"1対1"から"1対N"へ――進化する共創の輪を下支えする愛知県の「広域エコシステム形成支援事業」とは?<後編>
愛知県は2018年に策定した「Aichi-Startup戦略」を踏まえ、今年10月にはスタートアップ支援拠点「STATION Ai」(名古屋市)の開業を予定するなど、県内全域にわたるスタートアップ・エコシステムの形成を目指す広域エコシステム形成支援事業を進めている。
そしてエコシステムの形成に向けて実施しているのが、「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」「共創ワークショッププログラム」「中部イノベーションコミュニティ」といった3つの取り組みだ。愛知県がこれらの取り組みを実施する狙いや具体的な活動内容とは。そして、生み出された成果とは。
――TOMORUBAでは、広域エコシステム形成支援事業をリードする愛知県 スタートアップ推進課 藤井氏、林田氏、沖氏、そして事業の支援を行うeiicon 東海支援事業部の寺田にロングインタビューを実施。前後編の2記事で、広域エコシステム形成支援事業について詳しく紹介していく。
先日掲載した<前編>に続く、今回の<後編>では、広域エコシステム形成支援事業の取り組みから生まれた成果や実績について深掘りしていく。
<左→右>
・愛知県経済産業局革新事業創造部スタートアップ推進課 課長補佐 藤井智也氏
・愛知県経済産業局革新事業創造部スタートアップ推進課 主事 林田ゆり子氏
・愛知県経済産業局革新事業創造部スタートアップ推進課 研修生 沖健人氏(大府市より出向中)
・株式会社eiicon 公共セクター事業本部 東海支援事業部 Account Executive 寺田圭孝
自治体×スタートアップの好事例が複数生まれている
――広域エコシステム形成支援事業の取り組みの一つである「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」から生まれた実績についてお聞かせください。
eiicon・寺田 : picks design社の「そのとちぎふと」というサブスクリプションサービスの事例です。このサービスは、世の中に知られていない、その土地ならではのストーリーを名産品とともに消費者に届けるものです。
そのためには知られざるものを見つけに行く必要がありますが、スタートアップ1事業者だけでは、得られる情報に限りがあります。これを、地域の協力を得て事業者をつなげることで、さまざまな逸品を発掘することができました。愛知県では、設楽町など3地域が「そのとちぎふと」で取り上げられています。スタートアップは地域の協力を得られ、地域の事業者は情報発信とプロモーションができるという、双方のメリットが合致して生まれた好事例だと思います。
また、今年生まれたのは、一人旅にフォーカスした旅のメディア「ソロトリ」を提供するホーン社の事例です。ここでは1つの自治体だけではなく、豊川市、新城市、蒲郡市といった東三河エリア全体で地域のコンテンツを作る動きが今まさに行われています。さまざまな自治体や企業が「この事業にどう予算を付けるのか」など、スタートアップと共に考えるシーンが見られ、まさに"面"での支援が行われていると感じています。
愛知県・沖氏 : 私は、日進市の事例を紹介したいです。日進市は、教育を通じたDX化の支援を行うセラピア社との共創を進めています。「AICHI CO-CREATION STARTUP PROGRAM」では、各エリアの担当者が悩み事を相談したり現状を報告したりする「井戸端会議」という場が設けられているのですが、尾張地域の井戸端会議の日に日進市の担当者が「行政ではできることが少なく、役に立っていないのではないか」という悩みを話してくれたのです。
その時に「抱えこまずに、他の団体を頼ると道筋が見えてくることもある」という話をしたところ、そこから日進市は商工会からヒアリング先の事業会社をつないでもらい、スタートアップとの共創を進めることができました。1対1ではクリアできなかった問題を、他の団体の力を借りて事業会社につなぎ、そこからスタートアップの支援ができ、地域にも成果が返ってくるという循環が生まれた事例だと思います。
――このプログラムに参加することによるメリットについて教えてください。
eiicon・寺田 : 体感して学べることが大きなメリットだと思います。スタートアップとの共創事例は、言葉だけで聞いても抽象度が高いですし、周囲に事例があふれているわけでもありません。そのため、実践が一番の学びになります。
しかし1対1のオープンイノベーションプログラムの場合、全面的に関わっていかねばならないため、ハードルが高いでしょう。その点、このプログラムはできる範囲で関わりながら、実践という最大の学びを享受することができます。
愛知県・林田氏 : スタートアップとの関わりに興味をお持ちの地域の方は増えていると思います。しかし、どんなふうにコミュニケーションを取ればいいのかわからず、二の足を踏んでいらっしゃる方も多いのではないでしょうか。このプログラムでは、スタートアップと地域のみなさんとの間にeiiconと愛知県が入り、円滑に進むようサポートをします。ですから、安心してスタートアップとの共創に一歩踏み出していただきたいですね。
最終目的は地域活性化であり、単なるスタートアップ支援ではない
――自治体が、オープンイノベーションやスタートアップ連携に取り組む目的や意義について、改めてお聞かせください。
愛知県・林田氏 : スタートアップの支援が最終目的なのではなく、地域をより良くするために手を組む心強い相手のひとつがスタートアップだと考えています。行政が何のために仕事をしているのかというと、地域に暮らす方々と、外からその地域に来てくださる方に「住みやすいね」「また来たいね」と思っていただける地域にするためです。
しかしながら、行政だけの力で地域をよりよくしていくことは難しく、地域課題は積みあがっています。そうしたときに、外部の民間企業などと共に解決を図ることは重要なことです。そのなかにスタートアップも含まれると考えると、共創の理由が見出せると思います。
愛知県・藤井氏 : やはり今、産業が変わっていますし、変えていかねばならない時期です。そうしたときに、各企業が自社だけで新しいことに取り組んでいけるのかというと、必ずしもそうではないでしょう。さまざまな事業会社や他地域の自治体の取り組みを見ると、正解は一つだけではなく、色々な道があるという発見ができます。これは地域の事業会社や産業にとっても同じではないかと感じています。
昨年度、ワークショップの場で「広域エコシステムの中でどういう状態を創りたいか」というテーマで話をした際、「地域が盛り上がり、儲かるような状態ができるといいね」という議論をしたと聞いています。私は、それが一番だと思います。
他者との共創により事業会社が儲かり、それにより地域も潤い、市民や地域に還元をしていくという循環を生み出したいです。しかし、既存の状態ではなかなか難しいため、行政が支援をしながらオープンイノベーションを興していく必要があると考えています。
エコシステム形成を、「自分ごと」として捉えることが重要
――スタートアップ・エコシステムの取り組みの中で、どのような実績が生まれて来ていますか?
