飲食店の食品廃棄物をITで削減。世界一男女平等の国・アイスランド発「GreenBytes」が期待されるワケ
毎年ヨーロッパ全土から1,500人以上が参加するスタートアップイベント「EU-Startups Summit」。2022年は5月12〜13日にスペイン・バルセロナで現地開催、1,700人以上が集ったという。
イベントの恒例プログラムである「ピッチコンテスト」では、1,300人以上の応募者から選ばれた15のスタートアップがピッチを繰り広げた。その結果、2020年にアイスランドで創業した女性チームの「GreenBytes」が優勝。125,000ユーロ(約1,800万円)相当の賞金パッケージを獲得した。
なぜ、ヨーロッパで「GreenBytes」が期待されるのか。ーー世界の企業が取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第26弾では、「GreenBytes」の共同創業者の一人であり、CEOを務めるメキシコ人のRenata Bade Barajasさんに創業の背景と事業戦略を聞いた。
在庫を追跡し、売上を予測。「最適な発注」へ導く
GreenBytesが解決しようとしている課題は、飲食店における食品廃棄物、特に原材料の過剰注文による廃棄物の削減だ。同社が開発するプラットフォームは、各飲食店の「注文すべき原材料の適正量」をアルゴリズムが導き出し、同時に注文データの送信も行える。
ユーザーである飲食店側が行うのは、「販売するメニュー」と「原材料の在庫」をプラットフォームに登録する作業だ。すると、ソフトウェアが在庫を追跡し、機械学習アルゴリズムを使って将来の売上を予測。この予測とメニューの内訳をもとに、注文すべき原材料の適正量が提案される。ユーザーが提案を承認すれば、すべてのサプライヤーに注文内容が送信される仕組みだ。
▲GreenBytesの公式ホームページより
「機械学習アルゴリズムには、過去の売上、天候データ、曜日や時間による変動などが含まれます。これらすべてを基に、今後数日間にどのメニューがどのくらい売れるかを予測し、必要な原材料の量を判断します」(Renataさん)
競合と比較した優位点について、「売上予測だけでなく、発注の提案・注文まで自動化する点」だとRenataさんはいう。
「ヨーロッパ内に競合と呼べる企業はいくつかあり、私たちは彼らのアルゴリズムを把握しているわけではありません。ただ、売上予測をもとに発注すべき原材料の提案に落とし込んでいる点は違いといえます。1つの原材料を複数のメニューに使用することは多くありますし、トレンドや天候などさまざまな環境要因にも配慮して、発注数を判断するのは時間がかかります。弊社のソフトウェアは、そういった複雑性に対応できる精度の高いアルゴリズムだと考えています」(Renataさん)
月額約120万円の経済効果、251kgの食品廃棄物を削減
GreenBytesが提供するプラットフォームは、セットアップの初期費用(クライアント自身が設定する場合は不要)に加えて、月額利用料を支払うサブスクリプションモデルとなる。メニュー数やレストランの店舗数に応じて、金額が変動する。
現状の製品はパイロット版となり、ユーザーのフィードバックをもとに改善を重ねているため、月額利用料は1拠点あたり67ユーロ(約9,600円)と低く設定されている。現在はアイスランド国内での提供に限られ、16の飲食店で利用実績があるそうだ。
GreenBytesが実施したケーススタディによれば、中規模のレストランで月額8,479ユーロ(約120万円)の経済効果があり、251kgの食品廃棄物を節約できたという。Renataさんいわく、8,479ユーロは現地飲食店の2人分の月額給与に相当するとか。
▲フィンランドには“ゴミゼロ”をコンセプトにするレストラン「Nolla Restaurant」があるが、創業者は「食品廃棄物をなくすのは並大抵ではない」と話していた(筆者撮影)
コスト削減はもちろん、在庫管理や発注関連の作業をほぼ自動化できるため、時間の節約にもつながるだろう。飲食業界に与えるインパクトの大きさ、サステナビリティの推進力こそ、「EU-Startups Summit」で評価されたポイントだったようだ。
