IT・通信業界2030 <前編>
オープンイノベーションプラットフォーム・eiiconは、「YOKOGUSHI VOL.3 ~IT・通信の各社が仕掛けるオープンイノベーションを徹底討論!~」と題したイベントを10月23日に開催した。「YOKOGUSHI」(ヨコグシ)とは、同業界の中でオープンイノベーションに取り組むイノベーターたちが集い、それぞれの仕掛けや狙いを文字通り“横串”でディスカッション形式で紹介するイベントだ。初回は『交通インフラ』、前回は『食品業界』をテーマに開催されたが、第三回目となる今回は、KDDI、ソフトバンク、NTTドコモの大手通信キャリア3社から、オープンイノベーションに取り組む以下3名に登壇してもらい、5G時代や2030年に向けた各社の取り組みについて意見を交わしてもらった。
▲KDDI株式会社 ライフデザイン事業企画本部 ビジネスインキュベーション推進部長/KDDI∞Labo長 中馬 和彦氏
アクセレータープログラムによる支援から、ファンドによる出資、最終的にM&Aを通じてKDDIに仲間として迎え入れるまでのベンチャー支援プログラムKDDI∞Laboや、ベンチャー投資ファンドKDDI Open Innovation Fundを統括。
▲ソフトバンク株式会社 新規事業開発室・新規事業推進部 イノベーション推進課 課長 原 勲氏
オープンイノベーションによるビジネス創出を加速させるために開催している「ソフトバンクイノベーションプログラム」を手掛ける。国内だけではなく、海外企業も対象にした同プログラムでは、過去3回で日本企業174社、海外企業465社(40カ国)がエントリー。「ソフトバンクイノベーションプログラム」は現在も進行中。
▲株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ ドコモ・イノベーションビレッジ シニアディレクター 西本 暁洋氏
NTTドコモ入社後、法人系サービス部門を経て、R&D部門にて「はなして翻訳」のサービス立ち上げから商用化をリード。その後、コンシューマ系サービス部門にて、「dポイント」をはじめドコモサービス横断でのマーケティング関連業務に従事した後、現職にてベンチャー投資およびオープンイノベーション推進のプログラム「ドコモ・イノベーションビレッジ」を運営。
通信・インフラ業界の未来予測
パネルディスカッションの最初のテーマは【通信インフラ業界2030 〜業界は今後どのように動いていくと想定しているか?】だ。多くのイノベーターが注目する通信・インフラ業界の未来について、KDDI・中馬氏、ソフトバンク・原氏、NTTドコモベンチャーズ・西本氏が言及していった。なお、モデレーターは、eiicon・中村が務めた。
eiicon・中村 : 今回は、IT・通信業界でオープンイノベーションの先陣を切っている3社にお集まりいただきました。一つ目のテーマは、「業界は今後どのように動いていくと想定しているか?」です。IT・通信業界で言いますと、スマートフォンが導入されて約10年経った中で、今後2030年に向けて業界はどう動いていくのでしょうか。
KDDI・中馬氏 : 2030年ということでは、誰も分からないと思います(笑)。これまでの社会は、僕ら人間からネットワークを使いに行く社会であったと思います。それは、クライアントサーバであったり、クラウドであったり、リッチなコンテンツであったりと、いわゆる人が能動的に使う世界でした。しかし、これからの5GやIoTの世界では、全てのモノに通信が組み込まれることが前提となった時に、モノからの提案に対して、人間がリアクションする。――そのように、究極的にこれまでとは違う世界になると僕は思っています。初めてネットワークと人が対等もしくは、主従関係の“従”となった時に、果たしてどうなるのかと想像しています。
eiicon・中村 : そうした時代では、ネットワークの不安定さは解消されるのでしょうか?
