浜松市のモノづくり企業×スタートアップによる5つの共創プロジェクトに迫る――「はままつオープンイノベーションプログラム」成果発表会をレポート!
スズキ、ホンダ、ヤマハ、カワイなど、グローバルに事業を展開する数々のモノづくり企業を生み出してきた浜松市では、再び世界的な企業を輩出するまちとなるべく、新たなエコシステムの構築を目指している。その活動の一環として開催される「はままつオープンイノベーションプログラム」は、浜松市内の事業者と全国のスタートアップを結びつけ、共創による新規事業開発にチャレンジする取組みだ。
2023年度のプログラムでは、浜松市内のモノづくり企業5社がホストとなり、共創で取り組みたいテーマを提示(※)。全国からエントリーしたスタートアップとのマッチングを経て、約3カ月間のインキュベーション期間中に様々な取り組みや実証実験を進めてきた。
TOMORUBAは、2024年3月4日に開催された「はままつオープンイノベーションプログラム 成果発表会」の取材を実施。本記事では、機械・ロボット技術、エアクリーナー、スマートキャスター、圧縮ばね、建築用フィルムといった技術に強みを持つホスト企業5社による熱量の高いピッチをご紹介するとともに、ピッチ後に行われたオープンイノベーションに関する実践セミナーに関してもあわせてレポートする。
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スタートアップエコシステムを構築し、新たなイノベーションが生まれる都市を目指す
ホスト企業5社の成果発表ピッチに先立ち、浜松市のスタートアップ推進担当部長である川路勝也氏が開会の挨拶を行い、本プログラムの趣旨や同市が掲げているビジョンについて語った。
近年、浜松市では2つのビジョンを掲げてスタートアップ支援に注力している。1つ目のビジョンは、スタートアップが集積・成長する環境を整えることにより、次々と新しいスタートアップが生まれ育つようなエコシステムを構築すること。そして2つ目のビジョンは、地域企業の高度な技術とスタートアップの革新的なアイデアの融合により、新たなイノベーションが生まれる都市を目指すこと。今回の「はままつオープンイノベーションプログラム」は、この2つのビジョンを体現する取り組みのひとつであり、浜松市としても総力を挙げて取り組んでいるプログラムであると説明した。
川路氏は、「今回の成果発表会は、市内企業5社とスタートアップとの現時点での共創成果をお披露目させていただく場であると同時に、次のステージに進むためのステップの場となることを期待したい。また、本日の参加者の方々も含めて新たな共創や協業が生まれるような1日にしていきたい」と期待を込めて語った。
プログラムに参加したホスト企業5社による成果発表ピッチ
続いてはホスト企業5社の成果発表ピッチについて、以下の順でレポートする。
(1)株式会社イハラ製作所
(2)株式会社ヤマト製作所
(3)株式会社ジェネシス
(4)沢根スプリング株式会社
(5)デコラテックジャパン株式会社
(1)レモン栽培に適した急傾斜地における農業支援ロボットの設計・製作
株式会社イハラ製作所/登壇者:代表取締役社長 渭原哲氏
(共創パートナー:SynCom Agritech株式会社)
1961年設立のイハラ製作所は、機械事業(工作機械や産業用装置、ロボットのシステムアップ)と部品事業(自動車部品の開発・製造)という2分野の事業を展開。自社内で設備・機械の設計開発を行っているほか、量産部門については素形材工程から一貫した生産が可能な体制を有するなど、様々な強みを持っている。しかし、同社の顧客は自動車業界がメインであり、EV化による部品点数の減少や自動運転技術の進歩による必要台数の減少が見込まれることもあり、中長期的な事業展開を模索している状況にあるという。
そこで同社は、これまでに培ってきた機械・ロボット技術を応用・活用することを目指し、本プログラムへの参加を通して自社技術のニーズ調査と共創企業の探索を実施。建設業、食品製造業、飲食業、農業など、様々な業界の企業と面談した結果、「課題の明確さと地理的条件、現実性の観点から、収益性・持続性の高い有機農業に取り組むSynCom Agritech株式会社との共創を検討している」と説明した。
SynCom Agritechは静岡県下で荒茶生産量No.1を誇る牧之原市で茶畑の転作プロジェクトを実施している。茶価の低迷や加工の高コスト化によって採算性が悪化し、耕作放棄地が増加している茶産業の課題解決を目指し、より採算性が高く、高齢者でも従事しやすいレモン栽培への転作を支援する取り組みだ。
