個と個のつながりが、イノベーションを引き起こす。角勝が公務員の看板を脱ぎ、描きたかった未来図とは。(前編)
大阪市を退職した角勝氏は、公務員という枠組みを超え、オープンイノベーションに対する本格的な支援やハッカソンの企画・運営に乗り出した。独自のネットワークを活用しながら、日本全国を舞台に活動を展開。オープンイノベーション支援のスペシャリストでもある角氏に、事例や成功に導くための秘訣を伺った。 株式会社フィラメント 代表 角 勝 Masaru Sumi 1972年島根県生まれ。関西学院大学で歴史を学んだ後、大阪市に入職。在職中にイノベーション創出を支援する施設「大阪イノベーションハブ」の設立・運営に携わったのちに2015年3月大阪市を退職。各地でオープンイノベーションの支援、ハッカソンの企画運営を行っている。
■地方こそ新しさを求めている。
――角さんは数多くのオープンイノベーションの支援を手がけていますね。 角:以前に公務員をしていた関係で、自治体から多くの依頼を受けています。ただ、ハッカソンなどのイベントを行うこと自体が目的ではないんですよね。僕が行ってわあっと盛り上がってそれで終わり、では意味がないんです。イベントを行うのは、新しいものを作ること自体を楽しいと思ってもらって、クリエイティブなことを面白がれる人たちのネットワークを作り、コミュニティとして自走してもらうことにあります。 ――具体的な事例をご紹介ください。 角:具体例としては二つあります。一つ目は、関西のテレビ局・MBS(毎日放送)が開催している「Hack On Air 〜MBSハッカソン〜」です。ITに疎い社員も少なくないテレビ局内で、「引き出し」を増やしながら人脈・ネットワークの構築を目的として、このハッカソン企画が立ち上がり、支援をさせていただきました。公募で集めたチームにMBSの社内クリエイターをジョインさせることで、そのクリエイターたちの意識が確実に変化して行ったのです。組織を離れて参加してもらったハッカソンは、普段使っていない筋肉を使う場。ある意味でストレス発散にもなり、社員の意識変化・組織変化を促進させることのできた事例になったと思います。 ――もう一つの具体例は? 角:新潟県の燕市で、金属の端材を用いたアイデアソンとプロトタイピングを行いました。燕市は金属加工で盛んな町で、その特色を活かそうとしたんです。金属加工を仕事にしている人や学生、IT関係の人、メーカー勤務の人が参加してくれました。想定しているより大勢の人が来て、もう皆ノリノリです(笑)。新しいことに対してとても敏感で、期待もヒシヒシと伝わってきました。 ――イノベーションというと、東京や首都圏で活発なイメージがありますが、地方でもいつも盛り上がるのですか。 角:「イノベーターやアーリーアダプターは地方にはいない」とつい思ってしまうけど、どこにでも一定割合以上はいます。イベントを開くと、閉塞感を覚えている人が新しい風を感じてワクワクしながら参加してくるんです。むしろ、地方にいる人たちのほうが飛びついてきます。中でも、事例に挙げた燕市は市長を含めて、新しい動きへのコミット力はとても強いです。次の開催も決まっていて、11月には燕市の家電メーカー、ツインバード工業さんと一緒に、TSUBAME HACKというアイデアソンを行います(※)。家電メーカーにアイデアを提案できるということでとても楽しみにしています。家電、大好きなんですよ(笑)。 ※「TSUBAME HACK」は11月5日に開催。http://www.city.tsubame.niigata.jp/industrial/100157201.html――地方ならではの良さみたいなものはありますね。 角:東京や首都圏よりコミュニティが作りやすいと思います。絶対数そのものは少ないので、強固な結びつきを作りやすいんです。僕も関西を拠点にしているので、関西でオープンイノベーションをやっている人とはだいたいつながっています。初めて会った人でも、共通の友達が150人いるとか。一人ひとりのキャラクターもとても目立ちますよ。
■メディアがない。だからこそ、Facebookをフルに活用した。
――反対に不利な点はありますか。 角:地方には、メディアがほとんどありません。日本中どこを探してもこれだけメディアがひしめき合っているのは東京だけなんです。大手メディアと言われて、パッと思いつくのはほとんどが東京を拠点にしていますよね。日本第二の都市の大阪ですらメディアがなくて、話題を取り上げてもらって全国に伝えるのは容易なことではないんです。 ――それに対し、何か対策はありますか。 角:Facebookを活用しています。大阪イノベーションハブを作った時に、どうにかして宣伝したいと考えて、Facebookをメディアにすることを思いついたんです。公務員時代には土日にITの勉強会などに足を運んで、施設(大阪イノベーションハブ)のビラを配りながら名刺交換をしまくりました。1日40人くらいと名刺交換できるので、その日のうちにFacebookで友達申請をします。大変でしたけど、半年くらい続けて約1000人の友達ができました。 ――今はどのくらいの友達がいるんですか。 角:だいたい4000人で、フォロワーが500人くらいです。友達が1000人になったところで、メディアとして力を発揮できてきたと感じています。 ――友達を集める以外に、具体的にはどのように利用していますか。 角:普段から広告のようなことばかり書いていてもダメで、自分がどんな人間でどんな価値を持っていて、どんな世の中にしたくてどんな仕事をしているか、じわじわと伝えていきます。他の人の記事をシェアするときも、自分の意見を明記します。そうすると一種のキュレーションメディアのようになるんです。共感が生まれ、コメントが書き込まれることもあります。やり取りを行うと、インタラクティブなメディアにもなります。 ――角さんは公務員でしたが、やはり公務員をしていたころのほうが、多くの人とつながりやすかったなどはありますか。 角:正直なところ、公務員の看板を脱いだらやりにくくなるのでは、と考えました。でも、日ごろ付き合いのある人は、その看板を見て付き合ってくれているのではないという確信めいた気持ちがあったのも事実です。特にFacebookは個人と個人のつながりを生み出します。実際、公務員を辞めたという話をしたら、これでビジネス的な話ができると喜んだ人もいるほどですから。オープンイノベーションは個人と個人の信頼関係が前提になり進めることなので、仕事がやりにくくなったとかもないですね。今は、組織の枠組みを取っ払い、真っ白な地図に自分で未来図を描いていけることに、ワクワクしています。日本や世界を一歩先に進めることに人生を使えるのがうれしいです。
大阪市職員から起業し、関西を含めた地方エリアで数々のオープンイノベーション支援やハッカソンを企画・開催している角氏。東京圏にいると見えにくい、地方エリアのオープンイノベーションの実態や、メディアの活用の仕方を伺った。 今後、オープンイノベーションを生み出す「共創」パートナーとして、地方エリアに目を向け、アプローチしていくことも有益な手段になるだろう。 次回掲載のインタビュー後編(11/8公開)では、オープンイノベーションの課題点について語ってもらった。 (構成:眞田幸剛、取材・文:中谷藤士、撮影:加藤武俊)