#PEOPLE | リリースから3ヶ月で200校が導入。異色の起業家が仕掛ける大学DX
コロナ禍の影響で大きな改革を余儀なくされた大学などの教育機関。オンライン授業へのシフトなど授業方式の変更はもちろんのこと、大学内における業務のデジタル化も欠かせない。特にオープンキャンパスができなくなったことにより、新しい形で大学の魅力を伝えて学生を集客することが急務だ。
そのような大学の悩みをいち早くキャッチアップし、教育機関向けのバーティカルSaaSを提供するのが株式会社Doorkel(ドアケル)。サービスをリリースしてわずか3ヶ月で200校に導入されるなど、業界で大きな注目を集めている。
代表の鈴木 陽平氏は中学時代に海外留学を志し、留学費用を捻出してくれる支援者を自ら探し出したユニークな経歴の持ち主だ。社会に出た後もコンサルタントとして世界を飛び回っていた鈴木氏が、教育業界で起業した背景とは。
ビジネスシーンで注目される人物にフォーカスするシリーズ企画「#PEOPLE」では、鈴木氏の半生と教育業界が直面している課題について話を伺った。
高校時代に磨いた「答えのない問題を考える力」
ーー鈴木さんは中学で海外留学を夢見て、海外の高校に通っていたんですよね。その経緯を聞かせてください。
鈴木氏 : 海外に興味を持ったのは小学校の時に家族旅行でラスベガスに行った時のことです。言葉はわからなくても、その刺激的な経験が忘れられなくて中1の時に両親に海外留学をしたいと伝えました。
両親は前向きに応援してくれましたが、決して裕福な家庭ではなかったこともあり、経済的な理由で難しいという判断でした。
▲株式会社Doorkel 代表取締役 鈴木陽平氏
諦めきれなかった私は、留学費用を支援してくれる人を探すことにしました。全国のお医者さんや弁護士など、お金を持っていそうな人に片っ端からメールを送って「留学をしたいので、応援してください」とお願いしたんです。
すぐには支援者は見つからなかったものの、メールを出し続けて半年もしたころ、東京で留学を支援しているお医者さんから返信がありました。その方の支援もあって、中3の時にオーストラリアの学校に編入することができたのです。
ーー海外ではどのような教育を受けたのでしょうか。
鈴木氏 : 支援してくれた方の勧めもあって、高校は「国際バカロレア」という教育プログラムを扱っている学校に進学することにしました。しかし、そのプログラムを扱っている高校に入学するには、1月に新学期が始まるオーストラリアでは出願に間に合わなくて。
そこで急遽、9月から新学期が始まる北半球に狙いを定め、見事イギリスで国際バカロレアを扱っている学校に進学できたのです。
ーー国際バカロレアがどのようなプログラムなのか教えてください。
鈴木氏 : 例えば日本では文部科学省が学校でどのような教育を受けるか決めていますよね。その国際版が国際バカロレアで、海外進学を考えている人やグローバルで働く人のためのカリキュラムとなっています。
一番の特徴は、自分の考えを発信する力を磨けること。従来の日本の学校教育のように暗記を重視するのではなく、自分がどのように考えているのか、議論を通して考えを深めていくプログラムとなっています。
ーーそれまで日本の教育を受けていた鈴木さんにとっては、カルチャーショックもあったのではないでしょうか。
鈴木氏 : 最初は戸惑いの連続でしたね。「陽平はどう思う?」「日本人としてどう思う?」とことあるごとに聞かれ、答えられないこともしばしば。日本では答えがあることを前提に質問されるのが当たり前だったので、答えのない質問に答えるのがとても難しかったんです。
問題も「AかBか」と選択肢があるわけではなく「第二次世界大戦が起きないためには、どんなリーダーが必要だったか」という問題ばかりで。最初は全然答えられなかったものの「正しい答えがないんだから、自分の思っていることを言えばいいんだよ」と言われ続け、徐々に自分の考えを発信できるようになっていきました。
ーー当時の教育が今でも活きていると思うことがあれば教えてください。
鈴木氏 : とても活きていると思います。どんなことでも自分なりの考えを持つ習慣ができたので、経営している中でも常に仮説を持ちながら推進できています。ビジネスにも答えはなく、常によりよい方法を選択しなければいけません。
高校時代から、答えのない中で自分の考えを持って発信するトレーニングができたのは、とても貴重な経験だと思います。
「日本企業の競争力を高めたい」志を胸にコンサルの道に
ーー大学も海外の大学に進学したのでしょうか?
