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IPOとM&Aの両方を選択肢に持つ“デュアルトラック経営” 経産省が初の「スタートアップM&Aガイダンス」を公表

IPOとM&Aの両方を選択肢に持つ“デュアルトラック経営” 経産省が初の「スタートアップM&Aガイダンス」を公表

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経済産業省は2026年5月21日、「スタートアップM&Aガイダンス―スタートアップ・エコシステムの成長・発展並びに新産業の創出に向けて―」を公表した。

同ガイダンスは、スタートアップの成長手段としてM&Aをより活用するために、売り手となるスタートアップ経営者と、買い手となる大企業・事業会社の双方に向けた実践的な指針を体系化したものだ。経済産業省は、これまで日本のスタートアップ界隈で強かったIPO偏重の構造を見直し、M&Aを事業成長やオープンイノベーションを実現する戦略的選択肢として位置付けている。

※出典:「スタートアップM&Aガイダンス」を公開しました (METI/経済産業省)

今回のガイダンス公表の背景には、政府が掲げる「スタートアップ育成5か年計画」がある。 スタートアップ・エコシステムをさらに発展させるためには、単なる資金供給の強化に留まらず、投資回収(EXIT)の選択肢を広げることが極めて重要だ。

日本では依然として「IPO一択」の構造

ガイダンスがまず問題提起するのは、日本におけるスタートアップの成長戦略がIPOに大きく偏っている現状だ。

資料によると、国内スタートアップ経営者への調査では、将来の成長手段として「IPOを予定している」と回答した企業が80.2%に達した一方、「M&Aを予定している」と答えた企業は5.3%にとどまった。

海外との比較でも差は大きい。2020年から2024年までのIPO・M&A件数比率を見ると、日本ではM&Aが60%、IPOが40%であるのに対し、米国ではM&Aが92%、英国では94%を占めている。日本は諸外国と比べても、成長手段に占めるM&Aの割合が低い状況にある。

▲日本におけるM&A/IPOの状況(スタートアップM&Aガイダンス-スタートアップ・エコシステムの成長・発展並びに新産業の創出に向けて-(PDF形式:7,397KB)」p.9)

経済産業省は、こうした背景として以下の4点を挙げている。

  • 上場基準が海外と比較して相対的に低い

  • IPOとM&Aをフラットに比較できていない

  • 経営初期からM&Aを視野に入れた経営が十分行われていない

  • 買い手側企業のM&A経験や体制整備が不足している

特に日本では「IPO=成功」「M&A=事業売却・撤退」という認識が根強く残っており、本来であればM&Aの方が事業拡大に適しているケースでも、選択肢として十分検討されない状況があると指摘する。

東証グロース市場改革で高まるM&Aの重要性

こうした状況に変化をもたらしているのが、東京証券取引所によるグロース市場改革だ。

ガイダンスでは、上場後に十分な成長を実現できていない企業が少なくない現実にも触れている。マザーズ市場およびグロース市場へ上場した企業のうち、上場時から時価総額を10倍以上に拡大できた企業は全体のわずか5%にとどまる。

▲1-1. 日本におけるM&A/IPOの現状 ②東証グロース市場(スタートアップM&Aガイダンス-スタートアップ・エコシステムの成長・発展並びに新産業の創出に向けて-(PDF形式:7,397KB)」p.12)

また、2024年末時点でグロース市場上場企業の時価総額中央値は55億円であり、上場後も大規模な成長を遂げる企業は限定的であることが示されている。

このため経済産業省は、IPOのみを前提とした資本政策では企業成長の機会を狭める可能性があると指摘。今後はIPOとM&Aを並列に捉え、それぞれの特徴を踏まえた選択が必要になるとの考えを示している。

M&Aは「事業売却」ではなく「グループイン」

ガイダンスの特徴の一つが、スタートアップ経営者に向けてM&Aの意味を再定義している点だ。

資料では、一般的にM&Aは「EXIT」と呼ばれることが多いものの、それは投資家にとっての投資回収を意味するものであり、経営者にとっては必ずしも終着点ではないと説明する。むしろ買収企業グループに加わる「グループイン」として捉えることで、事業拡大や新たなキャリア形成の機会になとしている。

具体的なメリットとしては、

  • 買収企業の顧客基盤や販売網を活用した事業成長の加速

  • 買収企業の経営陣としてより大規模な事業運営に挑戦

  • 株式の現金化による次の起業や投資活動への挑戦

などを挙げている。

実際、ガイダンスではM&A後に再起業する「シリアルアントレプレナー」や、VC・エンジェル投資家へ転身する起業家の増加が、スタートアップ・エコシステム全体の発展につながると説明している。

「デュアルトラック経営」を推奨

売り手であるスタートアップに対し、ガイダンスが最も強調しているのが「デュアルトラック経営」の考え方だ。これは、IPOだけを前提とするのではなく、IPOとM&Aの両方を選択肢として常に持ちながら経営を行うアプローチを指す。

