地方都市「仙台」を舞台にした官民連携型アクセラ、オンラインDemoday開催!<前編>――スタジアムを起点に街へと広がる共創プランとは?
イノベーションが継続して生まれるエコシステムの構築を目指す「仙台市」――。同市は、「X-TECHイノベーション都市・仙台」をビジョンに掲げ、既存産業に最先端テクノロジーを取り込むことで、新しい価値の創造が連続して起こる世界の実現に向け、取り組みを強化している。
その一環として、2018年より、『SENDAI X-TECH Innovation Project』と題したプロジェクトを始動。さらに、本年度は仙台市に拠点を置く「株式会社楽天野球団」と「株式会社藤崎」をパートナー企業に迎えたアクセラレータープログラム『SENDAI X-TECH Accelerator』も進行中だ。プログラムでは、スタジアムと百貨店を起点に、“都市をアップデートするWAO!体験を創る”ことを目指している。
本プログラムも終盤を迎え、去る2020年3月24日、プログラムの成果を発表するデモデイ(成果発表会)を、完全オンラインで実施。本記事では、発表の中身を前編と後編に分けて紹介する。前編は「株式会社楽天野球団」との共創プランだ。仙台市という地方都市を舞台に、官民が共創することで、どんな未来を描けるのか――。その可能性を感じ取ってほしい。
スタジアムから周辺エリアへ、官民で仕掛ける「街ぐるみ」の共創プラン
デモデイに参加したのは、「akippa株式会社」「GREEN UTILITY株式会社」「株式会社バカン」の3社だ。各社が1月の審査会(※)以降、仙台市および楽天野球団とともにブラッシュアップしてきた共創プランの中身と進捗について発表した。以下でその中身を紹介する。
※関連記事:スマートスタジアムを実現する4つのアイデアとは――『SENDAI X-TECH Accelerator』 審査会レポート 【楽天野球団編】
【1】 予約制駐車場を活用した、スムーズなスタジアムアクセスの実現 (akippa株式会社)
トップバッターを務めたのはakippa株式会社だ。発表に先立ち、株式会社楽天野球団の江副翠氏が、スタジアム(楽天生命パーク宮城)の解決したい課題について説明した。江副氏によると、仙台市は車社会なので来場者は車でスタジアムに来ることが多い。しかし、駐車場の台数が足りないことで、来場者に十分な利便性を提供できていない。そこで、テクノロジーを用い、スタジアムへのスムーズなアクセスを実現することを目指したという。
一方、仙台市役所の佐藤伸洋氏は、仙台市が「交流人口の拡大」を目標に掲げており、スタジアムの来場者を増やすことで、街の活性化につなげる狙いがあったという。このようなスタジアムの課題と仙台市の期待をもとに、駐車場予約アプリを展開するakippa株式会社の練り上げたプランはこうだ。
同社の主力サービスである「akippa(アキッパ)」は、空きスペースを簡単に予約制の駐車場に変えられる点が特徴だ。発表を担当した大塚氏は、このサービスを活用し、スタジアムの駐車場不足や街の混雑緩和を実現するという。そのために、現在スタジアム周辺にある駐車場の確保を進めている。今回、仙台市の協力体制も整っていることから、公園予定地といった「市有地」を駐車場として開放してもらう検討を進めている。
一方で、市有地以外の民間遊休地に関しても、「仙台駅東まちづくり協議会」を通じて、協力を仰いでいるという。他エリアでの実績では、個人宅の空きスペースを提供してもらえるケースが増えている。また、病院・クリニック・薬局なども提供してもらえる可能性が高いという。
生み出せる効果として、事前に予約できる駐車場台数を増やすことで、たとえば仙台に土地勘のない関東エリアの人たちにも、安心して車で来場できる環境が構築できる。また、仙台市やスタジアム周辺に住む個人や事業者にも、駐車場代という形で収益を還元できる。この構想が実現すれば、より地域と一体感のあるチーム運営が可能となり、街全体の活性化にもつなげられると語った。