ソフトバンク・原氏 : 通信事業社は、究極のところ設備投資産業なので、3G→4Gに変わった時と同様に、通信状況の逼迫度合いは変わらないでしょう。その時代に応じた通信の使い方が変わることで、それに応じたマネージするためのAIなどが生まれてくるのではないでしょうか。それが、(ソフトバンクの)孫会長の仰っている「シンギュラリティ」ということだと思います。
ですから、通信状態が限界に達するのは、少なくとも2030年ではないと考えています。個人的には、放送と通信の関係のように、ユーザーレベルで境目がなくなってくる状況のなか、既得権益を含めた対処方法に興味があります。地上で限界が来ればソフトバンク・ビジョン・ファンドが投資した「OneWeb」のように、人工衛星を通じてブロードバンドを提供することも増えてくるでしょうが、2030年に関して言うとネットワーク状況は変わらずだと考えます。
NTTドコモ・西本氏 : 先程の放送と通信の融合についてですが、10年以上前から議論しながらも現在融合できているのかと言えば、できていないのが現状です。しかし、ユーザー視点で見ると、通信や放送というもの自体を意識することが少なくなり徐々に境目は無くなってくると思います。現在は大手キャリア3社という立ち位置ですが、通信に関して言えば、いずれは「つながる」ということ自体が空気のように当たり前となり、キャリアごとの差異は徐々に無くなっていくのではないでしょうか。。あるとすれば性能面や課金体系の柔軟性といったぐらいでしょうか。
eiicon・中村 : 各社10年後は、どういったことをされていると思いますか?
KDDI・中馬氏 : 本来裏方である僕らインフラ業界の人間が、スマートフォンの出現によって、B to Cにおけるフロントの位置まで出てきてしまった。しかし、現在B to B to Cの時代がもう一度来ていて、自動車や家電といったモノにアプリケーションが入っていくことで、お客様との接点はモノ(メーカー)になる。そうした時に、今のスマートフォンのような色や端末の種類、通信速度の速い・遅いといったことは、お客様が気にしない世界になるのではと思います。
ソフトバンク・原氏 : ソフトバンクの親会社は投資会社なので、誤解を恐れずに言うと(親会社からすると)我々はその中で通信を守る事業会社という位置付けなんです。最も良い事業運営を行うためにどうするかということでいえば、ヨーロッパなどではインフラとサービスを分けて行っていますしショップに並んでiPhoneを買う人がほとんどいないことを考えると、極端な話、営業あるいは販売する人間はあまり必要ありません。今後日本でもそうなってくる可能性があるかもしれません。
ですから、2030年にソフトバンク株式会社がどのようになっているかというと、私自身も正直分かりません。逆に、通信が空気のようにつながることが当たり前になっていくと、垂直統合でのマーケティング活動がなくなると共に、キャリアの位置づけが現在と変わっていく可能性もあると思います。
NTTドコモ・西本氏 : 通信が空気のような存在になっていくとすると、その領域以外での事業展開を図っていく必要があると思います。dポイントのような共通ポイント事業を通じて回線から会員へという流れで、上位レイヤーであるアカウントに紐づくお客様を増やし、データを取って、どうマネタイズしていくか試行する必要があります。昨年の決算でも全体約4.8兆円の売上のうち、約9000億円が、スマートライフ領域と呼んでいる通信領域以外からの収益となっています。今後は、上位レイヤーにシフトした収益構造になっていくと考えているので、通信・インフラ業界ということでは、これまでの安定した通信状態を担保しつつ、その上で上位レイヤーに向けた施策について、どう動くのか各社の考えが分かれていくと思います。
通信各社が注目しているビジネス領域とは?
