【インタビュー】新たな産学連携のカタチ――AI活用への課題を根本から解決する錬金術師「AIアルケミスト」とは。
「AI(人工知能)」に関わるニュースを目にしない日はない。大企業からスタートアップまで様々なプレイヤーが市場に溢れ、「将来的には多くの仕事がAIに奪われる」という恐ろしい話もよく耳にする。“便利なもの”という認識はあるが、漠然と脅威を感じている人も多いのではないだろうか。AIを取り入れなければ、時代に置いて行かれるということは分かる。しかし、具体的にどのように活用すればいいのだろう?そもそも、AIってなんだ?――そうした企業の悩みに応えるべく、AIスタートアップのストックマーク株式会社が新たな取り組みを始めようとしている。
同社は、東京大学大学院情報理工学系研究科におけるテキストマイニング・ディープラーニング研究をベースに、2015年の4月にスタートした東大発ベンチャー。AIの学術的なバックグラウンドと大企業でのビジネス経験を併せ持つ人材が中心となり、最先端のAIテクノロジーを活かした企業向けWEBニュースクリッピングサービス「Anews」を開発。経済産業省、帝人、セブン銀行、博報堂、三菱商事、リクルートなど、550社の情報収集・ナレッジシェアの効率化を支援している。
「Anews」を導入するのは、アンテナが高くAI活用に積極的な先進企業だ。しかしそうした企業でさえ、AI導入において多くの壁にぶつかっているという。この状況を打破すべく、IBMにてAI活用のコンサルティングを行ってきた森住祐介氏が、2018年1月にジョイン。ストックマークの技術アドバイザーである東大の矢谷浩司准教授と共に、企業のAIプロジェクトをサポートする「AIアルケミスト」という新サービスを立ち上げる。――日本企業が抱えるAI活用の課題を、森住氏と矢谷氏はどのように解決しようとしているのだろうか。お二人に話を聞いた。
▲ストックマーク株式会社 チーフアルケミスト 森住祐介氏
▲技術アドバイザー 東京大学 工学系研究科 電気系工学専攻 学際情報学府 先端表現情報学コース(兼担) 准教授 博士 矢谷浩司氏
企業が抱える「AI活用の壁」を壊していくためのサービス
――まずは、お二人がストックマークにジョインしたきっかけを教えてください。
森住氏 : 前職のIBMでは、様々なスタートアップの開発支援や、大企業のAI導入コンサルティングを行っていました。AIスタートアップとも数多くの接点を持っていましたが、ストックマークのようにBtoB向けのAI活用に取り組んでいるところはほとんどありません。当時、大企業の役員とも話す機会が多く、その中で企業のAI活用における課題を実感していたため、ストックマークのビジネスに大きな可能性を感じたのです。
またAIをビジネスに活用していくには、学術的なバックグラウンドと、ビジネスの感覚、双方が必要です。ストックマークには、それを併せ持つメンバーがいる。そこが面白いと思いました。
矢谷氏 : 私は東京大学で、UI/UXの研究に従事しています。現在は特にAI技術やIoTシステムのアプリケーションサービスに重点的に取り組んでいますが、そのテーマの1つとして、知的生産性の向上、ビジネスパーソンの業務効率化があります。技術とユーザーとの接点をデザインする上では、ユーザーの現場を知ることも必要です。そこで、学術的な観点から現実世界の問題にアプローチする手法を提案していきたいと思い、技術アドバイザーとしてストックマークに関わるようになりました。
研究室の学生にとっても、机上の空論に終始せず応用例を見据えた技術開発研究に携わる良い経験が積めるのではないかと考えています。
――AI活用において企業が抱える課題とは、具体的にどのようなことなのでしょうか?