鈴木氏 : 大学は香港大学に進学しました。高校時代に「アジア人としてどう思う?」と聞かれることが多く、勝手にアジア代表という感覚が芽生えて、アジアでトップの香港大学に進もうと思ったのです。
特に、当時は「これからはアジアが経済を牽引していく」と言われていたので、アジアのトップで学ぶことで、グローバルで活躍できる人材になりたいと思っていました。
ーー大学時代の過ごし方も聞かせてください。
鈴木氏 : 香港大学は世界中から学生が集まっていて、学生の約半数以上が香港以外の地域出身のダイバーシティに富んだ環境でした。それぞれが違う価値観を持っており、それをぶつけ合いながら議論する毎日でしたね。
学部は経済学部で、金融工学とマーケティングの学士をとりました。授業も面白かったのですが、何より当時初めて自分でビジネスをしてみて、その面白さに取り憑かれましたね。
ーーどのようなビジネスをしたのでしょうか。
鈴木氏 : 当時、学生の間でファッションブランド「Abercrombie & Fitch」が流行っていて、その受注販売をしていました。みんながこぞって服を買い求めていたのですが、香港にはそのショップがなくて。友達と二人でサイトを作り、ある程度注文が集まったらまとめて輸入するビジネスを始めたのです。
注文があってから仕入れるのでリスクもなく、学生にしてはそこそこのお小遣いになりましたね。2年も経つと、香港にショップができてビジネスができなくなったのですが、自分も儲けて、周りからも感謝された経験がビジネスにはまるきっかけになりました。
ーー卒業後のキャリアについても聞かせてください。
鈴木氏 : 卒業後はコンサルティングファーム「Roland Berger」に入社しました。大学時代に起きたリーマンショックで地元が疲弊していたことを知り、いつか日本企業の競争力を高められるようになりたいと思ったからです。
私の地元・岐阜には、自動車メーカーの孫請け会社が多数あって、私の友達やその家族も大勢働いていました。不況のあおりで生産ラインがとまり、週に1日しか仕事ができない状況を耳にして、何か力になりたいと思ったのです。
直接メーカーで働く選択肢もありましたが、入社してすぐに重要な意思決定に携われる環境を探していたら、コンサルティングの方がいいと思って。その中でもローランド・ベルガーは自動車業界に強かったので入社を決めました。
ーー社会人になってからはどのような仕事をしていたのでしょうか。
鈴木氏 : 入社してすぐに日本のオフィスに配属になったのですが、グローバル人材として入社したので、2週間の研修を終えたらすぐに海外のクライアントのもとを飛び回っていました。メキシコにオーストラリア、タイ、マレーシア、ドイツと世界各国を3ヶ月~半年おきに移動しながらコンサルティングをするのです。
「世界を飛び回って」と言えば聞こえはいいですが、実際は仕事にくらいつくのに必死でしたね。
「キャッシュポイントが作れない」起業して初めてのビジネスは1年で断念
ーーやりがいのある仕事だったと思いますが、独立起業を考えたきっかけを教えてください。
鈴木氏 : 様々な事業を支援しながら、自分でも事業を興してみたいと思ったからです。特に起業家の話を聞いていると、自分で考えて自分でアクションする働き方が、自分にもマッチすると思えて。
