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マリン首相も北欧イノベーションを鼓舞! 【Slush 2022】に見る活況な欧州スタートアップエコシステム

マリン首相も北欧イノベーションを鼓舞! 【Slush 2022】に見る活況な欧州スタートアップエコシステム

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2022年11月17・18日、フィンランド・ヘルシンキでスタートアップの祭典「Slush 2022」が現地開催された。昨年はパンデミックの影響により規模が縮小されたが、今年は制限なし。

国内外から4,600人のスタートアップ起業家、2,600人の投資家、400人のメディアが参加し、約12,000人が来場と、パンデミック以前のような活況ぶりを見せた。特別ゲストとしてサンナ・マリン首相も登場し、会場を沸かせた。


▲近未来をイメージさせる空間設計は、いかにもSlushらしい(提供:Slush ©Pasi Salminen)


▲飲んで騒ぐ、お祭り的な要素。これもまたSlushらしさ(提供:Slush ©Julius Konttinen)

今年3月に北欧から東京に拠点を移した筆者は現地訪問はできなかったものの、公式ホームページで公開中のアーカイブ映像により、当日の様子をうかがい知ることができた。世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第35弾では、「Slush 2022」から見えた“活況な欧州のスタートアップシーン”をお届けする。

1億7,000万食の廃棄を防いだToo Good To Goの軌跡

Day1のセッションに登場したのは、フードロス削減をビジョンに掲げ、2016年にデンマークで創業した「Too Good To Go」。CEOのMette Lykke氏は、フィットネス領域の創業者として成功を収めた後、創業したばかりのToo Good To GoのCEOに就任した経歴の持ち主だ。


▲「Slush 2022」に登場したCEOのMette Lykke氏(提供:Slush ©Tanu Kallio)

同社のサービスは、飲食店やスーパーマーケットなどの売れ残りを低価格でユーザーに提供するもの。同アプリを利用する事業者から利用料を徴収するビジネスモデルだ。

現在、欧州や米国など17カ国でサービスを展開し、利用店舗は128,000件、ユーザーは6,700万人にのぼる。これまでに1億7,000万食のフードロスと4億2,500万キログラムに相当するCO2を削減したという。

今日の欧州で当たり前のように浸透している同サービスだが、その道程は平坦ではなかった。Lykke氏は、次の5つのフェーズを「自社の出発ポイント」として挙げた。

#1 コンセプトの提供

#2 基礎を築く

#3 素早く拡大

#4 コロナ禍でのフードロスとの戦い

#5 効率的な成長と自立


▲#1で高速スケールしたものの混乱に陥り、#2でスローダウン、土台作りに集中した(Too Good To Goのスライドより)

スタートアップにとって迅速な事業拡大は重要だ。一方で、Too Good To Goの学びとして語られていたのは、迅速すぎるスケールにより混乱が生じたことだった。運用開始から1年で10ヵ国にサービスを拡大したものの、同じミスが繰り返され、現場の課題感は明らかだった。

そこで、1年間は新たな国に進出せず、土台作りに専念。そして基礎が固まった2018年、比較しやすいオランダとベルギーの2ヵ国で、まったく異なる方法で進出した。これは、次の市場参入を成功させるためのABテストであり、結果的に2ヵ国はまったく異なる発展を遂げた。この経験で得た教訓をもとにプレイブックを作成、それを活用し、さらなる開拓を成功に導いたという。

その後、パンデミックの初期には、飲食店の閉鎖により10日間で売上の60%を失った。しかし、既存の投資家からの資金調達に成功したことで、ほぼすべての人員を維持。その5ヵ月後には需要が復活し、順調に拡大を続けている。Lykke氏は、「今月にも黒字化を達成できそうだ。それが当社の自立にあたる」と話した。

最後に、「もしあなたに意欲と才能があるのなら、世界に良い足跡を残せるようなことを選んでほしい」と締めくくった。

ユニコーン3社に学ぶ北欧流リーダーシップ


▲登壇者は、2006年創業のSpotifyで約8年マーケティング担当グローバルディレクターを務めたSophia Bendz氏(写真左から2番目)、2010年創業のSupercellのCEO、兼共同創設者 Ilkka Paananen氏(写真右から2番目)、そして2014年創業のKryの共同創業者であり、約5年CEOを務めたJosefine Landgard氏(写真右)(提供:Slush ©Petri Anttila)