今回、イハラ製作所はSynCom Agritechとの共創を通じて、このようなレモン栽培に適した急傾斜地における農業支援ロボットの設計・製作に検討している。両社はすでに何度も議論やヒアリングを重ねており、ロボット開発に必要な要件等も確定し、ラフ案設計が進んでいる。
今後は補助金の活用も視野に入れながら試作品を製作し、牧之原市での実証実験を経て製品化を目指すという。ピッチを担当した渭原氏は、「人手不足はあらゆる業界で発生している課題です。今後も皆様のニーズをいただきながら、自社技術の拡大を視野に入れた取り組みを続けていきます。」と意気込みを語った。
(2)成形技術を活用・応用した底面灌水式菜園キットの製造
株式会社ヤマト製作所/登壇者:営業技術課 課長 池谷佳之氏
(共創パートナー:株式会社Edge Creators)
国内3カ所とタイに工場を持つ同社の主力製品は、オートバイ用のエアクリーナーだ。エアクリーナーは、エンジン寿命を延ばし、吸気音を低減する重要な役割を持つが、同社はこのようなエアクリーナーの開発・試作から成形・加工・組立、その後の品質管理までを一貫して担っている。
同社の課題も自動車のEV化に伴う産業構造の変化にある。現在、EV化は四輪車をメインに推進されているが、趣味性の高い二輪車においても「EV化の進行は避けられない」と考えているという。そこで同社の強みであるエアクリーナーの製造で培ったインサート成形・溶着・フィルター技術を活かした新規事業の創出を目指すべく、今回のプログラムに参加し、農業・建設・産業機械向けフィルターの課題解決、医療機器の樹脂化、食品の異物混入等の課題解決を志すパートナーとの面談を重ねた。
同社が共創パートナーとして選んだEdge Creatorsは、モノづくりの技術をベースに製品開発から試作、実験、評価までを一貫して行っている企業であり、幅広いソリューションやコンサルティングによって製造業の現場改善に貢献している。現在、ヤマト製作所とEdge Creatorsは、「底面灌水式の菜園キットの製造」というテーマを掲げ、Edge Creatorsのアイデアにヤマト製作所の成形技術や長年培ってきたノウハウを加えることによって差別化を図った底面灌水式プランターの設計を進めている。
最後に池谷氏は「インサート技術や溶着技術、フィルター技術など、自社のコア技術の向上にも取り組みながら共創を進めていきたい」と語り、ピッチを締め括った。
(3)スマートキャスターを活用したベビーカーシェアサービスの実現
株式会社ジェネシス/登壇者:代表取締役 古田義久氏
(共創パートナー:Baby door株式会社)
ジェネシスは、金属加工技術や図面設計技術を強みに顧客課題に合わせた幅広い製品を開発している。同社がカゴ台車転倒による積載部品損失に課題を持つ顧客の依頼を受けて開発した「スマートキャスター」は、すでに米国・日本・韓国で特許取得済であり、今後はヨーロッパ、東南アジア各国においても特許登録を進めていく方針だ。
スマートキャスターは、これまでの一般的な足ロック操作式旋回自在型キャスターとは異なり、手元で簡単にキャスターの車輪ロック/解除を行うことができる。触っていないレバー解放状態では、車輪ロック。動かす為に握ることでロック解除となる。走行中でも手動レバーを離すことで車輪がロックし暴走事故も起きない。ロック/解除は小指1本ほどの力で操作できるほか、坂道停止状態でレバーを握っても、坂下方向への急発進が起こらない安全技術も搭載されている。また、大型から超小型まで幅広いサイズを生産できるため、様々な旋回自在型キャスター付き製品に対応できるポテンシャルも有している。
同社は、福祉・医療・介護領域の製品におけるスマートキャスターの活用を目指してプログラムに参加した。しかし、様々な企業と面談を重ねる中で、「スマートキャスターはベビーカーにもニーズがあるのではないか」という気づきを得たという。その結果、同社はベビー用品のレンタル・販売事業を手掛けているBaby doorとの共創を意思決定した。
両社はスマートキャスターを活用したベビーカーシェアの実現に向けて共創を進めている。Baby doorが展開する完全無人化でのベビーカーシェアサービス「ShareBuggy」は世界初・ベビー用品業界初のサービスとして注目されているが、今後はShareBuggyにジェネシスのスマートキャスターを搭載したベビーカーの導入を推進していくという。