ちょうど入社してから3年が経った頃、日本での仕事があったので、その仕事が終わるタイミングで会社を辞めて起業しました。
ーー当時はやりたいことは決まっていたのでしょうか。
鈴木氏 : いえ、どんな事業をするかは決めずに辞めました。ただし「人生のきっかけのインフラになる」というビジョンは当時から今も変わりません。中学の時に留学を夢見てから、私は様々な人の出会いにきっかけをもらって、一人では実現できない夢を叶えてこられました。きっかけさえあれば、人生は大きく変わることを自ら体験していたので、自分自身も誰かの人生にきっかけを与えられる存在になりたいと思ったのです。
また、コンサルとして海外を回りながら仕事をしていると、出会った人から羨ましいと言われることが多かったんです。「自分もグローバルに働いてみたい」「本当は留学がしたかった」と言う方が多い一方で、その選択肢がなかったことで悔やんでいる人もいました。もっと多くの人に選択肢を与えられる社会を作りたいと思ったのも起業したきっかけの一つです。
ーー起業して何から始めたのか教えてください。
鈴木氏 : まずは奨学金のデータベースを作ろうと思いました。お金がなくて留学できない人がいるのを知っていたので、奨学金のデータを集めてサイトにまとめたんです。知り合いのツテでつながったベトナム人のエンジニアにサーバーサイドの開発をお願いしながら、自分でもプログラミングを勉強しながら作りました。
半年ほどかけてサイトを作り、そこそこ見に来てくる人もいたのですが、そこでキャッシュポイントがないことに気づいて。このままではサーバー代の分だけ赤字になっていくと思い、大学などに広告の営業を始めました。
しかし、広告費を払ってもらえるほどのPV数もなくて、3ヶ月で諦めることに。最初のビジネスは約1年で失敗に終わりました。
ーー次はどんなビジネスにチャレンジしたのでしょうか。
鈴木氏 : 一方的に情報を提供するだけではユーザーが増えないと思い、今度は留学を検討している人同士が交流できるSNSを作ることにしました。本格的にサービスを作るにあたって、開発にコミットしてくれるエンジニアも探し始めます。
学生時代やコンサル時代の友達にエンジニアを紹介してもらい、その中でビジョンに共感してくれる方がジョインしてくれることに。エンジニアも確保でき、サービスもリリースし、これからどう学生や大学を巻き込んでいくか考えていた時に起きたのがコロナショックです。
その影響で留学市場はほぼゼロになり、私たちもビジネスモデルのピボットを余儀なくされたのです。
ピボットにより3ヶ月で200校に導入されるサービスを開発
ーー留学生のSNSから、どのようにピボットしていったのか聞かせてください。
鈴木氏 : 大学業務のDXサービスです。実はSNSを作るのと同時に、大学内の業務をデジタル化するツールを作っていたんです。大学側に「どうしたらSNSで学生に向けて投稿してくれますか?」とヒアリングをしていた時に、大学の業務に様々な課題があることに気づいて。
業務のほとんどが紙ベースで行われていて、部署間での連携がとれていなかったのです。その課題を解決できればSNSも使ってもらえるだろうと、SNSのいち機能として開発をしていて。コロナによって留学市場がゼロになったことで、副次的に開発していた機能に、リソースをすべて充てることにしたのです。
ーーどのような業務からデジタル化しはじめたのでしょうか?
