創る人をもれなく「廃人」にする魔の見取り図
新規事業やイノベーションの成否を分けるポイントや、新規事業担当者の成長・学習のメカニズムなどを、膨大なデータをもとに紐解き、「人と組織」という観点にフォーカスした書籍”「事業を創る人」の大研究”(クロスメディアパブリッシング)。――同書を、立教大学経営学部 教授の中原淳氏とともに共同執筆したのが、人材系シンクタンク・パーソル総合研究所出身で現・立教大学経営学部 助教・田中聡氏です。
以前、eiicon labでは田中氏にインタビューを行い、研究テーマに基づいたお話を伺いました。このインタビュー(前編・後編)が大きな反響を得たことをきっかけに田中氏による「事業を創る人」に着目した連載企画をスタートしました。第三回目は、”創る人が歩む道のりの全体像”について解説してもらいました。
【★本連載における「新規事業」の定義について】
本連載では、事業を創る活動(新規事業創造)を「既存事業を通じて蓄積された資産、市場、能力を活用しつつ、既存事業とは一線を画した新規ビジネスを創出する活動」と定義します。つまり、事業を創るとは、単に新しいものを生み出すことではなく、既存事業で得た資産・市場・能力を活用して、経済成果を生み出す活動です。
創る人の約7割は 「会社都合」による異動
連載の第二回目では、創る人が構造上の問題から経営資源の調達や社内関係者の巻き込みといったネゴシエーションで辛酸を舐めることについてお話ししました。いよいよ、創る人が歩む道のりに追るべく、その全体像を見ていきましょう<図①>。
<図①>創る人が歩む「廃人へのロードマップ」
まずはスタート地点ですが、独自調査の結果では、創る人の約7割は 「会社都合」による異動で新規事業の担当者になっています<図②>。最近、新規事業プランコンテストなど個人の起案を促す取り組みを導入する企業が増えていますが、そのような機会を利用した新規事業への異動は全体の2割程度と少数派であることがわかります。新規事業担当者の多くは、ある日突然の辞令によって自分が描いていた既存事業内でのキャリアとは異なる道へ、背中を押される形で一歩踏み出すことになる、というキャリアの実態が浮かび上がってきました。
<図②>新規事業への異動理由
突然の任命を受け、会社の未来を築くために、未知なる世界に一歩踏み出す姿は、さながら組織の支配者である経営者から世界を牛耳る“神”のお告げを受け、新世界に向かう“冒険者”のようです。新規事業への登用は、多くの場合、創る人当人の知らない場所で決まります。雲の上から“神”が“冒険者”を見いだすかのごとく、経営層は既存事業での働きぶりを見て、新規事業を託すのにふさわしい素養や能力をもとに事業を創る人を発掘し、登用することになります。
降り立った先は、「沼地」!?
こうして経営者に見いだされた創る人は「既存事業はもう斜陽だ。だから、優秀な君が我が社を救うような新規事業をどうか創ってくれ!」という経営者の思いとともに社運を託され、まるで“救世主”になったつもりで使命感を持ち、新規事業に臨むことになります。
しかし、ここからが出口の見えない「悶絶」ロードの始まりなのです。まず、神のお告げを受けた救世主気取りで、優雅にパラシュートに乗り、降り立った先は、なんと既存事業よりはるか低地に位置する、いわば「沼地」なのです。当初描いていた“既存事業を救う救世主像”など見せかけで、実際には、既存事業では当たり前にあったもの全てが「ない(不足している)」状態からのスタートです。十分なお金も人も時間もありません。しばらくすると、既存事業からは「自分たちの稼いだ貴重な資金で、よくわからないことをしている」と罵られ、いつの間にか「既存事業の足を引っ張るお荷物部署」と見下されてしまうのです。
それならば自分を救世主に任命してきた“神”に頼るしかないと、経営者に新規事業のアイデアを持っていけば、そこで待っているのは「おいおい、こんなありきたりのアイデアで大丈夫か?クロ(黒字)になる見込みは確かなのか?」などダメ出しのオンパレード……。よく新規事業はゼロからのスタート(0to1)などと言われますが、実際には、企業の中で事業を創るスタート地点はゼロではなくマイナス、つまり「マイナス」からのスタートだと考えた方がよいでしょう。
マイナスからスタートした事業がようやく動き始めた頃に直面する壁が、「既存事業に慣れ親しんだ上司マネジメントの洗礼」です。事業を牽引してくれるリーダーだと信頼を寄せていた上司が、発言権を持つ既存事業の責任者や経営層の意向で、コロコロと日替わりでマネジメントの方針を変える“ノープラン風見鶏上司”であったり、日頃は自分のキャリアに傷がつくことを恐れて深入りしてこないのに、“沼地”の上空を程よい距離感で飛行し、成功の兆しが見えた途端すかさず俺の手柄だと近寄ってくる“ドローン上司”であったりと、創る人の孤独は増すばかりです。
こうした事前イメージと現実との権力落差、そして、そこに広がる組織内政治こそ、創る人が苦しめられる本当の原因なのです。<図③>
<図③>新規事業の"死の谷"
新規事業を離れるホンネの理由
