メインテーマは「がん患者さんとそのご家族のウェルビーイング向上」――小野薬品が創薬分野外で「がん患者さんとそのご家族、医療従事者のための価値創造」を目指すプログラムに迫る。
300年以上の歴史を持つ医薬品メーカーで、がん治療薬『オプジーボ』を開発・製品化したことで知られる小野薬品工業。『病気と苦痛に対する人間の闘いのために』を企業理念に掲げ、新薬の開発を主軸としながらも、多方面から患者さんやそのご家族の苦痛を和らげる挑戦を続けている。
そんな同社が新たにスタートさせたのが、『HOPE-Acceleration 2024』と銘打ったオープンイノベーション型事業創造プログラムだ。「がんと共に生きる時代」の新たな価値創造を目指し、新規事業の創出を図るという。本プログラムでは「がん患者さん」「がん患者さんのご家族」「がん治療の医療従事者」それぞれを対象とした以下3つの募集テーマを提示し、共創パートナー企業を募集する。
●募集テーマ1…… 「がんになっても」自分らしく暮らせる多様なシーンのウェルビーイングの実現(がん患者さん向け)
●募集テーマ2……「第2の患者」ともいわれるがん患者さんのご家族、患者さんもご家族もいたわれる社会の実現(がん患者さんのご家族向け)
●募集テーマ3……がん患者さんの多様な価値観に応じた治療や、院内外で連携したチーム医療の実現(がん治療 医療従事者向け)
TOMORUBAでは、共創パートナー募集に際し、本プログラムの推進役を担う3名にインタビューを実施。小野薬品工業がオープンイノベーションに取り組む意義や目指す方向性、各テーマの詳細について話を聞いた。
『オプジーボ』を開発した小野薬品が、がん共生のニュースタンダード構築に挑戦
――長い歴史を持ち、画期的な新薬を生み出してきた製薬企業として知られる小野薬品工業ですが、御社の事業概要や特徴についてお聞きしたいです。
藤山氏: 小野薬品は1717年(享保2年)に創業し、すでに300年以上の歴史を持つ企業です。これまで一貫して医薬品の開発と製造に取り組み、新薬と呼ばれる先発医薬品を数多く世の中に提供してきました。参入している疾患領域は、時代とともに変遷しています。とくに転換点となったのは『プロスタグランジン』と『オプジーボ』です。
これら2つの共通点は、新しい化合物や着眼点から生まれた医薬品であること。開発当時、学会などで「本当にものになるのか」と懐疑的な意見も多かったなか、当社はいち早くその可能性を見出し、製品化に着手しました。たとえば『オプジーボ』だと、従来のがん治療とは異なる免疫療法という新しい方法に注目。当社がどこよりも先に製品化に取り組み、新薬を完成させたのです。この『オプジーボ』は、がん患者さんの生存率を高めることに大きく貢献しています。
▲小野薬品工業株式会社 経営戦略本部 BX推進部 部長 藤山昌彦氏
――御社はオープンイノベーションにも積極的に取り組んでいますね。
藤山氏: はい。創薬分野においては、とくにオープンイノベーションにも積極的に取り組んできました。現在、300件以上ものバイオベンチャー企業やアカデミアなどと提携していますが、この提携数は同規模の製薬企業と比較して、多いほうだと思います。
若松氏: 先ほどお話に出た『プロスタグランジン』や『オプジーボ』に関しても、当社単独で開発できたものではありません。アカデミアの先生方やバイオベンチャーと提携することによって製品化できたものです。これらに限らず、当社には「世界初の」という冠がつく独自性の高い製品がありますが、自前での製品化は困難なため、世界トップレベルの研究者や最先端のベンチャーと提携することで創製してきました。『プロスタグランジン』の共同開発に着手したのは1960年代なので、その頃から外部との連携を重視し、革新的な製品を生み出そうという姿勢を持つ会社だったといえます。
▲小野薬品工業株式会社 経営戦略本部 BX推進部 OIP課 課長 若松大将氏
――そうしたなか今回、オープンイノベーション型事業創造プログラム『HOPE-Acceleration 2024』を開始されます。プログラム開催の目的について教えていただけますか。
藤山氏: このプログラムを開催する目的は、当社成長戦略の1つである事業ドメインの拡大にあります。拡大するヘルスケア分野のニーズを捉え、新たな価値を提供し続けるため、事業ドメインの拡大に取り組んでいます。
――本プログラムを通して「医薬品以外」の事業ドメインを開拓したいとのことですが、どのような領域を考えているのでしょうか。
藤山氏: 患者さんは生活の様々な場面で苦痛を抱えておられます。それらの苦痛を和らげられる事業を生み、新たな価値を提供したいというのが私たちの考えです。ペイシェント・ジャーニー(Patient Journey) という概念があるのですが、患者さんは病気を疑い不安を抱える段階から治療を受ける段階、治療後の段階、治らず終末期を迎える段階まで、一連のジャーニーを経験します。このなかで、医薬品を通じて価値提供できているのは、実は「治療を受ける段階」だけなのです。