続いて、北欧ユニコーン3社の現リーダー、及び元リーダーが登壇した注目セッションの内容を抜粋して紹介したい。「北欧のリーダーシップの特徴」について、Spotifyの元リーダーだったBendz氏は、次のように話した。

「常に自分より優秀な人を雇うように努め、メンバーに自律性と信頼を与えています。Spotifyでも、オープンで透明性の高い文化を保ちながら、ミッションの達成に向けて共に楽しんでいました。

北欧のリーダーはアメリカなどに比べて控えめな印象があるかもしれません。しかし、自分が権力を持って他者をコントロールするより、数歩後ろに下がって、周囲が成長できる環境をつくるほうが会社全体の成長につながります。メンバーが想像以上の力を発揮する姿を見るのは、鳥肌が立つような瞬間なんです」(Bendz氏)

SupercellのCEOであるPaananen氏は、リスクを取ることを推奨する必要性に触れた。

「当社では、メンバーが失敗をしたとき、シャンパンで祝うような文化を作っています。なぜならチームが最大限の力を発揮するためには、心理的安全性を高め、リスクを取ってチャレンジすべきだからです」(Paananen氏)


▲フィンランド発「Supercell」は、世界的に名を知られるゲーム企業だ(提供:Slush ©Petri Anttila)

Kryの共同創業者であるLandgard氏は、「公平な姿勢」を大事にしているという。

「"No bullshit policy"(嘘偽りのないポリシー)という言葉は、私にとって大切です。そして、誰に対しても公平であること、持続可能な行動をとること。それが私の核心であり、常に心がけていることです」(Landgard氏)

イノベーション資金をGDPの4%に。マリン首相の主張

毎年豪華なゲストが登壇するSlushに、今年はサンナ・マリン首相が登場。ビッグゲストのセッションに多くの聴衆が耳を澄ませた。インタビュアーを務めたのは、Slush の現CEOであるEerika Savolainen氏。イノベーションを促進するうえで、政府の役割とは何か。欧州は、どんな未来に向かって歩むべきか。そんな問いに、マリン首相は力強くコメントした。


▲全身黒の衣装で登場したマリン首相は、身振り手振りを加えて熱心に訴えかけた(提供:Slush ©Petri Anttila)

冒頭では、予想外の事態に見舞われたここ数年に言及。矢継ぎ早に手を打ち、欧州の行動力を証明した一方で、明らかになった脆弱性にも触れた。

「パンデミックにおいて、私たちは中国をはじめとするアジア諸国からの輸入医薬品にいかに頼っていたかを目の当たりにしました。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻では、ヨーロッパ全体がエネルギー問題で大きな打撃を受けています。ロシアのエネルギーに依存しすぎたことは、我々の明らかな過ちでした。一朝一夕には変えられませんが、この依存関係はきっぱりと断ち切るべきです」(マリン首相)

続く主張こそ、マリン首相がSlush参加者にもっとも伝えたい内容だ。将来同じ過ちを繰り返さないためには、テクノロジーに投資して自国の技術や生産能力を高め、民主主義国家との良い協力関係を築き、惰弱性を克服しなければならない。


▲現在37歳のマリン首相は、女性同士の同性カップルに育てられたレインボーファミリーの出身だ(提供:Slush ©Petri Anttila)

その具体的な施策として、マリン首相が挙げたのが「​​2030年までに研究開発、およびイノベーションのための資金をGDPの4%まで引き上げる」こと。

「これは、フィンランドにとって非常に刺激的で野心的な目標です。欧州すべての国が同様の目標を達成すれば、私たちは世界の競争にも勝てるでしょう。ここにいるみなさんには、お互いに議論し、協力してさらなるイノベーションを目指してほしい。

テクノロジーの発展に加えて、すべての子どもたちが何にでもなれる社会、環境の観点からも持続可能な社会でありたいとも考えています。このような変革をいち早く行う国は、世界でもっとも優れた競争力を持つはずです」(マリン首相)

首相がスタートアップイベントに登場して、自らの言葉でテクノロジーの重要性、国家としてスタートアップを後押しすることを主張する。イノベーション創出に励む参加者にとっては、気持ちが奮い立つような瞬間だったかもしれない。

恒例のスタートアップピッチ、優勝は誰の手に?

