内閣肝入りの“スタートアップ育成5か年計画”で柱となる「オープンイノベーション推進」に盛り込まれた9つの具体策<後編>
岸田文雄首相は経済政策として「新しい資本主義」を掲げています。これは小泉純一郎元首相から続いた「新自由主義的」を是正し新しい社会を作ることを目的にした大きな方針転換と言えます。
新しい資本主義は4つの柱からなっており、それぞれ「人への投資」「科学技術・イノベーションへの投資」「スタートアップへの投資」「GX及びDXへの投資」へ積極的な投資をするというものです。
特に大規模な投資への期待がかかっている「スタートアップへの投資」については、岸田首相は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付けて、同年11月から「スタートアップ育成5か年計画」を打ち出しています。
本記事ではこのスタートアップ育成5か年計画を前編・後編に分けて徹底解説していきます。前編ではスタートアップ育成5か年計画の概要をまとめました。
参照記事:『スタートアップ5か年計画』で投資額を10倍の10兆円に!野心的な政策の背景や目的、“3つの柱”について解説<前編>
ーー後編となる今回は、スタートアップ育成5か年計画の中からオープンイノベーションにフォーカスしてより深堀した解説をしていきます。
スタートアップ育成5か年計画の3つの柱のひとつは「オープンイノベーションの推進」
前編のおさらいになりますが、そもそもスタートアップ育成5か年計画とは岸田首相の掲げる経済政策「新しい資本主義」の中に盛り込まれている経済成長戦略の枠組みです。これは社会課題の解決を成長エンジンとして、持続的な成長を遂げることを目的としているもので、まさにスタートアップの成長こそが目的の達成に資すると考えられます。
そこで、スタートアップ育成5か年計画では、スタートアップを今よりも劇的に成長させるための軸として「3つの柱」をたてています。
1.スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築
2.スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化
3.オープンイノベーションの推進
このように、3つ目の柱はオープンイノベーションの推進となっています。次章ではさらに深堀りしてみます。
参照ページ:スタートアップ育成5か年計画(案)
オープンイノベーションによって既存企業とスタートアップが共に成長できる環境を作る
3つ目の柱「オープンイノベーションの推進」はさらに、具体的に9つの取り組みまで細分化されています。
1.オープンイノベーションを促すための税制措置等の在り方
2.公募増資ルールの見直し
3.事業再構築のための私的整理法制の整備
4.スタートアップへの円滑な労働移動
5.組織再編の更なる加速に向けた検討
6.M&Aを促進するための国際会計基準(IFRS)の任意適用の拡大
7.スタートアップ・エコシステムの全体像把握のためのデータの収集・整理
8.公共サービスやインフラに関するデータのオープン化の推進
9.大企業とスタートアップのネットワーク強化
これらの取り組みはオープンイノベーションに挑戦するプレイヤーにとってどのような影響があるのでしょうか。
スタートアップ育成5か年計画の資料を読むと、3つ目の柱によってこれまでのイノベーションのセオリーを打ち崩そうとする姿勢がみられます。
資料では「旧来の破壊的イノベーションの議論は、旧来技術を用いてきた企業は新技術を用いて参入した企業に必然的に負けるとの議論であった。」と記載されており、これまでのイノベーションは旧来技術を持つ既存企業は新技術の前に敗れ去ってきた過去を振り返っています。
しかし、「最近の研究によると、旧来技術を用いてきた企業でもスタートアップと連携して新技術の導入を図った場合、持続的に存続可能であることが確認された。」と続けて書かれています。
要するに、旧来技術と新技術との対立構造ではなく、両社が協力しあうことで劇的な成果をあげることを狙っているのです。それを実現するために、上記の9つの取り組みが必要であるというわけです。ひとつずつ取り組みの詳細をみていきます。
1. オープンイノベーションを促すための税制措置等の在り方
スタートアップが大きく成長するシナリオのひとつに「スタートアップが事業会社で大きく成長する」ためにM&Aを促進する計画があります(主に2つ目の柱の取り組み)。
この取り組みはM&Aを促進するための税制を整備するもので、特にスタートアップの成長に資するものに限定したうえで、既存発行株式の取得に対しても税制措置を講じるという内容です。
2023年度までに税制措置のあり方、スタートアップと連携する研究開発税制拡充を議論し、その後ベンチャーキャピタルへの税制措置について検討する予定となっています。