鈴木氏 : 学生向けの説明会やオープンキャンパスに関わる業務です。もともと留学生向けの学校説明をデジタル化するツールを作っていたので、それを国内の学生向けに転用したんですね。コロナの影響で、それまでのように説明会やオープンキャンパスができなくなったことで、国内の学生も留学生と変わらなくなったからです。
2020年2月にコロナが中国で流行り始め、日本ではまだ対岸の火事だった時に経営会議でピボットを決め、2月末にはβ版をリリース。予想通り大学はコロナで大きく混乱し、私たちのサービスはリリースから3ヶ月で200校に導入されました。
ーーサービスをリリースしてから2年以上経ちますが、今の事業フェーズを聞かせてください。
鈴木氏 : 現在はサービスの拡大期だと考えています。2021年は国立大学や私立大学など、大規模な教育機関に導入してもらい、実績を積み重ねてきたので、これからより多くの教育機関に導入していく予定です。
また、これまではオープンキャンパスをデジタル化するツールをメインで展開してきましたが、現在は学生を募集するための広報業務のデジタル化しています。学生に対して、より効率的に大学の魅力を伝えられるようにすることで、学生たちによりよい大学選びをしてもらうためです。
ーーサービスの範囲も広げていくのですね。今後はどのようなサービス領域に踏み込んでいく予定ですか。
鈴木氏 : これまでは入学前の業務をデジタル化してきましたが、今後は入学してからの業務もデジタル化していきたいと思っています。学生が授業を選ぶためのツールや、インターンへの申込みなど、まだまだアナログな業務や非効率な業務が残っているので、それを効率化していきたいですね。
教育分野のバーティカルSaaSとして、大学業務全般を効率化することで、学生に対して最適な学びの環境を提供できればと思います。
「顧客の声を集め、迅速に対応する」事業をグロースできた要因
ーーこれまでの経験から、ビジネスの成功要因を教えてください。
鈴木氏 : 一つは、とにかくお客さんにヒアリングしまくったことです。自分たちからヒアリングしに行かなくても、毎日のように問い合わせがくるので、大学がどんな課題を抱えているのか明確に把握できていました。
なぜそんな問い合わせが集まるかというと、創業初期からカスタマーサクセスを立てて話を聞く体制を整えたからです。加えて「私たちのサービスに関係なく、どんなことでも悩み事があれば問い合わせてください」と言っていたのも効果がありました。
実際に「エクセルの関数がわからないんですけど」と問い合わせがきて、エクセルの使い方を教えたこともあります。このような一見関係のないような問い合わせも、実はサービス開発にとってはとても重要です。
エクセルの使い方がわからないならと、プロダクトに同じような機能を追加したところ、これまで複雑だった業務が簡単にできるようになったと感謝されました。
ーー他にも成功要因があるのですか?
鈴木氏 : 2つ目は60%の完成度でリリースしてしまうこと。100%完成させてしまうと、時間がかかる上に大学にとって無駄であることも少なくありません。
まずは60%でリリースしてみて、あとの40%はお客さんの反応を見ながら開発していきます。実際に使ってもらうことで新しい課題が見えてきたり、実は無駄な機能があることも見えてきます。そのPDCAを早くまわすことで、大学が本当に求めるサービスにブラッシュアップしてこられました。
ーー将来のビジョンも教えてください。
鈴木氏 : ここ数年は、学生によりよい学びの環境を提供するとともに、きっかけを与えられるようなサービスを作ることに注力していきたいと思います。
将来的には、学生だけでなく社会人にもきっかけを与えられるようなサービスを作っていきたいですね。具体的には「学びの履歴」を可視化するサービス。小さな時からどんなことを学んできたのかを蓄積し、共有することで新たな可能性を見つけられると思うんです。
例えば偉人が小さな時にどんな学びをしてきたのか分かれば、新たな発見があるかもしれませんよね。憧れの人の学びの履歴を知ることで、効率的に夢に近づけるかもしれません。社会の変化が激しく、スキルの賞味期限が短い時代だからこそ、継続的に学び続けられる仕組みを作っていきたいと思います。
ーー最後に起業を目指している方にメッセージをお願いします。
鈴木氏 : 起業したいと思ったら、準備ができていなくてもまずは行動を起こしてみてください。確信を得てから起業したいと思うかもしれませんが、実際に行動する前に調べたことはほとんど意味がありません。実際に起業してみると、初めて知る真実が次々に湧いてくるからです。
実は私も起業して最初のサービスは、じっくり準備をしてからサービスを作り始めましたが、その準備は徒労に終わりました。今はその失敗から学んで、60点で動き出すことを心がけています。これから起業する方も、まずは60点準備ができたら動き出してみるといいと思います。
(取材・文:鈴木光平)