現在、ジェネシス側ではベビーカー仕様のスマートキャスター開発を実施し、Baby door側では実証に向けたサービスアプリのカスタマイズを行うなど、「将来的な浜松エリアでの実証実験・ユーザーヒアリングに向けた準備を着々と進めている」と説明した。
(4)ばねに詳しくない人でもカタログから最適なばねを選べる装置の開発
沢根スプリング株式会社/登壇者:代表取締役 沢根巨樹氏
(共創パートナー:株式会社Edge Creators)
1966年創業の沢根スプリングは、ばね・医療用コイルの製造販売を行う会社だ。1985年に日本初となるばねのカタログ販売を開始しているほか、「世界最速工場」というミッションを掲げ、少量の受注製造を得意としている。
同社は知識・経験のない人でもカタログから最適なばね選びができる装置の開発を目指してプログラムに参加した。ばねのスペックとしてカタログに掲載される「ばね定数」(ばねを1mm縮めるときの力)は感覚的に分かりにくいため、現状では購入者がカタログの中から最適なばねを選ぶことが難しく、余計な製品まで購入しなければならない不利益が発生することもあるという。
同社は「数値を力にする技術」「体感できるセンサー」「フットワークが軽い」などの条件をベースに共創相手を探索し、試作・実験・評価まで一貫して研究開発を行うことで製造業に関する課題解決を行うEdge Creatorsとの共創を決めた(Edge Creatorsは前出のヤマト製作所とも共創を進めている)。
両社は、沢根スプリングが誇る「58年のばねに関するノウハウ」とEdge Creatorsが有する「数値を力に変換する技術」を掛け合わせることで、初心者でもカタログから最適なばねを選べる装置開発を進めており、2024年2月時点で、空気圧を使ってばねの力を表現する試作機が完成している。
現状の試作機では、0〜200Nの力を表現できるという。これは同社のカタログ品の約1,400種類に対応することになる。同社の沢根氏は、「今後はばねをたわませる量も加味した本当の意味でのばね定数を体感できる装置開発を進めていく」と説明し、今後の共創に対する熱意をのぞかせた。
(5)職人不足の解消・DX化促進に向けた「1mm」を測る計測技術の確立
デコラテックジャパン株式会社/登壇者:代表取締役 平野裕明氏
(共創パートナー:CalTa株式会社)
デコラテックジャパンは、粘着フィルムを主材料とした内装・看板・ディスプレイ等の設計・印刷・加工・施工・工事に特化した事業を展開しており、浜松市域を走るバスや電車のラッピングなども手掛けている。
建設業界で事業を営む同社は、業界他社同様、職人の高齢化や人材不足に対する大きな課題感を持っており、スタートアップと共に「職人不足を解消するDX」にチャレンジすべく、今回のプログラムに参加した。
同社が共創パートナーに求めたのは、1mmを計測できる機械/デジタル技術だ。現状、建物の施工・工事に関わる計測は職人がメジャーで行っており、同社が扱うパネルやフィルムも職人が手作業で貼り合わせている。そのため、まずは計測の業務領域をデジタル化することによって、職人が施工作業のみに集中できる環境を作り、業務の効率化や納期短縮を目指すという。
同社の共創相手として採択されたCalTa株式会社は、2021年にJR東日本グループ等の出資で誕生したスタートアップであり、従来は人の手で管理していたインフラをデジタル化し、持続可能な社会を目指す事業を手掛けている。現在は、動画から3Dを自動生成するデジタルツインソフトウェア「TRANCITY」をリリースしているほか、小型ドローン等による現地映像取得サービスなどを提供している。
両社はすでに実証実験を実施している。デコラテックジャパン浜松第2工場内の研修スペースにてCalTaが撮影を行い、CalTaの「TRANCITY」に撮影データをアップロードすることで3Dモデルを生成。当初目指していた1mm精度での計測がほぼほぼ実現できているという。
最後に平野氏は「誰でも確実に1mm単位での計測ができる計測方法を確立するとともに、屋内だけでなく外壁調査なども含め、両社がさらなる協業シナジーを発揮できるポイントを見極めていくことで、市場の拡大や知財の取得を目指していく」と語るなど、今後の展望について力強くアピールした。
セミナーレポート「事例から学ぶ共創事業の実践法〜あるあるな落とし穴と対策〜」
