
スタートアップと自治体で挑む、未来のまちづくり。地域課題解決プログラム『スタまち』が始動――実証支援金は総額5,000万円!愛知県の8自治体が抱える課題と実現したい共創イメージとは
愛知県は、2040年頃の社会経済を展望し、2030年度までに重点的に取り組むべき政策の方向性を示す「あいちビジョン2030」を策定。このビジョンに基づき、地域特性に応じたスマートなまちづくりを推進し、全国・世界に先駆けた技術・サービスの社会実装を目指している。
そうした中で、愛知県が2025年度に始動させたのが、『スタまち -スタートアップと自治体で挑む、未来のまちづくり-』(以下、スタまち)という地域課題解決プログラムだ。『スタまち』では、自治体とスタートアップが一体となり、県内自治体が抱えるまちづくりに関する多様な地域課題の解決につながる新しい技術やサービスの社会実装を目指した実証実験に取り組む。
同プログラムの一環として、7月14日に名古屋市内のオープンイノベーション拠点「STATION Ai」でガバメントピッチイベントが開催された。ピッチには愛知県岡崎市、春日井市、刈谷市、西尾市、常滑市、大府市、日進市、東浦町の8自治体が登壇。自治体はそれぞれが持つ課題や目指す姿を伝え、スタートアップなどにプログラムへのエントリーを熱心に呼びかけた。

総額5,000万円の支援、新技術・サービスを社会実装へ
冒頭、同県知事の大村秀章氏が挨拶。大村知事は同県がスタートアップとの共創に力を入れていることを強調し、今回のピッチに向けて8自治体が5月から準備に取り組んでいたことを伝えた。その上で、「各自治体からそれぞれの課題が提示されると思うが、スタートアップや事業会社には必要に応じて課題そのものを見直すことなども提案してほしい。共創をきっかけにビジネスを広げてもらえれば嬉しく思う。本日が予期せぬ出会い”セレンディピティ“につながることを祈念する」と期待を示した。

なお、『スタまち』では、新たな技術・サービスの社会実装を目指し、総額5,000万円、 1プロジェクト当たり最大1000万円の支援金を用意。さらに、自治体のアセットを活用した実証フィールドが提供される。
プログラムのエントリーはスタートアップ単独または事業会社との連名ででき、エントリー後、1自治体につき約3社が面談へと進む。最終的に1社または1グループとマッチングし、1カ月の事業計画の期間を経て2025年10月の審査会に臨む予定だ。既にエントリー受付を開始しており、募集締切は8月15日となる。
【パネルディスカッション】 「自治体×スタートアップ×事業会社」で地域課題を解決へ。塩尻市における自動運転の先進事例
8自治体によるガバメントピッチに先立ち、「自治体×スタートアップ×事業会社 3者による共創の進め方」をテーマに、パネルディスカッションが行われた。登壇したのは、塩尻市の太田氏、ティアフォーの岡崎氏、アイサンテクノロジーの佐藤氏の3名。モデレーターは、eiiconの伊藤氏が務めた。――長野県塩尻市における官民共創のリアルについて語られた模様をレポートする。

<登壇者> ※左→右
●塩尻市 商工観光部 先端産業振興室長 太田幸一氏
●株式会社ティアフォー Vice President 岡崎慎一郎氏
●アイサンテクノロジー株式会社 取締役 佐藤直人氏
塩尻市は、長野県の中央に位置する人口約6.5万人の都市である。「自治体×スタートアップ×事業会社」の共創で新技術・サービスの社会実装を手がけ、先進的な事例を持つ。同市は2020年ごろから官民共創に本格的に乗り出し地域DXを推進。塩尻市・太田氏によれば「ユニークなプロジェクト」を複数、進めている。その中で、自動運転に取り組み、昨年度は人間の介入なしに車両を制御するレベル4を実現させた。
同プロジェクトに参加しているのが、名古屋大発で自動運転技術を開発する株式会社ティアフォー、三次元地図に強みを持つアイサンテクノロジー株式会社だ。
太田氏は官民共創のポイントとして、官と民が互いの立場の違いを理解することだと指摘した。特に自治体側は、民間企業が利潤を得ないと事業を継続できないことを知り、その上で、フラットな関係を構築することがポイントだと強調。あわせて、自治体は地域の理解を得て、関係各所との調整を図ることも大切な役割だと述べた。

