「物流業界の常識を変える技術と出会いたい」NXグループがスタートアップとの共創を進める理由――執行役員・天白氏に聞く
NXグループは、創業以来、ものを運ぶことを通じて人・企業・地域を結び、社会の発展を支えてきた。日本通運を中核とする同グループは、150年以上にわたり物流業界をけん引し、現在は世界57の国と地域で事業を展開している。さらに、グローバル市場で存在感を持つロジスティクスカンパニーの実現に向け、顧客への提供価値の進化と企業変革を推進している。
そうした変革を加速する取り組みの一つが、NIPPON EXPRESSホールディングスが主催するオープンイノベーションプログラム『NX-Tech HUB Open Innovation Program 2026』だ。2025年に続き2度目の開催となる今回は、スタートアップの先進技術とNXグループが保有する多様な事業アセットや現場課題を掛け合わせ、新たな物流価値の創出を目指す。
●テーマ1 : 現場作業の自動化・省人化
●テーマ2 : 事務・管理業務の自律化
●テーマ3 : データ活用と新価値創造
TOMORUBAでは、同プログラムのエントリー開始に伴い、NIPPON EXPRESSホールディングス 執行役員の天白淳氏、及び本プログラムの企画・運営を担うコーポレートベンチャリング部の浦部里歩氏へのインタビューを実施。同プログラムを立ち上げた理由や各テーマの設定背景、連携したいパートナー企業像、新規事業開発や連携において活用できるアセットやリソースなどについて詳しく伺った。
【左】 NIPPON EXPRESSホールディングス株式会社 執行役員
DX推進部・コーポレートベンチャリング部担当 兼 DX推進部長 天白淳氏
【右】 NIPPON EXPRESSホールディングス株式会社
コーポレートベンチャリング部 共創パートナー 浦部里歩氏
変化の早い時代こそ「オープンイノベーション」が変革のカギに
――まずは、NXグループや物流業界を取り巻く環境変化や課題意識についてお聞かせください。
天白氏 : 物流業界は今、大きな転換点にあると認識しています。なかでも最大の課題は「労働力不足」です。人口減少が叫ばれるなか、物流業界でも人手不足が徐々に顕在化しています。この業界は他産業に比べて労働環境や待遇面のアップデートが遅れており、採用面での課題も抱えています。
同時に、「ディスラプション(破壊的イノベーション)」の脅威も感じていますね。物流業界はアナログな現場業務が多く、労働集約的な側面があります。そんななか、最先端のテクノロジーを携えた企業が参入することで、我々の地位が脅かされてしまう。すでに、そうした現象が起こりつつあると捉えています。
私たちは、物流を単に「モノを運ぶ機能」と捉えるのではなく、社会や産業の成長を支える価値創造の基盤へ進化させていきたい。その実現に向けて、人とテクノロジーがそれぞれの強みを発揮できる新しい物流の姿を目指しています。
――今回、御社が実施されるオープンイノベーションプログラムも物流業界が抱える課題解決の一つの手段だと思います。なぜスタートアップとの共創が重要なのでしょうか?
天白氏 : 変化のスピードがこれだけ速い時代になると、自社だけで全ての技術やアイデアを生み出すことは困難と言えます。特にAI領域は進化が目まぐるしく、スタートアップならではの機動力や発想力から学ぶことが非常に多いのです。私たちは単なる委託先を探しているわけではありません。NXグループの持つアセットと最先端技術を掛け合わせることで、新たな価値創造に挑むパートナーを求めています。
――NXグループでは、2025年に第1回目のプログラムを実施し、2社を採択されました。昨年度の取り組みによる成果をお聞かせください。
浦部氏 : 昨年は、「VOYAGE(バリューの探求)」と「DAWN(現場で活動の灯をともす)」の2つを大枠のテーマとし、グループ各社から集約された約100件の現場課題を起点に国内外のスタートアップから解決策を募集したところ、61社324件の提案がありました。
最終的に、社員の労災リスクをAIで簡単に測定できる「AYUMI BIONICS」社と、AIエージェントを活用して属人化しがちな標準作業手順書の作成業務を自動化する「クラウドシフト」社の2社を採択しました。現在はいずれもPoCを実施し、他部門での展開も含めて検討しています。どちらのスタートアップとも共創が続いており、順調にプロジェクトが進んでいる状況です。
▲2025年12月24日に開催したDEMODAYの様子。2件の共創パートナー(AYUMI BIONICS・クラウドシフト)を採択した。(画像出典:プレスリリース)
天白氏 : プログラムの開始当初は、正直なところ「どこまで実用的な展開ができるだろうか」といった思いもありました。しかし、課題に対して技術がカチッとはまると運用につながるのだと実感しました。
また、スタートアップの動きの速さにも驚かされました。評価や考え方の軸が我々と異なることも多く、内製では出てこないエッジの効いたソリューションが生まれてくる。プログラムを通じて非常にインスパイアされましたね。スタートアップとの共創には、当社にとって大きな価値があると実感しています。
2026年度の注目技術は、「AIエージェント」と「フィジカルAI」
――今年度、第2回目のプログラムを開催するにあたり、体制づくりで意識された点はありますか?
