組みも、ますます目が離せない。
(構成:眞田幸剛、取材・文:太田将吾、撮影:加藤武俊)