しかし、患者さんは治療の段階に限らず、より広く長い文脈で苦痛を抱えておられます。私たちは、それらにも向き合いたい。こうした想いから『“医療”の枠にとらわれない価値創造を目指す、オープンイノベーション型事業創造プログラム』というコンセプトを設定しました。価値提供の対象は患者さん本人だけではありません。そのご家族や医療従事者にも、新たな価値を提供していきたいと考えています。
――新規事業創出においては、オープンイノベーションを活用するもの以外にどんな取り組みがありますか。
藤山氏: いくつかの取り組みを実施しています。たとえば、社内でビジネスコンテストを開催し、社員の持つ原体験や課題感に基づきボトムアップ型で新規事業を生み出す活動を行っています。また、私たちのような新規事業を専門とするチームが戦略的に、有望な市場を見つけて参入を図るような形での活動も実施。さらに、当社が保有する既存の技術シーズを起点に、新規事業を立ち上げるプロセスも進行中です。2022年には、新規事業子会社やCVCも設立(※)。将来性のあるベンチャー企業に出資も行っています。
※プレスリリース:小野薬品、新規事業子会社として株式会社michitekuを設立、小野デジタルヘルス投資合同会社の業務開始に関するお知らせ
――多様な手法で新規事業の創出を図っておられますが、オープンイノベーションプログラム『HOPE-Acceleration 2024』の位置づけは?
藤山氏: このプログラムは、すでに世の中にあるベンチャー企業の技術やビジネスモデルと、小野薬品の強みとを組み合わせ、両社のシナジーで新しい事業を生み出していこうとする取り組みです。新規事業の立ち上げは、必ず成功につながるわけではないため、多くの挑戦を通じて学習し、自社のノウハウやケイパビリティを強化することが重要だと考えており、可能な限り多くの挑戦を仕掛けていきたい。『HOPE-Acceleration』は、新たな事業を生み出すための手段として、打ち手を増やす活動の一環だといえます。
――本プログラムの特徴や参加メリットについてもお聞かせください。
若松氏: 本プログラムは単なる出資プログラムではありません。私たちがパートナー企業の皆さんと徹底的に考え、事業創出に挑むことを特徴としています。課題の解像度を高めたり、解決策の妥当性、解決策がもたらす価値を考えたりと、一緒になって議論をしながら進めていきます。
また、今回はがん領域に焦点を当てていますが、当社はこの領域で豊富な経験を積んでいますし、非常に高い解像度も持っています。社内には「がん領域にどう取り組んでいくべきか」を日々考えている部署もあります。そうした部署や外部の専門家にヒアリングできるため、十分なノウハウを提供できると思います。資金面でも、最終プレゼンテーション通過後、PoC検証や事業化検討の段階で、議論のうえ支援していく予定です。
――本プログラムの事務局を担う「OIP」は、どういったチームなのでしょうか。
若松氏: 私たちが運営するOIP(Ono Innovation Platform)とは、変革人財の育成や挑戦風土の醸成を目指すプラットフォームです。他業界のベンチャー企業が抱える課題に真剣に取り組むプログラムや、小野薬品の看板を外して他業種のベンチャー企業に参画する出向プログラムなどを実施しています。ベンチャー企業に理解のあるメンバーが多く、そうしたメンバーが一緒に考えながら本プログラムを推進します。
【募集テーマ1】 「がんになっても」自分らしく暮らせる多様なシーンのウェルビーイングの実現(がん患者さん向け)
――次に、3つの募集テーマについてお伺いします。まず、『「がんになっても」自分らしく暮らせる多様なシーンのウェルビーイングの実現』を設定した背景をお聞かせください。
青木氏: 薬の進化によってがんは治る病気になりましたが、それでも苦痛や苦悩が解消されたわけではありません。多くの患者さんは様々な不安や不調を抱えておられるため、それらを和らげることが必要だと思っています。これらは必ずしも薬だけで解決できるものではありませんから、他のアプローチも取ってがん患者さんが元の生活に早く戻れるように支援したい。こうした想いから本テーマを設定しました。
▲小野薬品工業株式会社 経営戦略本部 BX推進部 BX課 青木雄志氏
――共創によってどのようなことを実現したいのでしょうか。
青木氏: がん患者さんの生活をよりよくする事業を創出したいと考えています。がんになると食事、運動、睡眠など日常生活全般において様々な制限を受けます。オープンイノベーションで、思ってもいないような企業と出会うことにより、色々な解決策を見出せるのではないかと期待しています。
――解決したい課題の例として、「治療方針の意思決定」「メンタルケア」「外見の変化」「食事」「治療中の働き方」を挙げておられますが、青木さんがとくに注目しているものは?