さらに、災害対策という副次的な効果も期待できるという。津波や地震といった災害時に、自宅の車を逃がす場所として、あるいはボランティアの車をとめる場所として、「akippa」の契約駐車場を活用するのだ。今回のメインテーマからは外れるものの、街全体に「akippa」を導入することで、災害にも強い街づくりができると説明した。最後に大塚氏は「仙台なので、1000台増やしたい」と意気込みを語り、発表を締めくくった。
【2】 モバイルバッテリーシェアリングで、観戦をもっと楽しく (GREEN UTILITY株式会社)
続いての発表は、モバイルバッテリーシェアリング事業を展開するGREEN UTILITY株式会社だ。楽天生命パーク宮城は、2019年シーズンからスタジアムの完全キャッシュレス化に踏み切った。チケット・グッズ・飲食すべてにおいてキャッシュレス決済のみとし、スマートフォンさえ持っていれば観戦が楽しめる環境を整えたという。
しかしながら、スマートフォンの電源が切れてしまうと、各種サービスの利用ができなくなる。スタジアムに充電サービスは不可欠で、多い時には1試合につき100件近い充電ニーズがあったという。一方、仙台市役所の佐藤氏はスタジアムを起点に、仙台駅東口の活性化につなげると同時に、街の利便性も高めたいという期待があったと話す。
上記のようなスタジアムの課題と仙台市の期待をもとに、モバイルバッテリーシェアリングサービスを展開するGREEN UTILITY株式会社が進める、街ぐるみの共創プランは以下の通りだ。
GREEN UTILITY株式会社は、「mocha (モチャ)」というスマートフォン用の充電器(モバイルバッテリー)を貸し出すサービスを展開している。同サービスの特徴は、借りた場所と返す場所が異なってもよいため、持ち運びながら充電ができることだ。街中に設置された「mochaステーション」で、人の手を介さずに貸し借りができる。同社代表の李氏は、「mochaステーション」を楽天生命パーク宮城のスタジアム内、および仙台市の駅周辺に設置することで、来場者が充電に困らないスタジアムを実現すると話す。
現在進めている取り組みは次の通りだ。まず、市内のステーション設置場所を検討するため、「仙台駅東まちづくり協議会」の集まりに参加してプレゼンを実施した。話を聞いた関係者からは、「ぜひ設置したい」との声が複数あがったという。また仙台市交通局とも連携し、市営地下鉄駅構内での設置も検討している。さらに、楽天イーグルスの公式アプリ「At Eagles」内で、「mochaステーション」が容易に検索でき、貸出までもできるように実装の協議中だ。今後、楽天ペイでの決済も可能にする予定だという。
加えて同社は、”北海道胆振東部地震”や”令和元年房総半島台風”の際に、「mocha」の充電器を無償で提供した実績を持つ。李氏は、災害に強い街づくりにも寄与できると説明し、仙台市でひとつのモデルケースをつくりたいと話した。
【3】 にぎやかで刺激的、だけど居心地の良いボールパーク (株式会社バカン)
楽天生命パーク宮城ではスマートスタジアム構想を進めているが、構想の実現にあたって、スタジアム内における待機時間の短縮が課題のひとつだという。中でも、60店舗近くある飲食店については、スタジアムという特性柄、混雑のタイミングが集中する。それを緩和し、集中を分散させることが、ストレスなく楽しめるスタジアムにするための大きなポイントだという。一方、仙台市役所の佐藤氏は、”スタジアムの賑わい”を”街の賑わい”へとつなげたいという考えがあったと話す。
このようなスタジアムの課題と仙台市の期待を背景に、空席情報配信サービスを展開する株式会社バカンが描くプランはこうだ。
株式会社バカンは、トイレやレストラン、会議室といったさまざまな場所の「空き情報」をスマートフォンやデジタルサイネージに表示させるテクノロジーを持つ企業だ。今回は、スタジアムの「グルメ(飲食店)」に絞って混雑の緩和を目指す。具体的には、スタジアム内にある飲食店に同社のリアルタイム空席情報プラットフォーム「VACAN(バカン)」を導入し、混雑を可視化する。さらに、グルメの事前注文と事前決済が可能な同社のサービス「QUIPPA(クイッパ)」と現在開発中の館内ルート案内サービスを組合せ、飲食にかかる時間の削減を目指す。
