数か月で18社と実証実験スタート。近未来の駅を創る、JR東日本スタートアップの推進力
JR山手線に49年ぶりに誕生する新駅「高輪ゲートウェイ」が大きな話題になるなど、ここ近年、JR東日本は既存概念にとらわれることのない新しい発想を取り入れている。2017年からスタートした「JR東日本スタートアッププログラム」もその一つと言えるだろう。
昨年開催された「JR東日本スタートアッププログラム2017」においては11件の実証実験を推進。その一つであるサインポストのAI技術を活用した赤羽駅の無人AI決済店舗は大きな注目を集めた。
そして、2018年4月から募集を開始した「JR東日本スタートアッププログラム2018」は、11月6日に選考結果が発表され、アクセラレーションコース18件+インキュベーションコース5件の合計23件の提案を採択。11月29日には採択企業がピッチを行うDemoDayを開催し、さらに12月3日に採択された提案をリアルの「場」を使って体験できるという「STARTUP_STATION」というイベントも開催された。
JR東日本スタートアップが行なう本プログラムの特徴としては、採択からわずか4か月というスピードで、18件全て実証実験に取り組みをスタートさせる推進力。また、本丸の鉄道事業だけではなく、ライフスタイル・地方創成・グローバル・環境問題と領域も幅広く、各アイデア非常に具体性が高いことである。
――そこでeiiconは、DemoDayと「STARTUP_STATION」の開催に密着し、本プログラムの詳細をレポートしていく。
※JR東日本スタートアップのイノベーション活動についての詳細は、【特設ページ】をご覧ください。
採択企業23社がピッチを繰り広げたDemoDay
11月29日、東京都渋谷区のルミネゼロで「JR東日本スタートアッププログラム2018」のデモデイが開催された。冒頭に、JR東日本スタートアップ 代表取締役社長・柴田裕氏が登壇。「今回のプログラムでは、合計182件の提案をいただきました。その中から採択された23社が本日参加していますが、提案内容のブラッシュの議論を何度も重ねて、今日という日を迎えています。今日この場所がスタートラインとなり、これからの新しい価値を一緒につくっていければ非常に嬉しい。失敗上等。とことん楽しんで行きましょう」と話した。
会場には所狭しと人が溢れ、予備会場が設けられるほど注目を集めたこのDemoDay。採択された23件の提案内容を、各社の担当者がピッチを行った。JR東日本の取締役2名が審査員を務めるなど経営層もコミットしながら審査が進められ、以下の6チームが入賞を果たした。各チームの提案内容をコンパクトに紹介していく。
●スタートアップ大賞:PicoCELA株式会社
【協業内容】:「無線マルチホップ技術による屋外無線 LAN 環境構築」
PicoCELAが提案したのは、LANケーブル不要のWi-Fiシステムの開発。広域なエリアでもローコストで親機を設置し、Wi-Fiエリアを生み出せるという点が最大の特徴で、スキーリゾート「GALA 湯沢」のゲレンデで実証実験が予定されている。また、トンネル内に設置することで、工事の生産性向上にも寄与できるという。
●アクセラレーションコース最優秀賞:メトロエンジン株式会社
【協業内容】:「AI を活用した駅や新幹線の流動予測」
需給予測をAIで分析して価格を変動(最適化)させる「ダイナミックプラインシング」に強みを持つメトロエンジン。同社が持つ宿泊需要予測や各種イベントデータ・天気予報データと、JR東日本が持つ改札機や乗客の移動データなどを組み合わせて解析し、東北新幹線「やまびこ」の乗車数予測などの実証実験が進められている。実際、「やまびこ」の予測では250席中で15席以内という低誤差の成果を上げたという。
●インキュベーションコース最優秀賞:株式会社ANSeeN
【提案内容】:「新幹線自動改札での手荷物検査装置」
X線カメラの開発・製造を手がけるANSeeN。同社のX線カメラであれば、高解像度での解析し、形状や材料(色)も検出が可能となる。大掛かりなセキュリティを導入するのが難しい新幹線内にこのX線カメラを設置することで、刃物や爆発物の持ち込みを発見することができる。
●優秀賞:株式会社エイシング
【協業内容】:「AI による設備・機械の新たな運用方法の実現」
機械制御に AI を活用してきたエイシングは、リアルタイムにAIが自動学習する技術を開発した。この技術を活用することで、①熱源機で雪を解かす散水消雪機の最適稼働、②鉄道車両のブレーキの異常検知、といった協業内容を提案した。
●優秀賞:Origin Wireless Japan株式会社
【協業内容】:「カメラレス・センサーレスの侵入監視で安心安全な工事の実現」
Wi-Fi 電波反射波分析により、アルゴリズムと AI で空間認知ができるエンジン「Time Reversal Machine(TRM)」を開発しているOrigin Wireless Japan。24時間目が届かない、GPSが届かない、死角が多い、人手不足…といった工事現場の課題に対して、TRMシステムを活用。カメラレス・センサーレスの侵入監視で、安全な工事を実現させることを提案した。
●青森市長賞:株式会社ファーメンステーション
【協業内容】:「発酵技術を活用した地域循環モデルの構築」
岩手県に本社を構える発酵技術を得意したファーメンステーション。青森県の A-FACTORY にあるシードル工房から排出されるリンゴの搾りカスを発酵させることにより、エタノールを生成。化粧品や雑貨として商品化するなどの提案を行った。
最後に、Globis Capital Partners Managing Partner仮屋薗 聡一氏より、総括として「これだけの企業、全てリアリティのあるアイデアが出てきていたことに驚いた。ありとあらゆる幅のアイデアであり、全てを受け止められることが、JR東日本スタートアップのプログラムの凄さである。本プログラム自体が、影の大賞なのではないかと思う。このプラットフォームがより進んでいって欲しい」という言葉で、このプログラムの今後の期待と共に締めくくられた。