European Commission(欧州連合)の公式ホームページによれば、EUでは年間約8,800万トン(1日あたり約24万トン)の食品廃棄物が発生しているという。一方、消費者庁の公表によれば、日本の食品廃棄物等は年間2,531万トン(1日約7万トン)、そのうち本来食べられるのに捨てられる食品ロスは600万トンになる。 食品ロスの内訳は、事業系が324万トン(54%)、家庭系が 276万トン(46%)と半分以上を事業者が占めている。
食品廃棄物の処理には、EUで1,430億ユーロ(約20兆円)、日本で約2.1兆円(いずれも年間)の費用が発生しており、廃棄における環境負荷も大きいと見られる。
Renataさんは、食品廃棄物の削減が環境負荷を抑えると同時に、経営が難しいといわれる飲食店に経済的なメリットをもたらすことにも言及した。
「飲食店の利益率は世界平均で3~6%といわれていて、多くの飲食店が資金不足で廃業しています。中でも人件費と原材料費は大きなコストとなるため、原材料費を抑えることで飲食店の利益率アップが期待できます」(Renataさん)
飲食店向けのオールインワンプラットフォームを提供するアメリカ企業「Toast」の記事によれば、平均的なレストランの利益率は通常3〜5%だという。日本においても大きな差はないようで、花王プロフェッショナル・サービス株式会社が運営する飲食店向けの情報サイト「ご贔屓(ひいき)ナビ」では、「飲食店の営業利益率はほとんどが5%程度、株式上場している場合でも8%程度」と説明がある。月商が1,000万円の場合、残る利益は50~80万円程度だという。
2人の女性が共同創業したグローバルな女性チーム
▲同じ大学院出身のふたりは、互いに補完し合えるスキルを持っているという
持続可能性の高いビジネスモデルや質の高いソフトウェアに加え、女性起業家により創業され、グローバルな女性チームで運営されている点も、GreenBytesが評価される理由かもしれない。
共同創業者、及びCEOを務めるメキシコ出身のRenataさんは、ジョージア工科大学で機械工学を、アイスランドエネルギースクール(大学院)で持続可能なエネルギーについて学んだバックグラウンドを持つ。
持続可能性を追求するためにアイスランドに移住した彼女は、大学院在学中に働いていたレストランで、大量の食品廃棄物が発生している事実を目の当たりにしたという。
「当時、食品廃棄物をはじめとしたレストランの課題、運営の仕組みを学び、改善を試みました。しかし、従業員の努力を多く必要とするため、あまりうまくいきませんでした。卒業後はアイスランドの国立エネルギー会社で、風力発電の事業に携わっていたのですが、そこで分析していた機械学習モデルから、GreenBytesのアイディアが湧いたんです」(Renataさん)
このアイディアを現実化するため、Renataさんは、地球物理学のバックグラウンドがあり、機械学習とデータマイニングのスキルを持つ共同創業者、兼CTOのJillian Verbeurgtさんにサポートを求めた。
「Jillianは、アイスランドエネルギースクールで教授のアシスタントを務めていたほか、同大学院で持続可能なエネルギー分野の修士号も取得しています。GreenBytesのアイディアに共感してくれた彼女と共に、2019年10月から開発に取り組み、2020年に創業しました」(Renataさん)
▲GreenBytesのメンバー(写真左端はマーケティング責任者のPála Guðmundsdóttirさん、右端は開発責任者のIlona Tukkiniemiさん)
その後、採用活動や友人経由の紹介によって、開発責任者のIlona Tukkiniemiさん(フィンランド人)、マーケティング責任者のPála Guðmundsdóttirさん(アイスランド人)が加わり、図らずも女性だけのチームになったそうだ。
チーム運営においては性別は特に意識せず、柔軟なワークスタイルとそれぞれのスキルセットに配慮したコミュニケーションや情報伝達を大切にしているとRenataさん。