2. 公募増資ルールの見直し
公募増資とはPublic Offering(PO)とも呼ばれる、一般の投資家から株式を募集する増資です。現在、日本証券業協会の自主規制において、「資金の充当期限が原則1年以内」等と定められていることが、大企業によるスタートアップへのM&Aの妨げの一因となっています。
今後、一律の資金の充当期限を撤廃するなど、自主規制を改正して、2023 年度中に施行する計画です。
3. 事業再構築のための私的整理法制の整備
コロナ禍で、日本企業の債務残高が増加し、債務が事業再構築の足かせになっていると考える企業は3割を超えています。ここでいう事業再構築とは、継続的な経営を可能とするために、債務の免除や支払条件の緩和等を含む債務の整理を行いながら、経営を再建することを指します。
今後、欧米のように、国内でも全ての貸し手の同意を必要とせず、裁判所の認可のもとで、多数決により権利変更を行い、事業再構築を行う法制度の整備を2023年度内に進める予定です。
4. スタートアップへの円滑な労働移動
スタートアップを成長させるためには、スタートアップに優秀な人材が流れる流動性を高めなければなりません。
その障壁となっている終身雇用を前提とした働き方、副業・兼業の禁止、新卒一括採用偏重といった雇用慣行を見直し、円滑な労働移動を目指します。具体的には以下の施策を走らせる計画です。
・スタートアップでの労働機会の拡大(労働移動の円滑化、リスキリング促進、構造的賃上げ)
・副業・兼業を推進する企業への支援
・スタートアップ向けの経営・法務・知的財産などの専門家による相談や支援の強化
・大企業が自らの知的財産・人材等の経営資源をスタートアップに切り出す場合等の情報開示・ガバナンスの在り方について検討を行い「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」を見直す
5. 組織再編の更なる加速に向けた検討
ここでいう組織再編とは主に「大企業からスタートアップがスピンオフ」することを指しています。大企業のアセットが持つ潜在価値を最大限活かすにはスピンオフの促進が重要になるため、スピンオフを行う企業に持分を一部残す場合についても課税の対象外とする措置を実施します。
6. M&Aを促進するための国際会計基準(IFRS)の任意適用の拡大
これは主にM&Aした際の「のれん」、つまり会計における「企業の買収・合併 の際に発生する、“買収された企業の時価評価純資産”と“買収価額”の差額」の処理に関する話で、この基準を国際会計基準(IFRS)の任意適用の拡大を促進するというものです。
これにより、のれん償却費が買収企業の収益を継続的に圧迫するという懸念が取り除かれ、企業によるM&Aを活発化させたい狙いがあります。
7. スタートアップ・エコシステムの全体像把握のためのデータの収集・整理
タイトルのとおり、スタートアップ・エコシステムの全体像を把握するための基盤を整備する施策です。これによって必要な政策を検討し、国際比較が可能なかたちで、実態調査を行うなどデータの収集・整理を図ります。
8. 公共サービスやインフラに関するデータのオープン化の推進
スタートアップは大企業と比べて情報収集に割けるリソースが少ないという課題があります。そのため、行政が保有する公共サービスやインフラに関する情報にアクセスし、自社の技術の活用可能性を検討することは容易ではありません。
この問題を解決するため、国及び地方公共団体において、スタートアップ等も利用可能な公共データについて、インターネット上で情報提供を行う計画です。
9. 大企業とスタートアップのネットワーク強化
オープンイノベーションを推進するには、何よりも大企業とスタートアップが交流する機会が必要です。
そのため、経産省が推進するタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」や、国内産業のイノベーションの創出及び競争力の強化に寄与することを目的に設立された「JOIC(オープンイノベーション協議会)」などを通じてネットワークの強化をはかる支援を促します。
編集後記
スタートアップ育成5か年計画の3つ目の柱「オープンイノベーションの推進」について解説しました。どれだけ政府がオープンイノベーションへ注力しているかがよくわかる内容になっていたと思います。全方位的にオープンイノベーションの在り方が変わっていきそうですが、特に目立っているのはスタートアップ先進国の基準に追いつこうとしている動きです。税制や増資についてはルールが目まぐるしく変わっていくことが予想されるので、しっかりとキャッチアップすることが重要になるでしょう。
(TOMORUBA編集部 久野太一)