浦部氏 : 第1回のプログラムを通じて、スタートアップと事業部門を適切につなぐ体制の重要性を実感しました。昨年度は、コーポレートベンチャリング部(CV部)がスタートアップの提案内容を十分に理解しないまま事業部門との面談を設定するケースがあり、双方の理解が深まらないまま終わることもありました。そこで今年度は、CV部が事前にスタートアップと面談し、提案内容や強みを理解した上で、適切な事業部門につなぐ体制に見直しました。スタートアップの皆さまが持つ技術やアイデアを正しく理解し、その価値を最大限に発揮できる事業部門との対話につなげられるよう取り組んでいきたいと考えています。今年度は、より多くのスタートアップの皆さまとお会いし、新しい技術やアイデアに触れられることを楽しみにしています。ぜひ積極的にご応募いただければと思います。
――今回のプログラムは「AIと先端技術で、業務の”担い手”を再設計する」というコンセプトに据えています。特に「AIエージェント」と「フィジカルAI」に注目されているそうですね。これらの技術に注目されたのは、なぜでしょうか?
浦部氏 : これまで物流業界のDXは、既存業務の効率化や省力化といった「改善」が中心でした。しかし、人手不足の深刻化や労働力構造の変化が進む中で、今後は従来の延長線上の改善だけでは対応が難しくなると考えています。
そこで私たちが注目しているのが、「AIエージェント」と「フィジカルAI」です。これらの技術は単に業務を効率化するだけでなく、人が担うことを前提としてきた業務の進め方そのものを変える可能性を持っています。
AIエージェントは、これまで人が行ってきた情報確認や調整といった知的業務を支援し、フィジカルAIは倉庫や輸送、配送などの現場業務の高度化を可能にします。私たちは、これらの技術が物流における「改善」を「改革」へと進化させ、業務の“担い手”そのものを再設計するきっかけになると考えています。
天白氏 : 物流はデジタルだけでは完結しない産業です。だからこそ、AIエージェントによる知的業務の変革とフィジカルAIによる現場変革の両輪が重要になります。いずれも一時的なブームではなく、物流の未来を支える技術領域になると考えています。また、弊社の社員にとっても、より価値ある仕事に集中できることがエンゲージメントの向上や採用力の強化につながるでしょう。
――今回のプログラムは、「現場作業の自動化・省人化」「事務・管理業務の自律化」「データ活用と新価値創造」の3つをテーマとされています。お2人が、特に注目している領域はありますか?
浦部氏 : 私が注目しているのは、全社横断で発生する定型業務や調整業務の自律化です。複数の部門や拠点に展開できれば、業務時間やコストの削減につながり、会社全体のP/Lに大きなインパクトを生み出せると考えています。
例えば、現場における戦力の最適配置は、日々変動する物量や作業内容、人員のスキル・経験を踏まえながら、限られた人員で最大限の生産性を発揮するための重要な業務です。しかし、その多くは現場管理者の経験やノウハウに依存しています。こうした業務をAIで自律化できれば、多くの拠点や事業に展開できる可能性があります。
天白氏 : 3つの領域に優劣はありませんが、共通して評価軸となるのは「拡張性」です。そのソリューションを導入することで生まれるインパクトが大きいほど、導入価値が高まります。浦部が話した「シフト調整」や「事務・管理業務の自律化」はまさにそうした課題で、実現できれば相当なインパクトがあると考えています。
――NXグループと共創するにあたり、スタートアップ側にはどのようなメリットがあるでしょうか?