これにより、たとえば観客席で試合を見ながら、スマートフォンを使って食べたいものを選び、注文・決済までを完結。出来上がりの時間をスマートフォン上で通知してもらい、ルート案内のもと迷わずに店舗まで取りに行くことが可能になる。
もちろん同社のプランもスタジアム内にとどまらない。街全体へと広げる取り組みとして、周辺の飲食店にもサービスを拡大し、試合終了後には、勝利を祝ってファン同士が飲みに行けるような導線をつくることも考えているという。チームが勝利した暁には、スタジアム内だけではなく、スタジアム外も含めた周辺エリア全体が一体となって盛り上がるような仕掛けをつくることを提案した。
楽天野球団に聞く、デモデイを終えての感想と今後の展望
デモデイ終了後、株式会社楽天野球団にて、本取り組みを担当する一ノ瀬 玲奈氏に、『SENDAI X-TECH Accelerator』プログラムの感想や今後の展望について話を聞いた。
▲株式会社楽天野球団 プロモーション部長 一ノ瀬玲奈氏(写真左から2番目) ※1月に実施された審査会の模様より
――最終的に、上記3社を選んだ理由は?
楽天・一ノ瀬氏: 私たちがこうした取り組みに参加するのは今回が2回目です。昨年はアイデアソンを実施し、素晴らしいアイデアを提案いただきました。2回目となる今回は実装できるもので、なおかつサービスとして継続して活用できるものに絞って選びました。私たちが目指しているスマートスタジアムをより実現できるものと考えた時、今回の3社が一番近いと考えました。
――1月の審査会の後、どういう点にこだわって、プランのブラッシュアップに取り組まれたのでしょうか。
楽天・一ノ瀬氏: ご提案いただいたサービスを、スタジアムに導入するだけであれば簡単です。しかし今回は仙台市さんも含めた共創プログラムですから、すでにお持ちのサービスをそのまま使うのではなく、よりイーグルスや街にフィットする形で実現できるようこだわって進めてきました。
プログラム期間中、VACANさんは店舗の視察やヒアリングを実施されましたし、akippaさんとGREEN UTILITYさんは「仙台駅東まちづくり協議会」でプレゼンをされました。継続したサービスにするため、ビジネスとして練り上げることにこだわり取り組んできましたね。
▲1月の審査会後には、パートナー企業にスタジアムを紹介。具体的な共創プランを描いてきた。
――今後、どのようなスケジュールでスタジアムへの実装を進めていくご予定ですか。
楽天・一ノ瀬氏: 今シーズン開幕時に新しいサービスをスタートできるのが理想です。調整すべきことを迅速に進めて、できればシーズンの開幕に間に合わせたいですね。ただ、先ほどお話ししたように、カスタマイズも大事なので、3社さんには難しい宿題を投げている部分もあります。ですから、負担になりすぎないスケジュールにしたいと考えています。
――どのプランもスタジアム「内外」での価値の創出が期待できると感じました。御社としても、街へと広げていける感触をお持ちですか。
楽天・一ノ瀬氏: そうですね、駐車場や充電器、混雑緩和など、どのサービスもイーグルスだけではなく、住んでいる方の生活に密着したアイデアです。スタジアムだけではなくて、街の中に広げていくことで、住んでいる方たちの利便性も高めることができると思います。なので、実現して仙台を盛り上げたいですね。
取材後記
地方都市「仙台」を舞台にしたアクセラレータープログラムがフィナーレを迎えた。いずれのプランも、スタジアムを起点に周辺エリアへとサービスが広がっていくことが期待できる内容であった。街がコンパクトにまとまり、人と人の距離感も近い地方都市だからこそ、進めやすさもあったように見受けられる。
“都市をアップデートするWAO!体験を創る”という当初のテーマ通り、仙台を訪れると、そこかしこに新しい体験があり、インスピレーションが得られる。仙台が未来の地方都市のひとつのモデルケースになるのではないだろうか。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子)