青木氏: メンタルケアに関してはすでにいくつかサービスが出てきています。ただ、私たちはそれだけではなく、食べづらさや外見の変化による心理的な負担にも着目していきたいと考えています。
たとえば、外見が変化すると、周囲の人たちから心配されます。それが心理的な負担になって、外出を難しくすることもあるでしょう。これらは命に関わる問題ではありませんが、生活の質(QOL)に大きな影響を与えます。がんが治る病気になったからこそ、QOLも含めてケアしていきたい。それが、当社の企業理念『病気と苦痛に対する人間の闘いのために』にも通じると思うのです。
【募集テーマ2】 「第2の患者」ともいわれるがん患者さんのご家族、患者さんもご家族もいたわれる社会の実現(がん患者さんのご家族向け)
――2つ目のテーマである『「第2の患者」ともいわれるがん患者さんのご家族、患者さんもご家族もいたわれる社会の実現』は、どのような背景から設定されたのですか。
若松氏: がん患者さんのペイシェント・ジャーニーのなかには様々なステークホルダーが存在しますが、真っ先に思い浮かぶのが患者さんのご家族です。ご家族は「第2の患者」と呼ばれており、ご家族もまた多くの苦痛を抱えておられます。たとえば、闘病中の自分の家族がどんな気持ちか理解できなかったり、逆に自分の思っていることを患者であるご家族に伝えられなかったり、意思疎通が困難になることが多いと聞きます。
また、ご家族が自分の悩みを抱えておられても、それは一旦置いて患者さんの治療のために時間を使うことも多いようです。このように、ご家族にもたくさんの問題が生じてきます。ある医師は、がん患者さんに対して「ご家族も一緒に病院に来てください」と言うそうです。それほど、ご家族も大きな負担を抱えているのです。こうした状況に対して、私たちも何らかの方法で寄り添いたいと考え、本テーマを設定しました。
――解決したい課題の例として、「患者さんとの意思疎通」「メンタルケア」「患者さんとの外出・旅行・リフレッシュ」「家庭内の役割変化」を挙げていただきました。どのようなアイデアを求めておられますか。
若松氏: 技術だけでは難しいかもしれませんが、患者さんとご家族間の円滑なコミュニケーションをサポートすることや、ご家族が気分転換やリフレッシュする方法に関するアイデアに期待しています。また、突然、家族の一員ががんになった際、家庭内の役割分担が変わり、ご家族の働き方やキャリアが変わってしまう可能性もあります。こうした問題にも、何らかの方法でアプローチしたいと考えています。
【募集テーマ3】患者さんの多様な価値観に応じた治療や、院内外で連携したチーム医療の実現(がん治療 医療従事者向け)
――3つ目の『患者さんの多様な価値観に応じた治療や、院内外で連携したチーム医療の実現』についてはいかがでしょうか。
青木氏: かつて抗がん剤の治療は入院中に行われることが一般的でしたが、今では通院しながら治療を受けることも可能になりました。患者さんにとっては、慣れ親しんだ自宅で治療を受けられるというメリットがありますが、一方で医療従事者の視点から見ると、在宅環境に移行すればするほど、患者さんの状態把握が難しくなります。
そのため、一層コミュニケーションが重要になりますし、遠隔での情報収集も必要です。こうした点をサポートしたいと考えています。また働き方改革により、今後、医師の時間的な制約がさらに厳しくなります。より効率的に患者さんと向き合えるような支援策も生み出したいと考え、本テーマを設定しました。
――解決したい課題の例として、「患者さんの状態把握」「医療機関内外の連携」「説明時間の最適化」「在宅環境下での治療」を挙げていただきました。とくに注目しているポイントがあればお聞かせください。
青木氏: 医師の時間が限られていることが、大きな課題だと捉えています。それを解決すれば、医師と患者さん双方のメリットになるはずです。解決するために必要なのは、患者さんの状態把握の短縮や、医師の負担の分散化。医療現場では、医師が司令塔となって病院内の多様な医療従事者を差配していく構造になっています。