愛知県・林田氏 : 横のつながりができたことが一番の実績だと思います。先日、「PRE-STATION Ai」で大府市がスタートアップの相談を受けていたのですが、「豊橋市にこういう事例があるので、聞いてみます」という話をしていました。これはつまり、自治体が他の地域の事例を把握しているということですし、それについて自治体間で気軽に聞ける関係性が構築されているということです。これまでの活動の賜物だと感じ、非常に嬉しかったですね。
このほかにも、東三河のスタートアップ推進協議会に他地域から取組内容の問い合わせが増加していることからも、横のつながりが増えていると感じています。
愛知県・沖氏 : 愛知県では、シンガポールスタートアップエコシステム連携事業「Aichi Smart Sustainable City Co-Creation Challenge」を実施しています。その中で、UACJ社とRain Tech社が水害対策をテーマに共創していたところ、実証のために地域につないでほしいという依頼をいただき、複数の自治体に話をしました。すると豊川市の担当者が、地域の消防団や自治会長に一緒に説明をし、地域のリアルな困りごとやサービス開発に向けた可能性などを引き出すサポートをしてくれたのです。結果的に、サービスの導入に至りました。
これを事業会社だけで進めていたら、地域と深い話はできなかったでしょう。行政が立ち位置を理解し、それを地域住民の方々に翻訳してくれるからこその事例だと思います。
――エコシステム形成において、すべてのプレイヤーが大切にすべきこととは何でしょうか。
eiicon・寺田 : いかに「自分ごと」にできるか、それに尽きると思います。こうした取り組みは、なかなか「自分ごと」にするのが難しいです。誰かがしてくれるだろうと思ってしまいますし、やったところで評価されることもありません。しかし、これを積み重ねていくことで地域が良くなることは事実です。これを「自分ごと」としてとらえ、地域のためになると思って動いている方が、今回は非常に多いと感じています。
そしてエコシステムは組織ではなく、人と人とのつながりによって構築されていきます。そのため、一つひとつの関係性を大切にして、どんどん信頼関係を築いていくことが重要ですね。
愛知県・林田氏 : エコシステムは多様な団体同士がつながるコミュニティですから、立場の違う者同士が歩み寄って敬意と思いやりを持つことが大事です。スタートアップとの共創がまだ十分浸透していないなか、エコシステムの輪に加わり一緒にエコシステムを耕そうとしてくれる方々は、非常に頼もしく感じています。
スタートアップはもちろんですが、支援する側の方々も、チャレンジしているという面では同じです。だからこそ、お互いに敬意を持ってコミュニケーションが取れたらいいなと思います。
愛知県・藤井氏 : 顔の見える関係性をしっかりと作っていくことが大切だと思います。「顔が見える」というのは、単に名前を知っているとか名刺交換をしたということではありません。
このエコシステムの中でどのような立ち位置で、どんな役割を果たせるのかを把握することです。そして逆に、自分の役割を相手に知ってもらえるような努力も必要です。そうしてお互いを知ることで、頼ったり頼られたりという関係性が構築されますから、しっかりとコミュニケーションを取りながら、そういう関係性を作っていきたいです。
そして強く意識しているのが、成果を求めすぎないことです。まずはできることから協力する、それを繰り返すことで、自分を知ってもらいます。それが次の話につながることもあるため、できることをしっかりと実行することが大切でしょう。
取材後記
「Aichi-Startup戦略」により、県内のさまざまな地域でスタートアップとの共創の取り組みが進んでいる愛知県。藤井氏や林田氏、沖氏が話したように、自治体間での横のつながりや自治体と商工会議所・商工会と地元企業といったつながりなど、着実に地域に浸透し、エコシステムの構築につながっているように感じられる。1対1ではなく、N対Nで各々の強みを持ち寄ったオープンイノベーションが進められるのも、愛知県内の意識の高さがあってこそのことだろう。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤瑞恵、撮影:加藤武俊)