ホスト企業のピッチ終了後、浜松市とともにプログラムを運営する株式会社eiiconの企画によるオープンイノベーションセミナーが実施された。セミナーに登壇したのは同社東海支援事業部 部長 伊藤達彰氏。以下では当日のセミナーで語られたオープンイノベーションに関する心構えや共創ノウハウの一部をご紹介する。
●タイミングに応じて必要な手段を選択できる状態にしておくことが大切
伊藤氏によると、現代の企業は「VUCA※の時代」と呼ばれるような変化が激しく予測不可能な状況に置かれているという。(※Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの単語の頭文字をとった言葉で、目まぐるしく変転する予測困難な状況を意味)EV化の進展によって必要な部品点数が1/3に減ることも予想されるなど、「100年に一度の大変革期」を迎えている自動車産業に代表されるように、あらゆる産業・業界の企業が様々な課題に直面しており、10年後、20年後の将来を見通すことが難しくなっている。
企業が、変化し続ける社会・市場に対応していくには、既存の枠組みに捉われない新規事業を生み出す必要がある。その一方で、どれだけ自社のリソースを割いて研究や開発を行ったとしても、「マーケットが変化するスピードに追いつくのが難しい」という状況も生まれてきている。
そこで注目されているのが、自社のみで新規事業を生み出すのではなく、社外のプレイヤーと意図的に手を携えてイノベーション創出を目指す「経営手法としてのオープンイノベーション」だ。日本政府が掲げるスタートアップ育成5か年計画の中でも、第3の柱として「オープンイノベーションの推進」が挙げられている。
伊藤氏は、1社で行うクローズドイノベーションと複数社で行うオープンイノベーションの違いについて説明した上で、「どちらが正しいということではなく、必要なタイミングに応じて、必要な手段を選択できる状態にしておくことが大切です」と解説した。
●オープンイノベーションの目的・参入領域・ターゲットを定めておくことの重要性
次に伊藤氏は、オープンイノベーションにおける「あるある」を例示しながら、オープンイノベーションにチャレンジする企業が意識しておくべきポイントについて解説した。
また、初めてオープンイノベーションにチャレンジする企業が陥りがちな状況として、明確な目的や方向性がないまま「とりあえず多くのスタートアップと会おう」と面会・面談を繰り返すものの、結局はマッチングに失敗し、何の成果も生み出せずに「オープンイノベーション疲れ」だけが残ってしまうケースは珍しくないという。
伊藤氏はオープンイノベーションの実践ステップとして、「STEP01:目的の明確化」「STEP02:参入領域の明確化」「STEP03:ターゲットの明確化」「STEP04:共創候補を探索」「STEP05:共創候補との面談」という5のフェーズがあり、それぞれにおいて必要な準備について語った。
続いて愛知県や三重県など、浜松市の近隣エリアで成功を収めつつある「モノづくり企業×スタートアップ」の共創事例を紹介。失敗事例的な「あるある」と成功事例を続けて解説することで、オープンイノベーションに向き合う企業が意識しておくべきポイントを明確に示した。
最後に伊藤氏は、「オープンイノベーションは一朝一夕で実現するものではありませんが、日常的に(新規事業の)種をまいておくことが重要です」「縮小しつつある既存事業をひとつの新規事業で埋めようとするのではなく、複数の新規事業で埋めていくような戦略を取るべきです」と呼びかけ、セミナーを締め括った。
――「はままつオープンイノベーションプログラム 成果発表会」の最後には、ネットワーキングの時間が設けられた。浜松市内の企業やスタートアップ、支援機関、行政など様々なプレイヤーが意見交換を行うなど、新たな共創を予感させるものとなった。
取材後記
成果発表を行った5社は、それぞれ独自の技術を持ち、他社にない強みを有している。しかし、今回のプログラムを通じて出会ったスタートアップ各社との共創により、一社一社のクローズドイノベーションでは実現できないような様々なタイプの新規事業が生まれつつあることが報告された。オープンイノベーションのメリットについて改めて認識させられただけでなく、浜松市のモノづくり企業が秘めているポテンシャルの高さを実感することもできた。5社による共創プロジェクトはまだ始まったばかりだが、今後のグロースについても大いに期待が持てそうだ。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:加藤武俊)