大宮駅を舞台に開催された「STARTUP_STATION」
「STARTUP_STATION」は12月3日〜12月9日まで、大宮駅西口のイベントスペースにて開催された。オープン日である12月3日には記者発表会が開催され、JR東日本 執行役員 事業創造本部 副本部長・表輝幸氏が登壇。「新進気鋭のベンチャー企業の持つ新しい技術・アイデアと、JR東日本が保有するリソースを掛け合わせて、新しい価値を創出していきたいと」と力強く語った。
また、会場にはスタートアップが提案したサービスやプロダクトのデモなどが陳列。スタートアップ各社の代表なども駆けつけ、熱気あふれる場になった。
▲JR東日本 執行役員 事業創造本部 副本部長・表輝幸氏
<STARTUP_STATIONの展示内容>
①AdAsia Holdings Pte. Ltd.のダイナミックDOOH(屋外デジタル広告)の検証
②株式会社エアークローゼットのIoTを活用した無人パーソナルスタイリング体験
③株式会社Showcase Gigのスマートフォンとキオスク端末を利用した無人オーダーカフェ体験
④株式会社TBMの再生可能素材「LIMEX」傘の展示
⑤メトロエンジン株式会社のAIを活用した新幹線混雑予想表示(デジタルサイネージ)
⑥Motionloft,inc.のAIカメラを活用した流動調査と広告媒体の認知率調査
また、この他にも「アクセラレーションコース」18社の協業プラン紹介も展示された。上記の①〜⑥については、以下で詳細内容を伝えていく。
スタートアップの技術とアイデアが、実際に体験できる
①AdAsia Holdings Pte. Ltd.のダイナミックDOOH(屋外デジタル広告)の検証
+
⑥Motionloft,inc.のAIカメラを活用した流動調査と広告媒体の認知率調査
大宮駅中央コンコースを使って展開されているのは、AdAsiaのダイナミック屋外デジタル広告だ。デジタルサイネージを使い、ロケーションやターゲットに合わせて最適化した情報を配信する。それに活用されているのが、MotionloftによるAIカメラだ。このカメラによって、駅構内でお客様の流動分析と広告媒体の認知率調査を行っている。今回はクリスマスシーズンということで、クリスマスケーキのデジタル広告がAIカメラによる分析に応じて配信する予定となっている。
②株式会社エアークローゼットのIoTを活用した無人パーソナルスタイリング体験
プロスタイリストがコーディネートした洋服が貸し出す、ファッションレンタルサービスを手がけるエアークローゼット。同社が提供したのは「無人パーソナルスタイリング体験」だ。これは、スマートミラーを通してプロのスタイリストとお客様をつなぎ、ファッションの提案を行う。子育てや仕事でファッションを楽しむ時間がない人でも、行動の起点として必ず駅は利用する。その駅という「場」を活用することで、忙しい方に対しても新しいファッション情報やスタイリングを提案していくことが狙いだ。
③株式会社Showcase Gigのスマートフォンとキオスク端末を利用した無人オーダーカフェ体験
Suica対応の商品注文端末により、無人オーダーカフェを提供したのはShowcase Gig。無人オーダーカフェだけではなく、スマートフォンアプリによる商品事前注文サービスも導入。キャッシュレスな商品受け取りを実現させることによって混雑を解消し、オペレーション軽減による店舗省人化も目指していくという。
▲専用端末で先に注文することで、スムーズに商品を受け取ることができる。
④株式会社TBMの再生可能素材「LIMEX」傘の展示
石灰石からつくる革新的な素材「LIMEX」。紙・プラスチックの代替となる日本発となるこの新素材を生み出しているのがTBMだ。大量に捨てられるビニール傘、また廃棄コスト・環境問題が課題にあがる中、同社は再生可能素材であるLIMEXを使用した傘を開発。また駅ナカでのシェアリングサービスとしての展開や、傘の移動データによるマーケティングも検討可能とのこと。布地部分の回収・再生サイクルにシェアリングモデルを組み合わせることにより、「製造」・「利用」の両場面での省資源化を追求するという。
⑤メトロエンジン株式会社のAIを活用した新幹線混雑予想表示(デジタルサイネージ)
DemoDayで「アクセラレーションコース最優秀賞」を受賞したメトロエンジンの新幹線混雑予想表示も展示されていた。JR東日本グループが保有するビッグデータなどを独自のアルゴリズムで分析。新幹線の混雑予測だけではなく、イベント時などにおける駅の流動予測も実施する予定だ。需要に合わせて新幹線の乗車料金を調整し、地方への総客に繋げることも可能になる。またコンビニ等では、需要予測を踏まえ入荷などさまざまなショップが無駄な発注をすることを回避できる。
その他テーマパーク、航空、旅行などデータを掛け合わせて流動予測をしていくことで、駅の“外”までの動きを活性化させることを目指しているという。
取材後記
盛況のうちに幕を閉じた「STARTUP_STATION」。無人オーダーカフェや新幹線の混雑予想、無人パーソナルスタイリング体験など、来場した方たちがまさに近未来を実感できるようなイベントになったと言えるだろう。大宮駅という場を用意し、スタートアップのサービスやプロダクトをこれだけの規模で見せたJR東日本の推進力や本気度は、イノベーションに取り組む大企業の中でも群を抜いている。今後も、「JR東日本スタートアッププログラム2018」で採択された23件がどのように事業化されていくのか、JR東日本スタートアップがつなぐ未来の姿に、引き続き注目していきたい。
(構成・取材・文:眞田幸剛、撮影:古林洋平)