M&Aでは、経営者、既存株主、投資家、買い手企業など多くの利害関係者が関わるため、検討開始が遅れると意思決定が複雑化し、最適なタイミングを逃すリスクがある。経済産業省はそのため、創業初期から資本政策やガバナンス設計、事業戦略、人材確保をM&Aも想定して設計することが重要だとしている。

特に、

  • 中長期視点での投資家選定

  • 拒否権など株主契約の整理

  • 財務指標を意識した経営

  • CFOなど専門人材との方針共有

が重要なポイントとして整理されている。

▲2-5. デュアルトラック経営の留意点: まとめ(スタートアップM&Aガイダンス-スタートアップ・エコシステムの成長・発展並びに新産業の創出に向けて-(PDF形式:7,397KB)」p.27)

大企業側にも求められる「買収力」

一方、ガイダンスでは買い手側となる大企業にも課題があると指摘する。

日本企業では、スタートアップ買収に必要な意思決定プロセスや予算制度、人事評価制度が整備されていないケースが多く、結果として有望な案件を逃している可能性があるという。

そこで経済産業省は、

  • 経営戦略上でM&Aを明確に位置付ける

  • 経営トップ主導で迅速な意思決定を行う

  • 複数年度で投資予算を確保する

  • M&A担当組織(Corporate Development機能)を整備する

  • M&A担当者の評価制度を見直す

といった対応を推奨している。

単なる新規事業部門の活動ではなく、企業の成長戦略そのものとしてスタートアップM&Aを位置付けるべきとの考え方が示された形だ。

▲4-4. 経営戦略としてのスタートアップM&A: まとめ (スタートアップM&Aガイダンス-スタートアップ・エコシステムの成長・発展並びに新産業の創出に向けて-(PDF形式:7,397KB)」p.65)

大企業によるスタートアップM&A オープンイノベーションの展開

今回のガイダンスでは、スタートアップM&Aを市場任せの取り組みではなく、政策的に後押しする姿勢も示されている。具体的には、2023年4月から運用されている「オープンイノベーション促進税制(M&A型)」を取り上げ、大企業によるスタートアップ買収を促進するための制度として位置付けている。

▲5-6. 制度的理解: 政府による後押し (スタートアップM&Aガイダンス-スタートアップ・エコシステムの成長・発展並びに新産業の創出に向けて-(PDF形式:7,397KB)」p.82)

これまで、PoCや業務提携の段階で共創が停滞してしまう例も散見されたが、資本提携やM&Aを介した一歩踏み込んだ事業統合の加速が期待される。スタートアップ独自の技術力や着想を、大企業が誇る顧客基盤、販路、グローバルな展開力と融合させることで、次代の産業創出や国際競争力の底上げを狙う意図がある。また、ガイダンスではセイノーホールディングスのオープンイノベーション推進室の事例も紹介されている。

ケーススタディから見るスタートアップM&Aの実践

ガイダンスの第7章では、実際にM&Aを活用したスタートアップ4社の事例が紹介されている。いずれも「経営が行き詰まったから売却した」のではなく、事業成長を加速するための戦略的な選択としてM&Aを位置付けている点が共通している。

  • カンム(2011年創業/決済・資産形成サービスの企画・開発・運営):

    三菱UFJ銀行(MUFG)グループ入りにより、その信用力や財務基盤を活用して事業成長を加速。創業初期からM&Aを選択肢として意識。

  • UPSIDER(2018年創業/スタートアップ・中小企業向けの決済・金融サービスを提供):

    みずほ銀行との連携を通じて大規模な金融エコシステムの構築を目指した。大規模な財務基盤の必要性から、創業当初より複数の買い手候補と関係を構築。

  • GRAND(2017年創業/エレベーターメディア 「GRAND」 などの運営・開発・広告販売):

    三菱地所のブランド力や不動産アセットを活用し、エレベーターメディアの設置拡大や広告主からの評価向上を実現。リアルとデジタルの融合による新体験を創出。

  • スマートキャンプ(2014年創業/SaaSマーケティングプラットフォーム 「BOXIL」等運営):

    マネーフォワードグループ入りで顧客基盤や営業ネットワークを活用。経営陣の価値観の一致を重視し、創業期から適したパートナーを見極めていた。

各社の取り組みは、M&Aが従来の「EXIT」という枠組みを超え、スタートアップの飛躍的な成長やスケールアップを導くための「攻めの戦略」として機能していることを示している。今後は企業価値を最大化させるための有力な成長手段としてフラットに比較・検討することが重要になりそうだ。

編集後記

これまで日本のスタートアップ政策では資金調達支援やIPOが中心だった。しかし今後は、M&Aという選択肢を一般化し、起業家・投資家・大企業の間で資本と人材が循環する市場を構築できるかが重要なテーマとなる。経済産業省が今回示した「M&AはEXITではなく成長戦略」というメッセージは、日本のスタートアップ・エコシステムやオープンイノベーションの次の成長段階を示す方向性として注目されそうだ。

(構成・取材・文:入福愛子)

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  • 眞田幸剛

    眞田幸剛

    • 株式会社eiicon
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