「過去の経験から、テック系と非テック系の人々の間には非効率な問題が生まれやすいと感じています。テック系のバックグラウンドを持つ私は、両者の橋渡し役として、それぞれの視点で仕事への理解を求めるよう気をつけています。財務指標やタイムライン、なぜその方法を採用するのかといったことに対して、両者が納得できるよう丁寧に伝えています」(Renataさん)
政府から約5,000万円の資金提供、女性活躍の援助も
Renataさんをはじめ、4人のメンバーは経営経験がなかったが、アイスランドの起業家やイノベーションを支援するインキュベーターや資金プログラムを利用して、経営をしているという。特に、気候変動に対してインパクトのある事業の場合は、優遇されるケースが多い。
「ビジネスモデルの作り方や投資家との対話の仕方、ピッチの方法など、基礎的なことは政府が運営する支援機関を通して学んでいます。資金提供の機会も豊富にあり、GreenBytesは過去2年間で、約36万ユーロ(約5,200万円)を調達しました。政府からの援助がほとんどです」(Renataさん)
▲人口37万人弱(2020年時点)の小国アイスランドは、「世界で一番ジェンダー平等の国」としても知られる(Photo by Josh Reid on Unsplash)
アイスランドは、世界経済フォーラムが毎年発表している「ジェンダーギャップ指数」で12年連続1位を取得している。NHKの記事によれば、同国では1976年に「ジェンダー平等法」が制定、1980年に世界で初めて民主的に選出された女性大統領が誕生。2010年にはクオータ制(割り当て制)が導入され、企業も国会議員も4割近くが女性だという。さらに、2018年には男女の賃金格差を違法とする世界初の法律も試行された。
「ジェンダーギャップ指数」が156カ国中120位(2021年)の日本とは比にならないほどジェンダー平等が進んでいるが、それでもRenataさんは「まだ偏見は残っている」と話す。
「マイクロ・アグレッションと呼ばれる、無意識の偏見や無理解に基づく言動は時折見られます。実際、もし私が男性だったら、この会議は違ったものになっていたんじゃないかと思うこともありました。ただ、トータル的にはアイスランドにいられることを幸運に思います」(Renataさん)
Renataさんは、女性が直面しがちな問題への対処を身につけるため、アイスランドにあるテクノロジー業界の女性向けコミュニティ「WomenTechIceland(ウーマン・テック・アイスランド)」が実施した女性向けプログラムにも参加したそうだ。
▲「EU-Startups Summit 2022」のピッチコンペティションで優勝した際の様子
「平等の追求は、継続的な旅だと思います。アイスランドには、女性起業家向け、エネルギー分野で働く女性向けなど、女性を支援するたくさんの協会があり、多くの支援を受けています。男性向けにも多くのサポートが存在しています」(Renataさん)
GreenBytesは、「EU-Startups Summit」での優勝を機にメディアや投資家からの注目を受け、現在、投資家や潜在顧客との対話を重ねているそうだ。また、近くドイツへの参入を見据える。
「調達資金は、GreenBytesのテクノロジーを強固なものにするために活用します。同時に、海外でのパイロットプロジェクトの立ち上げも予定しています。欧州各国の飲食店の市場規模、食品廃棄物や持続可能性に関する法律、飲食店とサプライヤーの関係性などを踏まえ、現状の候補地はドイツです。現地では、飲食店の発注作業はわずか30%しかデジタル化されていないようで、拡大のチャンスが大いにあります」(Renataさん)
アイスランド、及び欧州で大きな期待を寄せられているGreenBytesは、飲食産業にどんな変化をもたらすのか。引き続き、注目したい。
写真提供:GreenBytes
編集後記
メキシコ出身のRenataさんは、英語が流暢で持続可能性に強い情熱を持つ女性だ。周囲を巻き込みながら、思いついたアイディアを実現していくバイタリティも感じられた。飲食店のDXにおいては、キャッシュレス、非接触の事前オーダー&決済、予約管理システムなどの導入は進んでいるが、売上予測と発注の自動化までは踏み込んでいない企業が多いかもしれない。ここを自動化できれば、メニュー開発やPRなど自動化しづらい業務に注力でき、自社の価値をより高められるかもしれない。
(取材・文・撮影:小林香織)