パネルディスカッションの次なるテーマは、「今気になるキーワード」。IT・通信業界に今後必要になると思う技術やエッセンスについてそれぞれが意見を交わした。
eiicon・中村 : それでは次のテーマに移ります。今後各社が必要と考えている技術・エッセンスについて教えてください。
KDDI・中馬氏 : 「KDDI ∞ Labo」のベンチャー66社のうち、当初はスマホアプリでビジネスをしているアプリベンダーに投資していました。しかし、この4、5年はそうした人たちではなく、リアル店舗を運営している人や、トラックを動かしている人と一緒に、ITでどういったイノベーションを起こすかという動きに変わっています。少なくとも自分達が単独で何かを動かすことはありません。100%コラボレーションによる事業展開となる予定です。
ベンチャーとの協業はもちろん行いますが、日本は大企業にアセットが集中していますので、いかにベンチャーをアクセントにしつつ大企業のアセットを開放して、ITでイノベーションを起こし、どういった形でマーケットをディスラプト(破壊)していくかがテーマになると思います。
領域については、金融、教育など各社やっていることはほぼ同じですので、個人的には凄くレガシーで、ここ20年くらい状況に変化のない、ITと縁遠い業界ほど注目しています。またKDDIとしては、エンタメ領域に注力しているので、「エンタメ業界」と「超レガシー」を個人的には掘り下げていきたいと思います。
ソフトバンク・原氏 : 遠隔医療に代表される本来の価値を享受できていない分野について、隔たりとなっている法の壁を早く取っ払ってほしいですね。孫会長も正直理解があまり及んでいない領域はあります(会場笑)。そもそもソフトバンク・ビジョン・ファンドが投資しているキーワードは何だと思いますか?――その答えは「ビジョン」なんです。そのビジョンが何かというと「世界で一番になれるかどうか」それだけなんです。ソフトバンク・ビジョン・ファンドがあまり手を付けていない領域というのは、全く興味がないか、まだ覇者がいないか、この2つのどちらか。
それでいうと、メディカルや仮想通貨のような裏側に巨大な既得権益のある領域にはあまり投資していません。ただし、世界経済の中心はそういった(既得権益の渦巻く)領域ですので、そこをディスラプトするような技術がブロックチェーンであれば、どう使うかというのは我々も日々研究しています。
NTTドコモ・西本氏 : dポイントの会員基盤を軸として事業をどう創っていくか、dポイント会員が増え、そのデータも溜まっていく中で、どうそれをお客様に価値提供しマネタイズしていくか。そのためのソリューションを手掛けていきたいというのが、近い将来の話です。中馬さんが話されていたレガシー領域についてですが、今までITを上手く活用できていない業界について、どういった技術を提供できるかは、ポイントです。特に私が見ているのはAR、VR、MRの技術領域です。こうした所をいかに適用するかは、とても重要だと認識しています。
eiicon・中村 : 原さんが仰った「メディカル」というのは、ひとつポイントになると思うのですが。
ソフトバンク・原氏 : ヘルスケアは、本当に儲かりません(全員笑)。これは3社とも理解している部分だと思うのですが、健康にユーザーはお金を払わないんです。先程からお金の話ばかりで申し訳ないのですが、メディカルは人を守るライフラインでありながらも、大きなお金が動きます。アメリカでは凄く伸びている領域でして、プレイヤーも様々です。日本でも法の壁がなくなれば絶対に伸びる領域だと思います。
NTTドコモ・西本氏 : お金の流れをどうつくるかで考えると、保険業界に我々が支払う一部が流れていく仕組みが出来れば、変わっていくのかなと思いますがどうですか?
KDDI・中馬氏 : おそらく、ヘルスケアやメディカルといった「良さそうなもの」は、ビジネスとして大体上手くいかないことを、見極めた方が良いと思うんですよ。世の中が変わる時って、一気に変わりますよね。逆説的な話ですが、僕らが何かを追いかける時は、現時点では小さくとも、凄くアツイものを追いかけるようにしています。小さいけれども物凄い盛り上がりを育んでいくことで、新しいキッカケが出てくると思います。
そういう観点から言うと、対局にあるヘルスケアというのは、みんなやりたいし国も喜ぶ。怒る人はいないけれども絶対に儲からないです。これは、皆さんご理解いただけないかもしれませんが、通信事業社というのは、イノベーションに凄く飢えています。極端な話、他社が先に手を付けた領域の部署は、社内でやり込められます。通信業界というのは、一番でなければビリと同じ。無難に生きたい人は勝てない業界です。皆が必ず一番を取りに行くんですよ。だから、今回のオープンイノベーションについても誰より先にやろうとする。ある意味、強迫観念ともいえる業界の特殊性なのかもしれません。
ソフトバンク・原氏 : 今の中馬さんの話すごく分かります。この後、飲みに行きたいくらいです(会場笑)。僕らは毎朝、日経新聞をヒヤヒヤしながら見ているのですが、他社の新事業について記事が掲載されていた時点で、記事のURLだけ貼られた文面なしのメールが送られてきます(会場笑)。凄いプレッシャーです。
eiicon・中村 : 皆さん、話を聞いていて頷くタイミングや、同じ表情をされることが結構多いですよね。
ソフトバンク・原氏 : 会社から言われている内容は、私たち3人とも同じだと思います。
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記事前編では、IT通信業界の未来を示唆するディスカッションの模様をお届けしました。明日掲載する記事後編では、各社が抱える課題意識についてのディスカッションを紹介していきます。
(構成:眞田幸剛、取材・文:平田一記、撮影:佐々木智雅)