森住氏 : 「社内の理解がなく、なかなか進められない」、「小さく始めたいが、ベンダーに相談したら高額な見積もりを出され頓挫した」、「そもそもAIで何ができるのか分からない」など、さまざまな壁に阻まれて導入が進んでいかないという声があります。
――なるほど。
森住氏 : 特に「理解がない」という課題は深刻ですね。AIは、従来の枠組みを超えたまったく新しいものですから、企業においても強力に推進していく「0→1」の人材が不可欠ですし、トップコミットメントも欠かせません。しかしながら現在の企業トップの多くは、既存事業を効率化させスケールさせてきた「10→100」の人材。
テクノロジーを経営と結びつけて考えられず、ITも所詮効率化のツールだと捉えてしまっていました。その姿勢こそが、今日の日本のITリテラシーを下げてしまっている要因だと思います。IBM時代にも、グローバルから「日本人はクリエイティブでクレイジーなのに、ITリテラシーが足りないよね」と指摘を受けることがよくありました。
ましてやAIは、より経営と直結させていくことが必要です。それなのに「既存ビジネスを破壊するのではないか」と、受け入れられなかったりするわけです。そこで私たちはコンサルティングビジネスという形でご支援しながら、お客様の社内でAI人材を育成し、企業文化をまるごと変えてAI活用を推進していきます。
――ちなみに森住さんはチーフアルケミストという珍しい肩書です。“アルケミスト”(錬金術師)とした理由は?
森住氏 : 「まったく新しいことをやっていく」という意味を込めています。AIの登場により、人間の左脳が司る領域のみならず、右脳の領域も処理できるようになりました。そうなると、左脳を使って論理的に考えるだけではなく、まったく使ってこなかった右脳でビジネスを創造していかねばなりません。そこでは、錬金術師のような存在が啓蒙しつつ、新しいビジネスを立ち上げていかねば日本の競争力は弱くなる一方だと感じています。
新しい時代を担う優秀な学生のアイデアを取り入れる、他にはない試み
――「AIアルケミスト」では企業のAIプロジェクトをサポートするということですが、具体的にはどのように企業をサポートしていくのでしょうか?
森住氏 : AIアルケミストプログラムとしては、大きく4つのプロセスがあります。まずは「デザインシンキング」によるアイデア創出。そしてアイデアを具体化する「プロトタイピング」。ここでは矢谷研究室の学生さんにも協力していただきます。次に、優れたスタートアップの技術とのオープンイノベーションを支援する「マッチング」。私たちは自然言語処理の領域は得意ですが、他の領域の場合は他のスタートアップを紹介して推進していきます。最後に、AI推進人材を育成するための「トレーニング」です。
先ほども話しましたが、AIは社内を巻き込み強力に推進していく「0→1」の人材がいなければ広まっていきません。そこで担当者をAI人材に進化させるサポートを行います。これらをトータルでサービス提供する場合もあれば、お客様に必要なサービスだけ個別に提供することもあります。
AIは、特定の企業が利益を独占するのではなく、すべての企業にIT活用と同じようなレベルで浸透させていかねばならないと私は考えています。そこで「AIアルケミスト」では大きな利益を出すというよりは、決裁が通りやすいリーズナブルな価格に設定しています。
――既に興味を持っている企業もあるそうですね。
森住氏 : 大企業20社ほどが興味をもってくださっています。そのうち3社とは、今月から実システムの開発をスタートしています。
――AIアルケミストの強みはどのようなところでしょうか?
森住氏 : お客様と共にデザインシンキングやプロトタイプ開発を行うサービスは既存のベンダーにもありますし、今後も色々出てくるでしょう。しかし私たちが提供するトレーニングでは、中長期的な視点でAI推進・テクノロジー開発ができる人材を育成していきます。ベンダー任せにしていては、AIは根付いていきません。クラウド、AI、IoTなどのテクノロジーをしっかり使いこなせるような企業文化を育てていくことが、今の日本企業には必要なのです。
――矢谷研究室の協業体制も強みと言えそうですね。
森住氏 : はい。矢谷研究室に在籍する学生さんの面白い視点やアイデアでUIデザインができるというのは、非常に大きな強みですね。今、優秀な学生との接点を求める企業がとても多いです。企業の中で新たなAIサービスを開発しようとすると、どうしても既存ビジネスの延長になりがちですが、学生さんはその枠を軽く飛び越えていくんですよね。こうしたアプローチのサービスは、他にないと思います。
――矢谷先生も、実際に企業と接するなかで学生のアイデアに対するニーズを感じていらっしゃいますか?