▲塩尻市 商工観光部 先端産業振興室長 太田幸一氏
同市では自動運転の取り組みを始めた当初、懐疑的な意見が寄せられていたことを明かした。理解を得るためにアイサンテクノロジー・佐藤氏の協力のもと担当職員に向けて自動運転がいかに地域課題の解決の鍵となるかを説明したり、地元議会へ働きかけたりした。その結果、自動運転の導入のメリットについて担当職員や地元議員をはじめ関係者が「腹落ち」し、現在は地元の支持を獲得している。
太田氏は「自動運転のプロジェクトをオープンにし、地域の方に体験してもらった。このことも理解を深めた大きな要因になったのではないか」と付け加えた。佐藤氏は「今では地域にすっかりと溶け込み、直接応援の言葉をかけてもらえることがある」と話した。

▲アイサンテクノロジー株式会社 取締役 佐藤直人氏
また、ロードマップを作成し、進捗や目標について「目線を合わせ」することの大切さも説いた。同市では自動運転のプロジェクトが始まった当初からロードマップを作成してプロジェクトの推進に努めてきた。このほか、職員の異動に備え、外郭団体を立ち上げることも有益だという。塩尻市は、市の100%出資で一般財団法人塩尻市振興公社を設立し、職員が継続的にプロジェクトに携われるよう整備している。
佐藤氏はプロジェクトが社会実装の段階にまで進んだことについて、「何よりコミュニケーション。言うべきことを言い合える関係があってこそだった」と振り返る。ティアフォー・岡崎氏も強く同意し、その上で「塩尻市との共創を通じ、ネットワークも広がった。一つひとつ課題を解決しながら、自動運転のレベル4をより高い次元で成功させたい。容易なことではないが、塩尻市の事例を他の自治体にまで展開できればと思う」と意欲を見せた。

▲株式会社ティアフォー Vice President 岡崎慎一郎氏
太田氏は「地域の課題を自治体が単独で解決するのは困難。民間の力が必須になる。繰り返しになるが、お互いに立場が異なることを念頭に置き、腹を割って目論見を話し、接点を見つけることが欠かせない。そうすれば、社会実装にもつなげていける」と伝え、セッションを締めくくった。
【ガバメントピッチ】 8自治体が抱える課題と、共創イメージとは?
ここからは、地域課題の発信とスタートアップとの共創促進を目的とした「ガバメントピッチ」の模様をレポート。愛知県内8自治体(岡崎市、春日井市、刈谷市、西尾市、常滑市、大府市、日進市、東浦町)の担当者が登壇し、語った内容を紹介していく。

■岡崎市:『テクノロジーとの連携で実現する歩いて巡る岡崎城周辺の回遊性向上』

同市は愛知県のほぼ中央に位置し、徳川家康の生誕の地であることや八丁味噌、桜、花火などが著名である。目指す姿として「西三河160万人の行きつけのまち。自動車依存度の高い地域性でも『まちを歩いて楽しむ人』を増やすこと」を掲げた。
世帯年収が三大都市(東京・大阪・名古屋)の水準を上回る西三河地区から人を呼び込むことで民間投資の増加も狙えると予想し、同市ではこれまで公共空間の整備に努めるなどしてきた。これをさらに発展させるため、スタートアップのAIやXR、ドローン、映像技術など先進技術・アイデアをかけ合わせ新たなコンテンツを創出。それをもとに回遊性を向上させて「非日常感」のあるまち歩き体験を手がけたいと伝えた。
提供リソースとして、文化資源、公共空間、商店街の空き店舗などが示された。2028年までの社会実装、2030年の社会実装拡大を目指す。同市は「訪れる人々を魅了する『まち歩きの新常識』を一緒に創ってほしい」と訴えた。

