大企業イノベーターたちが新規事業をグロースさせるメソッドを公開 | ニジボックス主催「0→1 BUSSINESS METHOD」イベントレポート
多くの企業がイノベーションの必要性を認識し、新規事業の創出に挑戦している。一方で、新規事業開発のノウハウやメソッドはまだ不十分で、企業に実装されていないのが実情だ。「成功する事業はどのようなプロセスで生まれるのか」「生み出した事業を加速させるには何が必要なのか」――と疑問を抱える方も多いだろう。
これを受け、事業創造を目指す未来のイノベ―ターを対象とし、株式会社ニジボックスがリクルートグループの一員として各事業会社の大規模サービスや新規事業に携わる中で培った、新規事業開発のビジネス・メソッドを公開するイベントを開催した。それが、「0→1(ゼロイチ)BUSSINESS METHOD グロースする新規事業はどのようなプロセスで生まれるのか?」だ(2/19 大手町SPACESにて)。同イベントには新規事業に関わるプロジェクトリーダーやイノベーション部門の責任者らが多数参加。登壇者による講演やパネルディスカッションに熱心に耳を傾けた。
ユーザーの声を正しく聞き、真のニーズを知ることが大切
まず本イベントを主催するニジボックスの執行役員、丸山潤氏が「『モチベーション×アビリティ』から考える新規事業開発のメソッド」と題して講演した。同社はニーズ調査、サービス設計、UXデザインを強みにしている制作会社だ。
丸山氏は、新規事業は立ち上げてそれで完了ではなく、そこからがスタート。試行錯誤を繰り返しながら成功を手繰り寄せるものだという。世界から称賛を浴びるビジネスモデルを確立したグローバル企業も、さまざまに事業を変革しながら、現状に行きついていることを提示。合わせて丸山氏は「事業を企画し、変化、グロースさせていく、あらゆる過程でユーザーの声を聞くことは必要不可欠」と強調した。
丸山氏はUXを、サービス利用の動機付け=「モチベーション」、サービスの使いやすさ=「アビリティ」に分けて解説。この両方が高められることで、成功に近づくという。では、なぜUXがそれほど重要なのか。かつて大量生産・大量消費だった時代は“機能”が重視されていた。一方、現在は“体験”が重視され、ユーザーは「自己実現」を目指す傾向にある。だからこそ、UXが重要となってくるのだ。
丸山氏はユーザーの声を集める際には、「ユーザーに先入観や偏見などの情報バイアスがなるべくかからないような条件を整え、定量的にリサーチすることがとても大切」と示した。そうすることで、精度高くユーザーの真の欲求を特定できると解説する。特に商品・サービスに切実なニーズを抱える、流行に敏感で影響力のあるユーザー層の声を集めることが極めて重要だと伝えた。
▲株式会社ニジボックス 執行役員 丸山潤氏
株式会社ニジボックスで、ソーシャルゲーム開発などに携わった後、オンラインサービス開発事業部の事業部長兼UI/UX制作室室長に就任。大手クライアントなどに対する新規事業のUX提案を手掛けている。また近年は、リクルートの新規事業のUXチームをまとめ、「UX Sketch」というイベントを立ち上げるなど、ブランディング活動にも取り組んでいる。
Airレジの開発からシェア拡大までの内幕を明かす
続いて、株式会社リクルートライフスタイルの大宮英紀氏が「ユーザーの体験価値を極めた『Airレジ』から紐解く、強い事業の創り方」と題して講演。Airレジの開発からシェア拡大までを伝えた。Airレジは0円でカンタンに使えるPOSレジで、利用店舗数は2018年12月末時点で38.1万を超えるほどになっている。
大宮氏はAirレジを立ち上げるまでに数々の失敗を経験したと明かし、失敗には3種類あると説いた。すなわち、①ヒューマンエラーなどの回避が可能だった失敗、②ある程度の損害やデメリットは織り込んだ上での失敗、③果敢なチャレンジの結果としての失敗――だ。このうち、後者2つが重要で、「失敗は成功の元となりえる失敗で、成功するための必要なプロセス」と強調する。
実際のAirレジの開発は2013年からスタート。スティーブ・ジョブスの言うテクノロジーとリベラルアーツの「交差点」を切り口に時代の先を想像すれば、そこにチャンスがあると考えたという。大宮氏はリアルとソフトウェアの融合の観点で事業を模索し、「Googleのようなテクノロジーベースの企業がその競争優位性を活用できず、テクノロジーに加えそれ以上にリアルの接点という競争優位を有するリクルートができることをやろう」とした。
浮かび上がってきたキーワードが「ローカル、リアル、店舗」などだ。その上で、未来から現在を考えるバックキャストの思考を用いたと話す。Airレジはリクルートの得意とする市場に、新商品を投入する手法を取ったのだが、商品を開発するにあたり、ヒアリング調査を徹底。担当メンバーも自ら店舗でアルバイトを行うなど、課題を正確に把握することに徹した。
「プロダクトとマーケットのフィット」を目指し、ユーザーに寄り添いながら開発したAirレジだが、成功の要因は「タイミング」も大きいと指摘する。そのうえで「世の中の流れがどこに向かっているかを考えることは非常に重要」と話した。大宮氏は「新規事業を立ち上げるのは訓練のようなもの。何回もやればわかってくる」と締めくくった。