矢谷氏 : そうですね。若い学生がアイデアを出しつつプロトタイプ開発をすることで、企業に対して良い刺激を与えられたら嬉しいですね。それに、「AIアルケミスト」のように新しい技術や学術的な視点を取り入れながら、世間に使ってもらえるビジネスを提案していく取り組みは珍しいと思います。また、学生からしてもビジネスの現場に関わることは大きな刺激になります。大変ありがたい機会ですし、ここから従来とは異なる産学連携の在り方を創っていけるのではないでしょうか。
さらには学術界に対しても、価値を発揮できる取り組みです。私たちがビジネスの最前線でユーザーのニーズを知ることで、「リアルな世界ではこのようなことが起こっている。今後はこうしたUIデザインを考えていかねばならない」と学術界にフィードバックを行うことで、技術の発展に貢献できるのではないかと考えています。
文書やデータでは説得できない。「変化が起きている場」を体感させる!
――AI活用において、「社内やトップの理解を得られない」という課題がありましたが、オープンイノベーションにも共通していると思います。担当者は、どのように社内を説得し、啓蒙を推進していけばいいでしょうか?
森住氏 : 担当者は、孤立してはいけないと思います。自分1人、社内だけで何とかしようと考えず、外部のイベントに社内の人を連れ出したりして、変化が起きている現場を生で見せるのが一番ですね。
特にトップは多忙であるがゆえに、データや文書での報告などで済ませてしまうケースが多いです。しかし、それでは世の中の変化を腹落ちさせることはできませんよね。ですからとにかく外に連れ出して、雰囲気とか場の空気とかを体感させないと。「あなたたちがまったく知らない、新しい世界になってるんですよ」を、リアルに認知してもらうんです。
また、組織体系によっては役員のさらに上を説得することも有効だと思います。いずれにせよ、単に「新しいサービス作りました!」だけでは到底会社の文化は買えていけません。変革推進の担当者は、政治力、共感力、マーケティング力など様々なスキルが必要とされるポジションです。
――矢谷先生も、様々な企業と共同研究などに取り組む中で、AIがなかなか浸透していかない現状を目の当たりにすることがあるかと思います。そうした企業へアドバイスをお願いします。
矢谷氏 : 大企業の場合、長期的な計画を立てて実行する傾向がありますが、はじめから全社的に大きくやろうとせず、まずは小さく始めてスピーディーにサイクルを回すことが大切です。今はAIもIoTも、比較的簡単にプロトタイプが作れるようになりました。学生でも2カ月あれば、そこそこのモバイルアプリを作っている時代です。ですからまずはスモールスタートで、どんどん大きくしていくのがいいと思います。私が携わっている共同研究でも、そうしています。
取材後記
「AIに仕事を奪われるのは、現場の労働者だけだと思っていないだろうか。いや、違う。無自覚な経営者こそが、仕事を奪われる」――。これは、森住氏の言葉だ。
もはや如何なる企業も、AIから逃れられない。ITと同じように、いやそれ以上にビジネスに変革をもたらす。企業経営と密接に関わっていく。テクノロジーの発展スピードについて行けず、AIを既存ルールの範疇でしか捉えられない経営者は、AIの価値を存分に引き出し新しいビジネスを創造できる若手に、早晩その席を明け渡さなければならなくなるという。
これは、「現場の仕事がAIに奪われる」というより、リアルな話ではないだろうか。そしてこれは、「AI」を「オープンイノベーション」に置き換えても同じことが言えるのではないだろうか。変革を第三者に任せず、自分ごととして捉え、周囲を巻き込み会社を変えていく。そんなアルケミストが、求められている。
(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)