■春日井市:『地域との接点構築による「観光」から「関わり続ける関係」への深化』

同市は名古屋市に隣接するベッドタウンで、人口は約30万人。緑が豊富でサボテンが有名。市民の約9割が「暮らしやすい」と評価している。同市が目指すのは「観光を起点に関係人口を増やすこと」だ。
春日井市は観光で人を呼び込めていない課題を持つ。イベントを随時開催しているが、市内向けのものが多く、サボテンに関する認知も十分には広まっていない。さらに、サボテン農家は高齢化や後継者不足に直面している。これを受け、同市ではスタートアップなどの「観光客が地域事業者との接点を創る」「再訪の動機付け」「関係人口の創出につながる」技術・サービスを求めている。
共創プロジェクトイメージとして、農業体験や販売促進がセットになったプログラム、オンラインコミュニティの整備、同市ならではの現地イベントの開催を取り上げた。提供リソースとして、サボテンなどの地域資源、市内事業者、市内学生とのネットワークを示した。同市の担当者は「春日井市のファンを増やし、持続的な関係を作るため、ぜひ力を貸してほしい」と熱弁をふるった。

■刈谷市:『どこでも誰でもスポーツ観戦体験を楽しめるユニバーサルデザインなまちの実現』

同市は人口約15万人の自動車産業を中心とするものづくりのまちである。スマートシティを推進すると共に、8種目11のスポーツチームのホームタウンパートナーとなっているのが特徴的だ。同市が目指しているのは「スポーツを通じた社会参加、活き活きとした暮らし」である。

年齢や障害に関わらずスポーツ観戦体験を楽しめるまちづくりを進めているが、高齢者や視覚・聴覚障害への対応が十分ではないという。来年度にはアジア・アジアパラ競技大会の開催が予定されていることもあり、スタートアップなどのスマートグラスや字幕配信技術、振動による臨場感提供技術、在宅でも会場の臨場感を体験できる仮想空間技術、次世代型ライブ配信などを求めていることが伝えられた。
提供リソースにスマートシティ推進協議会会員企業とのネットワーク、ホームタウンパートナーとのネットワーク、市の広報活動が示された。同市は「スポーツの力で地域を共に盛り上げてほしい」と呼びかけた。
■西尾市:『周遊促進、滞在時間の延伸によるベイエリア全体の観光価値向上』

同市は名古屋市から車で約1時間の位置にある愛知県南部のまちである。人口は約17万人で、農業や水産業が盛んだ。同市で特産のうなぎやアートを楽しめる「西尾市ベイエリア」を開発してきたが、施設間で周遊ができていない。このため、滞在時間が短く、エリア全体の経済効果が限定的となっている。同市では「点」から「面」の観光へと変貌させ、地域の活性化と産業振興につなげたい考えだ。
エリアの課題として、「施設別の客層のギャップ」「限定的な営業時間」を取り上げた。これを解消するため、「人流データ収集とその分析」「ターゲティングと戦略的な情報発信」「ニーズに対応した体験型コンテンツ企画」を共創イメージとして提示。提供リソースに13団体からなる西尾南部ベイエリア協議会の協力を示した。西尾市の担当者は「一緒にワクワクするプロジェクトを推進したい。自由な発想、チャレンジ精神、新たなアイデア、技術力に期待する」と熱いメッセージを送った。

■常滑市:『人流データの分析や観光地の消費促進サービス活用による観光消費の拡大』

同市は1000年の歴史をもつ焼き物のまちで、中部国際空港(セントレア)、愛知県国際展示場(Aichi Sky Expo) を擁する県下随一の交流拠点である。人口約6万人で、観光見込み客495万人、中部国際空港来場者1403万人に上る。
同市が取り組みたいテーマは空港などと市街地を結ぶ無料シャトルバス「トコナメシャトル」のさらなる活用だ。バスの利用は広がっているものの、データなどの取得はできていない。そこで、スタートアップなどとの共創で、利用者の人流や経済活動を可視化し、データに基づいた観光施策の展開で市内観光地や飲食店のにぎわい創出、今後の観光施策などに繋げたいという。

提供リソースとして、観光やまちづくりに関するデータ、公共施設、観光地、飲食店、ホテルなどの事業協力、スタートアップとの共創に知見のある職員の参加などが示された。常滑市の担当者は「観光客も事業者も地域も観光を通じ『ハッピー』になるまちにしたい。ぜひ力を貸してほしい」と熱弁をふるった。
■大府市:『市の特産品や市内飲食店等の魅力を通じた大府駅周辺の活性化』