見通しがないものに体当たりしていても心身ともにすり減るばかりです。自分たちが今、右に向かっているのか左に向かっているのか、あるいは、上に向かっているのか下に向かっているのかもわからない。何をやっても手応えがなく何をやればよいのか方向性を見失ってしまう。そんな状態に多くの人は耐えることなどできません。
<図④>は、独自調査で、本人希望で新規事業を離れた対象者に対して、その理由を尋ねた結果です。本人希望による離任理由のうち、第1位の「他にやりたい事業・仕事があったため」の他は、第2位の精神的・ 肉体的な疲労(23%)に続いて、出世不安(12%)、評価不満(11%)が続きます。すなわち、創る人が去っていく理由は新規事業そのものの失敗ではなく、「新規事業をめぐる構造」によるものなのです。
<図④>本人希望による離任理由
「事業を創る」は”三位一体”である
ここまでご覧いただいたように、新規事業がうまくいかない現状を「人」の問題と決めるつける前に、創る人が活躍できないのはなぜなのか、その背景には組織の構造上の問題が潜んでいることをご理解いただけたかと思います。言い換えれば、この構造が改善されない限り、どんなに優秀な人であっても、もれなく沼地にはまって沈んでいってしまうということです。
しかし、悲観することはありません。問題の全体像はすでに明らかになっています。事業を創るのに必要なのは、まず問題の全体像を把握すること=すなわち事業創造にまつわる「見取り図」を持つことです。書籍『「事業を創る人」の大研究』では、その見取り図を提供しています。この見取り図を手がかりに、「先に進んだらこういう問題が起こる可能性が高いので、覚悟しておこう」と、事前のワクチンを打っておけば後々になって効いてきます。「来たぞ。今は見取り図でいう最初のジレンマにぶつかっているんだな。これを乗り越えれば次のステージに進めるんだ」という気持ちで状況を受け入れることができます。
これまでにない新しい事業に挑戦するわけですから、創る人はもちろん、その上司や任命した側である経営者すらも、本来、新規事業が成功するかどうかはわかるはずがないのです。しかし、だからと言って、暗闇の中を独り手探りで進もうとするのはあまりにも難しいチャレンジです。膨大な新規事業の事例を実証研究した結果、すでに明らかにされている「事業を創る過程で起こり得る落とし穴」を事前に把握することができれば、創る人も進みやすくなり、支える人もコーチとして道筋を照らし、適切にサポートすることができるでしょう。
創る人をもれなく廃人にしてしまう構造から目を背けることなく、創る人の成長とともに新規事業が成功していく構造へと組織を変革していくことが重要です。そのためには、障害に立ち向かい乗り越えようとする新規事業担当者(創る人)、担当者の進む道を妨げるものを取り除きながら伴走する経営層や上司(支える人)、そして新規事業担当者とその部門を見守り、人と事業が育つ土台となる会社組織(育てる組織)の三位一体改革が重要となります。このうちのひとつでも欠けてしまえば、新規事業は成り立ちません。創る人がジレンマを乗り越えるには、支える人のサポートと育てる組織がもたらすセーフティネットが必要です。
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次回、連載の第4回目は、”「成功する」創る人の特徴”についてお伝えしていきます。創る人に共通する物事の考え方や行動面の特徴とは?――ご期待ください。
<田中聡氏プロフィール>
▲立教大学 経営学部 助教 田中聡氏
1983年、山口県生まれ。大学卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門を経て、2010年に株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。同社主任研究員を経て、2018年より現職。東京大学大学院 学際情報学府 博士課程。専門は、人的資源開発論・経営学習論。主な研究テーマは、新規事業担当者の人材マネジメント、次世代経営人材の育成とキャリア、ミドル・シニアの人材マネジメントなど
★人を育て、事業を創り、未来を築く 変われ、新規事業のパラダイム!
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「千三つ」と呼ばれるほど、新規事業を当てるのは難しいと言われています。
これまで、新規事業は成功を収めた企業や経営者による「戦略論」によって語られてきました。
しかし、戦略が良くてもコケるのが現実。では一体、何が真の問題なのか…?
本書では、その答えを探るべく、暗中模索の新規事業を統計データと質的データを用いて解剖し、新規事業をめぐる現場と組織を科学的に分析しました。
その結果見えてきたのは、新規事業部に配属された人々の孤独な茨の道。
「新規事業を成功させるのは斬新なアイデアではなく巻き込み力」
「新規事業の敵は『社内』にあり」
「出島モデル、ゼロイチ信奉の罠」
など、定説を覆すような、”人”をとりまく現実が明らかとなりました。
本書は、新規事業の担当者、現場マネジャー、経営幹部を成功に導く最先端の「見取り図」です。