Slushといえば、毎年恒例のスタートアップピッチ「Slush 100」も見逃せない。事前審査、準決勝を勝ち抜き、決勝に進出した上位3社が、最終日のメインステージでピッチを披露。ヨーロッパの5大アーリーステージファンドの審査により、優勝が決定する。優勝企業は、100万ユーロ(約1.5億円)の投資やメンタリングを受けられる。

今回、決勝に進出したのは、移住プロセスをスムーズにするグローバルモビリティプラットフォームを提供する「Immigram」(イギリス)、施設等のアクセシビリティ情報を集め障害者に提供する「Sociability」(イギリス)、モバイルファーストのWebサイトの構築、広告連携等が数クリックでできる「Zeely」(ウクライナ)の3社だ。


▲自身も移民としてイギリス移住の煩雑なプロセスを経験した「Immigram」のCEO、Anastasia Mirolyubova氏(提供:Slush ©Tanu Kallio)


▲「Sociability」の創業者Matt Pierri氏は、「施設の正しいアクセシビリティ情報を見つけられる確率は平均で14%のみ」と訴えた。自身も車椅子ユーザーだ(提供:Slush ©Tanu Kallio)


▲「Zeely」からはCCOのAlina Bondarenko氏が登壇。AIを活用したオムニチャネルマーケティングなどに強みを持ち、米国などから6000人のユーザーを獲得(提供:Slush ©Tanu Kallio)

審査の結果、2022年の優勝者は、移民向けのグローバルモビリティプラットフォームを提供する「Immigram」に。優勝理由は明確にされていないが、移民市場が拡大しているという将来性に加え、社会課題の解決につながる点が評価されたのかもしれない。

※2022年12月1日追記

「Immigram」の優勝後、同社のロシアとの関係性が批判を浴び、結果的にSlushは、11月21日に「Immigram」の優勝を取り消した。Slushの公式Twitterでは、その理由を「Immigram」がロシアで運営されているためと説明。ピッチに参加したファンドへ投資を引き上げるよう要請しているという。

ウクライナのテックメディア「AIN.Capital」では、「Immigram」が100%ロシア人チームで構成され、そのうちの何人かは現在もロシアに在住していること、ロシア人がイギリスに移住するための移住プロセスを支援していることなどに触れ、「物議をかもす決定ではないか」と訴えている。

(筆者より)今回の発表はSlushのTwitterで公表され、公式サイトではそのニュースが見当たりませんでした。メディアパスを取得していた筆者のメールアドレスにも、その連絡は届きませんでした。これらの理由から事態の把握、及び訂正が遅れましたこと、お詫びいたします。


▲登壇したMirolyubova氏は、全員とハグをして喜びを分かち合っていた(提供:Slush ©Petri Anttila)

同社は、以下のように自社ビジネスの可能性を主張した。

「過去30年間で移民市場はほぼ倍増し、国際連合の加盟国では2億3千万人の移民を受け入れました。そのうち約80%は高度な技術を持っています。世界的に人材不足は深刻化していますが、人材市場の移住プロセスを自動化するサービスは見当たりません。

現在ベータ版をリリースしており、年始には本格的なサービスを開始予定です。BtoC、BtoBのどちらにも販売可能で、来年はイギリスの大企業と大きなプロジェクトを開始する予定です」(Anastasia Mirolyubova氏)

大盛況の内に幕を閉じた「Slush 2022」。会場では無数の化学反応が生まれたことだろう。北欧のスタートアップエコシステムの勢いに比例するように、Slushはますます目が離せないイベントになりそうだ。

編集後記

例年にも増して豪華だった「Slush 2022」。会場に足を運び、その熱気を肌で感じたかったのは言うまでもない。近年の欧州スタートアップイベントでは、多様性が目立つ。登壇者の多くが女性となり、多様な社会を支援するための起業アイディアが増えた。今回でいえば、移民を支援する「Immigram」がまさにそうだ。フィンランドで起業ビザを2度申請し、却下された経験を持つ筆者視点で、「まさに私が欲しかったサービス」だと感じた。

※2022年12月1日追記

本文記載の通り、後日「Immigram」の優勝は取り消された。Slushは若手メンバーで構成されたフレッシュなチームで、失敗を重ねて歴史に残るイベントを築き上げてきた。今回の事態は前代未聞だったかもしれないが、学びを得て、より良いイベントになっていくことを願う。

(取材・文:小林香織


シリーズ

Global Innovation Seeds

世界のスタートアップが取り組むイノベーションのシーズを紹介する連載企画。