同市は名古屋駅から約15分に位置する人口9.3万人のまちである。人口は毎年、増加しており、ブドウ、ナシ、イチゴなどを活かした特産品や観光資源が豊富だ。同市は1日の乗降客が2.7万人でJR東海395駅中19位となっている大府駅周辺を、市の魅力の体験拠点とすることを目指している。一方、「駅周辺のにぎわいづくり」の市民満足度が低く、食や特産品と乗降客が繋がる機会がないのが現状だ。

そこで大府市では、スタートアップなどと共に会社員、大学生、子育て世帯などユーザー別に賑わい創出のソリューションを手がけたいと伝えた。2~3年後には同市の魅力を体験した人々が市内観光スポットへと足を運んでいる状況を目指す。提供リソースとして「駅東口多目的スペース」「関係機関のネットワーク」「市の広報・PR」を示した。大府市の担当者は「『未来の賑わい創出モデル』を共に創りたい」と力を込めた。
■日進市:『スマートシティの推進に向けた中高生のデジタル技術の体験・学習機会の創出』

同市は名古屋市と豊田市のほぼ中間に位置し、人口94,260人のうち中高生 6,219人が占めるまちである。市内に5大学を有する学園都市で、人口は伸び続けている。目指しているのは「地域の若者がデジタル技術を通じて地域課題を解決する循環が生まれる持続可能型スマートシティ」だ。
近年は教育DXに力を入れているものの、「専門性の不足」「先端技術の学習機会不足」などが課題となっている。日進市は中高生にデジタル技術を身近に感じてもらうための体験会や、技術取得に向けた学習機会を創出したいと訴える。
共創アイデアとして、「eスポーツ×デジタル人材育成」「次世代モビリティ × STEAM教育」「ドローン × 地域魅力発見」を掲げた。提供リソースとして、スポーツセンター旧飲食スペース(店舗面積 154㎡、内客席部分 77㎡)、市内中高生とのネットワークを示した。日進市の担当者は「共に汗を流し、教育DXの推進をしたい」と強調した。

■東浦町:『位置情報の共有とAI解析で交通インフラの修繕を迅速化』

同町は愛知県の知多半島北東部に位置する人口は約5万人のまちである。名古屋市へのアクセスはよく、インターチェンジもあることから遠方からのアクセスも多いのが特徴だ。一方、東浦町は道路の補修工事について「件数が多い」「事務処理が煩雑」「属人的」という課題を抱える。そこで、スタートアップなどの共創で「業務全体の効率化と標準化」に取り組みたいと伝えられた。
具体的な共創イメージに「損傷報告情報(日時、場所、写真等)の一元管理システムの構築」、「AI機能を搭載した画像解析アプリケーションを用いて、損傷個所の危険度・緊急度を判別し、修繕における優先順位を選定」を提示。提供リソースとして、過年度の意見要望一覧データと地図データが示された。

東浦町の担当者は「住民が安心して暮らすことができる環境を整えることで、人と人との結びつきを実現し、絆を生み、幸せを実感できるまちを創りたい」と意気込んだ。
――8自治体によるピッチの終了後、ディスカッションタイムが設けられ、スタートアップなどの来場者と各自治体などが活発に意見を交換、共創への思いを熱く語り合った。随所に”セレンディピティ“を感じさせる出会いも見られ、イベントは熱気に包まれたまま幕を閉じた。


取材後記
8自治体の真摯な思いと熱意、共創パートナーへの大きな期待が感じられるピッチだった。各自治体が提示した課題は多様でありながら、地域の未来を本気で変えたいという強い意志が感じられた。今回の『スタまち』では、総額5000万円、1プロジェクト最大1000万円が支給される。社会実装に向けて愛知県の本気度の高さがうかがえる共に、プロジェクト推進の大きな助けとなるはずだ。『スタまち』のエントリーは既にスタートしている。少しでも興味を持ったら、ぜひ積極的に応募していただきたい。
※『スタまち』の詳細についてはこちらをご覧ください。
(編集:眞田幸剛、文:中谷藤士、撮影:加藤武俊)