浦部氏 : 当社には、倉庫、輸送、航空、海運、輸出入オペレーションなど多様な検証フィールドがあります。加えて、半導体や医薬品など高い精度が求められる物流現場も有しており、先端技術を実運用環境で磨き込むことが可能です。
天白氏 : 海外展開を目指すスタートアップにとっても、グローバルで技術を検証し、展開する機会があります。物流業界の常識を変えるような新しいソリューションを持つ企業との出会いを期待しています。
事業化には「明確な課題」と「現場の腹落ち」が不可欠
――パートナー企業との取り組みを事業化につなげるための工夫やサポート体制について教えてください。
浦部氏 : 本プログラムでは、CV部のメンバーが伴走支援を行っています。メンバーには、倉庫、陸運、航空などそれぞれの事業領域で培った現場経験や専門知識があるため、スタートアップの技術やサービスを現場目線で理解し、現場の業務内容や専門用語を正しく把握した上で、スムーズな事業化につなげています。
さらに、本プログラムの特徴は、課題を提案した事業部門自らがスタートアップとの共創プロジェクトに主体的に参加する点です。私たちは単に提案を募集・評価するのではなく、課題を提案した事業部門とスタートアップが同じ方向を向きながら、課題解決や事業化に向けた検討を進めることを重視しています。
最終プレゼンテーションにおいても、スタートアップだけではなく課題を提案した事業部門にも登壇いただき、共創によって実現したい姿や今後の展望をともに発信していただく予定です。こうした形で事業部門が当事者として関わることで、PoCの実施自体がゴールになるのではなく、その先の導入や事業化につながりやすい環境づくりを目指しています。
また、プロジェクトが停滞した場合には、ヒアリングを通じて課題やボトルネックを特定し、必要に応じて私たちが間に入りながら解決を図ることで、事業化の実現を目指します。
天白氏 : 「新しい仕組みを導入してください」と伝えるだけでは、現場のメンバーは動きません。人間は変化を好まない傾向がありますから。そのためにもCV部が伴走支援しつつ、現場を巻き込みながら事業化につなげていきます。
また、前提として「課題の解像度を上げること」が重要です。そのためにも、本プログラムでは現場の課題をできる限り具体的に整理しました。課題がクリアであればソリューションとのマッチングも明確になり、「これなら課題が解決する」と現場の人間が腹落ちする。ここまで持っていくことができれば、現場の社員は自主的に動いてくれます。「現場の腹落ち」が事業化成功のカギだと思っています。
――本プログラムでは、「早期応募締め切り」(10/13まで)を設定し、早期に応募した全企業と面談を行うと伺いました。応募を検討している企業のみなさまへメッセージをお願いします。
浦部氏 : 早期応募いただいた企業とは、CV部が直接面談を行い、技術やサービスの特徴、事業の方向性について詳しくお話を伺います。物流業界との接点がまだ明確でない技術であっても、事業部門が抱える課題との接点を一緒に見つけながら、共創の可能性を検討していきたいと考えています。
弊社はBtoBのビジネスが中心であり、外部からは実態が見えにくい部分があるかもしれません。ですが、面談にて事業内容や提供できるアセットを丁寧にご説明しますので、ぜひオープンイノベーションの素晴らしい成果を一緒に作り上げましょう。昨年参加した事業部門の社員からも「いい経験になった」という感想があり、双方にとって身になる経験になると考えています。
天白氏 : 本プログラムは課題解決や価値創造がコアとなりますが、個人的には「企業文化を変えるきっかけになれば」という思いもあります。歴史ある企業だからこそ従来のやり方に固執しやすい面がありますが、勢いのある外部のスタートアップのみなさまと交わることで良い刺激が生まれるはずです。この刺激が社内変革のドライバーになればと。ぜひ多くの方に参加いただき、ユニークな共創事例を作っていきたいですね。
取材後記
天白氏が話していたように、アナログな業務が多くデジタル化が進みにくい業界だからこそオープンイノベーションへの期待値が高いことを実感した取材だった。日本最大級の物流企業であるNXグループには、潤沢なアセットやリソース、豊富な顧客基盤がある。そんな同社との共創は、国内にとどまらず世界的な事業にスケールする可能性も秘めている。多くのスタートアップにとって、特にグローバル展開を見込む企業にとっては、挑戦しがいのあるプログラムと言えそうだ。第1回よりも入念なサポート体制が組まれており、第2回がより充実したプログラムになることは間違いない。
※『NX-Tech HUB Open Innovation Program 2026』詳細はこちらをご覧ください。
(編集:眞田幸剛、文:小林香織、撮影:古林洋平)