地域のビジョンからどのようにイノベーションが生まれるのか?『科学技術・イノベーション白書』を読み解く【前編】
文部科学省は6月20日、政府で閣議決定された『科学技術・イノベーション白書』の令和5年度版をホームページで公開しました。本白書は科学技術・イノベーション基本法に基づき、政府が科学技術・イノベーション創出の振興に関して講じた施策を報告するものです。
例年どおり、年度ごとの話題を特集する第1部、そして年次報告の第2部からなる2部構成となっています。今年の特集は『地域から始まる科学技術・イノベーション』と題して、これまでの政府の施策の変遷を振り返り、地域が抱える課題や特性を活かしたイノベーション政策とその事例を紹介しています。
TOMORUBAではこの令和5年版『科学技術・イノベーション白書』を前編・後編に分けて特集していきます。前編の今回は、当白書の第1部『地域から始まる科学技術・イノベーション』について概要を解説し、有望な地域のイノベーション事例をピックアップして紹介します。
地域科学技術・イノベーション政策のこれまでと、成功事例
まず当白書の第1部の特集テーマに『地域から始まる科学技術・イノベーション』をチョイスした経緯として、首都圏への人口の一極集中とそれにともなう地域社会の担い手の減少、地方経済の縮小といった課題が挙げられます。
それだけでなく、常に変化する社会の中で、新型コロナウイルスの発生など新たな社会課題が次々と生まれていることもあり、政府は科学技術・イノベーションに重点的に投資してきました。
これらの観点から、地方大学を核としたイノベーションの創出、地域発のイノベーションを創発するスタートアップ・エコシステムの確立について第1部では詳しくレポートされています。
科学技術・イノベーション基本計画の変遷
科学技術・イノベーション基本計画の変遷をたどると、平成7年に科学技術基本法が制定されたところからはじまります。基本法第1期が平成8〜12年度に運用され、現在では第6期(令和3〜7年度)が運用されているところですが、期ごとの成果をざっくりとまとめると以下の通りとなります。
・第1期(平成8〜12年度):地域における産学官の共同研究体制の構築に向けた事業が開始
・第2期(平成13~17年度):地域の科学技術振興のための環境整備の必要性が示され、クラスター政策が開始
・第3期(平成18~22年度):産学官連携の下で世界的な研究や人材育成を行う研究教育拠点を形成するための事業などが推進
・第4期(平成23〜27年度):震災からの早期復興のためのイノベーション活動を展開できる枠組み構築。産学連携によるチャレンジング・ハイリスクな研究開発を支援する「革新的イノベーション創出プログラム」が開始
・第5期(平成28〜令和2年度):地方公共団体と大学を中心とするチームで地域の「未来ビジョン」を設定。た「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」に基づいた地方大学等の機能強化
・第6期(令和3〜7年度):スマートシティの展開。持続的な生活基盤を有する社会の実現を目指す
このように、地域科学技術・イノベーション施策のその対象も大学の学部・研究科単位から大学単位、大学を中心とした地方公共団体や企業も含む連合体、地方公共団体や地方公共団体同士の連合体といった形で、拡大を図っていることがわかります。特に、第5期以降は地方創生の観点から地域科学技術・イノベーションの貢献の重要度が増しています。
地方の大規模な科学技術・イノベーション拠点の事例
国内において、科学技術・イノベーションの拠点のなかには地域が主導して人材や施設を1箇所に集中させて大規模な拠点を形成する事例があります。
川崎市では「川崎市総合計画」に掲げるまちづくりの基本目標である「力強い産業都市づくり」の実現に向けて、「かわさき産業振興プラン」に基づく産業振興施策を推進しています。
市内には550以上の研究開発期間が集積しており、中でも世界最高水準の研究拠点が形成される『殿町国際戦略拠点キングスカイフロント』では、産官学が集いオープンイノベーションを推進する『ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)』があります。iCONMでは全ての医療機能が人体内に集約化される「体内病院」の構築を目指した研究が進められており、まさに世界最先端の医療の検証が行われています。
もうひとつ紹介されている神戸市の事例では、阪神・淡路大震災からの復興事業として『神戸医療産業都市構想』が推進されています。この構想では神戸市にある人口島ポートアイランドに先端医療技術の研究開発拠点を整備し、医療関連産業の集積を図っています。
構想から20年以上が経過し、多くの先端医療の研究機関や高度専門病院群、企業・大学の集積が進み、進出企業・団体数が362社(令和5年3月時点)、雇用者数が1万2,400人(令和4年3月時点)と、日本最大級のバイオメディカルクラスターに成長しています。
地域の特性や大学の強みを活いかした様々な科学技術・イノベーション
近年、地域の特性や大学の強みを活かし地域に貢献している事例があります。
平均寿命が全国最下位の青森県では健康づくりに注力しています。弘前大学では「岩木健康増進プロジェクト」と題して毎年1000人規模の弘前市民を対象とした合同健康調査を実施しています。17年間でのべ2万人程度の健康情報をビッグデータとして蓄積しています。
このビッグデータは個人のゲノムから生理・生化学、生活活動、社会環境に至るまでの網羅的なデータ構造を形作っており、世界でも類を見ない項目数・対象人数の多さとなっているそうです。
出典:地域の特性や大学の強みを活かした様々な 科学技術・イノベーション
また、北海道の岩見沢市では、人口減と少子高齢化が喫緊の課題となっていることから「経済活性化対策」を掲げています。同市では、平成5年頃より教育、医療や農業等の幅広い分野でICTに関する施策を展開し、市内での雇用を創出するなどの効果を上げています。
取り組みの一例として、岩見沢市や関連企業と連携した北海道大学が文部科学省のCOI STREAMとして採択された拠点『食と健康の達人』があります。同拠点ではICTを活用してプレママ(初めて妊娠した人)や乳幼児からお年寄りまですべての世代が健康な生活を送ることができる地域づくりに取り組んでいます。
市民から得たビッグデータを活用し腸内環境基盤研究により見出した健康の指標『αディフェンシン』によって在宅・遠隔妊産婦検診や宅食サービスを展開したところ低出生体重児が大幅に減少したという成果が出ています。
編集後記
地域から打ち出していく科学技術・イノベーションの成功事例を白書の中からピックアップして紹介しました。いずれの事例も成果を出すまでに長期的なプランを策定しており、難易度の高さがうかがえた。
第1部の「最後に」には「地域ビジョンからのバックキャストに基づく新たな価値創造につながる研究開発を、強化した産学連携機能の下で組織的に推進する必要があります」と書かれており、重要なのは地域が描くビジョンと、ビジョンの達成から逆算した戦略であることがわかります。すぐに成果が出るものではないので、成功事例に追随したい地域も、まずは腰を据えてビジョンを練り上げるところが肝になりそうです。
(TOMORUBA編集部 久野太一)