▲株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 グローバルソリューション事業ユニット ユニット長 大宮英紀氏
日本電気株式会社でエンジニアとして活躍した後、リクルートに転職。じゃらんnetなどに携わり、ディレクター、事業開発責任者へとキャリアを積む。
新規事業を立ち上げ、グロースさせるには
最後に「大企業イノベーターに聞く。グロースする事業開発の糸口とは?」をテーマにパネルディスカッションが行われた。ニジボックス・丸山氏、リクルートライフスタイル・大宮氏に加えて、新規事業開発の経験が豊富な野村ホールディングス・池田氏と富士通クラウドテクノロジーズ・佐々木氏が登壇。モデレーターは、eiicon 中村亜由子が務めた。
▲野村ホールディングス株式会社 金融イノベーション推進支援室 課長/株式会社N-Village CMO 池田寛人氏
新規事業開発に関わり3年目となる。アクセラレータプログラムや非上場株式の管理ビジネスなどを手がけたほか、株式会社N-Villageの立ち上げに携わる。
▲富士通クラウドテクノロジーズ株式会社(ニフティ株式会社が分社・商号変更) セールスアーキテクト本部 デジタルソリューション部長 佐々木浩一氏
ニフティでスマホアプリを開発するなどエンジニアとして活躍。その後、法人向けクラウドサービス、ニフクラを担当。新規事業の開発などに携わる。
モデレーター・中村は、近年、新規事業が注目され各企業で重要性がますます高まっていることに触れながら、実際にはどのように事業立ち上げに対する社内の理解を得たかについて、池田氏に投げかけた。
これに対し池田氏は、大企業の中で新規事業はマイノリティな存在であることは依然として変わらないが、「企業の理念やミッションと照らし合わせ、そこからブレない事業であれば、新規事業でも理解を得やすい」と回答。さらに上司との付き合い方について「関係者の立場を理解することを心がけること、特にそれぞれの時間軸に対する配慮は大切」と答えた。
加えて池田氏は、上司の理解を得るには、新規事業はあくまで「顧客の視点」に立ったものであることを伝えることが重要と話し、その必要性を知ってもらうため、丸山氏を池田氏の会社に招きプレゼンテーションをしてもらったことを明かした。また、佐々木氏は「自分がイノベーターというより、部下が多い」という状況で業務を進めている。こうした中、部下と上層部の「橋渡し役」となることも多く、「この人にはこうした話し方が適切だ」「この人にはこういう切り口で話を展開すると意見が通りやすい」などとアドバイスを送り、相手によって伝え方を変化させる必要性を説いた。
一方、大宮氏は「危機感が正確に伝われば、経営陣の意識が大きく変わり、共感を得られることが多い」とも述べた。特にリスクを回避しようという話は不鮮明となりやすい事業機会を伝えるよりも、伝わりやすいとのことだ。
自分自身のモチベーション管理も欠かせない
続けて大宮氏は「社内の雰囲気」を醸成する必要性についても言及。上司とのコミュニケーションを通じ、「こういうリスクがある、次はこんなものが流行り出す」ということを伝え、理解が社内で広まっていけば、予算もつきやすいと伝えた。これまで、対人関係についての障壁を伝えてきたが、その一方で、大宮氏は自分自身の気持ちもとても大切と強調。
「新規事業は情熱を持って取り組むものなので、自分自身が商品やサービスに疑いを持ったら止まってしまう。モチベーションの管理は欠かせない」と述べた。モデレーター・中村は「特に社内起業は周りからの声もあるので、自分が気持ちを保つことは重要になる」と同意した。
最後はどれだけ「人」を巻き込めるか
池田氏は合わせて、周囲をポジティブに変えていくことの重要性も述べた。特に法務など「守り」を専門とする部署は「攻め」の新規事業と相容れないところがある。そのため、「どうすればできるのか」というポジティブな発想で一緒に考えるための体制作り・関係作りがキーとなるという。
また、佐々木氏は、行き詰まったら改めて市場に立ち返り、「ユーザーが求めていることを示せれば、事業を継続・発展させていく方向に変わる」と伝え、ユーザーニーズの重要性に改めて言及した。最後に丸山氏と大宮氏は「最終的には『人』が何より大切。事業は多くの人の支えがあって成り立つ。どれだけ人を巻き込めるかがポイントになる」と強調した。
取材後記
新規事業の重要性を感じていないという企業は少ないだろう。しかし、いざ着手するとなると、何をどうすべきなのかわからないことが多いのではないだろうか。講演・パネルディスカッションを通じて印象に残るのが、新規事業とは顧客の声を聞くこと、という考え方だ。新規事業だから新しいものを生み出すということは変わりないが、切り口が「顧客の求めるもの」と定まれば、考え方や取り組み方も変わってくる。その上で、新商品・サービスのリリース即成功とならないことには十分な注意が必要だろう。
登壇者たちによれば、商品・サービス、マーケット、人(チーム)、タイミングがそろって、成功につながるとのこと。すべてが一度に好条件でそろうとは考えにくいからこそ、始めから失敗を織り込み諦めずに取り組む姿勢が求められるはずだ。
(構成:眞田幸剛、取材・文:中谷藤士、撮影:加藤武俊)