その差配を属人的に行うのではなく、もう少し機械的に行えるとよいのではないでしょうか。医師の負担を軽減することで、患者さんがもっとも信頼する医師が、患者さんと向き合える時間を増やせればと思っています。
藤山氏: 今以上に医療機関が、がん患者さんに対してできることはあるでしょう。手術や薬での治療以外にも、たとえば食事指導やリハビリのサポート、今後の治療方針や人生設計に関わる分野での支援も、病院の機能として含まれています。ただ、医療従事者の皆さんがお忙しいため、これらを十分に提供できていません。ですから、それらを手厚くできるような支援も提供していきたいですね。
若松氏: 患者さんが望む人生を歩むために、自身で治療方針を選択するという考え方も生まれてきています。ただ、それを実現するためには、患者さんが自分の考えをうまく医師に伝える必要がありますし、医師は患者さんの考えを汲んだうえで、治療の選択を行う必要があります。そうした観点でのコミュニケーションの円滑化にも貢献していきたいです。
※課題理解のための参考情報として小野薬品のオンコロジー情報サイトもご覧ください。
専門ノウハウを生かして、現状でがん/医療領域にサービス展開をしていない企業様との連携も
――共創を進めるにあたって、御社から提供できるリソースはありますか。
藤山氏: 医療関係者やKOL(Key Opinion Leader)と呼ばれる専門家・医師、それに学会とのコネクションを豊富に持っています。そうした方々の意見を聞くことが可能です。事業化に際しては、当社の営業メンバー(MR)が持つノウハウを提供することもできるでしょう。
――最後に、本プログラムへの応募を検討する方たちに向けてメッセージをお願いします。
青木氏: がん患者さんは、生活の様々な場面で苦悩を抱えておられます。そうした苦悩を解決できそうな技術をお持ちであれば、ぜひ積極的にご応募ください。がん患者さんを対象に開発されたものに限らず、別の用途で作られたもののなかにも活用できるものはたくさんあるはずです。本プログラムが、双方にとって意外な発見になればと思います。思いもよらない出会いを楽しみにしています。
若松氏: 小野薬品とパートナー企業がWin-Winになることだけが、このプログラムのゴールではありません。患者さんとご家族の人生を変えていく、社会全体を変えていくことを共通のゴールとし、それを達成することを一緒に目指したいです。そうした意気込みで取り組んでいただける企業に来ていただければと思います。
藤山氏: 私たちが実現したいことは、患者さんたちが抱える苦痛を少しでも減らすこと。医薬品や治療の場面だけでなく、多くの場面でまだ解決されていない課題があると考えています。病気を克服するだけではなく、患者さんがより幸せに生きられるような取り組みにも注力していきたい。この想いに共感してくれる企業に応募してもらえると嬉しいです。
取材後記
日本で最も多い死因の一つであるがん(悪性新生物)。『オプジーボ』という画期的ながん治療薬を製品化した小野薬品が立ち上げたこのプログラムは、がんの治療だけでなく、患者やその家族のQOL向上を目指す、より高度な苦痛軽減に挑戦するものだ。創薬分野でのオープンイノベーションではないため、これまで医療に縁のなかった企業にも共創の機会が広がっている。実際に、小野薬品の新規事業子会社であるmichitekuが関西電力の子会社である猫舌堂を完全子会社化し、主にがんを経験された方に向けてデザインしたカトラリー(スプーン・フォーク)の販売等の事業も進んでいるという。自社の技術やアイデアを活かせる可能性があれば、ぜひ『HOPE-Acceleration 2024』に挑戦してみることをおすすめしたい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:加藤武俊)