横浜に事業所を置く大企業の新規事業担当者が集結!―「大学のスター研究者を中心とした実践的なつながり」から新たな価値の創出を目指す【横浜オープンイノベーション・プロジェクト】のキックオフイベントを密着レポート!
企業・アカデミア・パブリックセクターなどが境界を越えて連携する組織基盤「横浜未来機構」(会長:梅原出横浜国立大学学長)が2021年に始動し、多彩な事業領域や学術分野などのアクターが横浜をフィールドに活発なコラボレーションを繰り広げている。
2022年5月には、イノベーション都市・横浜を掲げ、領域越境(クロスオーバー)をさらに加速する試みとして、横浜2大学(横浜国立大学・横浜市立大学)の最先端研究ラボを中核とした「横浜オープンイノベーション・プロジェクト」がスタートした。
同プロジェクトでは、「大学のスター研究者を中心に実践的なつながり」作りを推進し、スタートアップ・新規事業の創出を目指す。これに伴い、キックオフイベントが5月10日に開催され、プロジェクトの会員となっている横浜に事業所を置く大企業の新規事業担当者たちが集結。参加者は50名を超え、本プロジェクトに対する期待の高さがうかがえた。
冒頭、共同プロジェクトリーダーである真鍋誠司氏(横浜国⽴⼤学 経営学部⻑・教授)と芦澤美智⼦氏(横浜市⽴⼤学 国際商学部 准教授)が挨拶。芦澤氏は「一人ひとりの組織を超えたリーダー・アントレプレナーとしての想いが新しいものを生み出します。共に前に進みましょう」とプロジェクトにかける思いを新たにした。
▲真鍋誠司氏(横浜国⽴⼤学 経営学部⻑・教授)
▲芦澤美智⼦氏(横浜市⽴⼤学 国際商学部 准教授)
当日は、「イネーブリング・ファクターが促すWell-beingと人間中心の社会(横浜市立大学の武部貴則特別教授)」と「タイフーンショットが描く安心・安全で豊かな未来(横浜国立大学の筆保弘徳教授)」をテーマとした特別対談が実施され、オープンイノベーションの可能性やヒントを提示。その後は全員参加型の質疑応答・ディスカッションが行われた。
――本記事では、キックオフイベントの様子を詳しくお伝えしていく。
【特別対談①】 イネーブリング・ファクターが促すWell-beingと人間中心の社会
●ウェルビーイングを高めるためには「ヘルスとハピネス」の二軸展開が鍵
横浜市立大学 コミュニケーション・デザイン・センター センター長 武部 貴則氏
武部氏は医師免許を持つものの、新しい医療の方法論を生み出すことに大きな可能性を感じ、臨床医としての経験を経ず、研究の世界へと進んだ。主な研究ドメインとしてiPS細胞を用いた再生医学などがある。また、一人でも多くの患者様に研究成果を届けるため、国内外で企業経営に携わる側面も持っている。
精力的に研究を行う武部氏がミッションとして掲げているのが、一人ひとりに合わせた医療の提供を目指す「マイ・メディシン」という概念の実現だ。武部氏がセンター長を務める横浜市大のコミュニケーションデザインセンター(CDC)は半数以上がクリエイターで構成される特徴を持ち、教育者や臨床医と共にマイ・メディシンの実現に向け研究を進めている。
武部氏は健康を維持し生活習慣病を防ぐには「病院の外」での活動が大事だと指摘するものの、それに対し、現状の医療では「武器も理論も十分ではありません」と言及。その上で「新しい概念を作る必要があると感じました」と語った。武部氏によれば、医療(ヘルス)の文脈で病気の予防や生活習慣の改善を伝えても多くの人には響かない。一方、楽しさや喜びなど「ハピネス」を持ち込むことで興味を引き付けることができ、「ヘルスとハピネス」の二軸展開が重要だと説明した。その時にメトリクス(指標)として武部氏が推奨するのが「イネーブリング・ファクター」である。
ヘルスとハピネスを共に高めるとWell-being(ウェルビーイング)に到達するとした上で武部氏はハピネスを「微分値」、ヘルスを「積分値」で考えるとウェルビーイングを実践する際の共通理解が進むだろとの見解を披露した。
そして武部氏は「イネーブリング・ファクターという価値のもと、様々な業界をクロスオーバーでうまく接続させることができれば、新たな事業や価値を生み出せるのではないでしょうか。将来は横浜の地に『イネーブリング・シティ』が創造されることを期待しています」と未来への思いを馳せた。
●注目しているのは、メンタル領域とフェムテック
Scrum Ventures LLC創業者兼ジェネラルパートナー 宮田 拓弥氏
宮田氏は「世界と日本をつなぐ」をテーマにベンチャー投資を行っている。近年特に注力しているのがオープンイノベーションだ。2018年ごろから相談が増え、次第にシリコンバレーを中心としたベンチャー企業と日本の大企業を結び付けることが多くなったという。また、新しい出会いやイノベーションを生み出すためのオンラインプラットフォームも手がけている。ウェルビーイング分野にも積極的に投資をしているとのことで、投資先として健康管理アプリを展開するユニコーン企業のNoom(ヌーム)などが紹介された。
宮田氏は「コラボレーションからさまざまなものが生まれると信じています」と強調する。具体的なプロジェクトとして、2019年に世界のスポーツに関するテクノロジー企業を日本に招聘した「SPORTS TECH TOKYO」の事例が説明された。SPORTS TECH TOKYOでは、プロ野球やプロサッカーのチームと提携しながらスポーツの近代化を試みる取り組みがなされた。
また、2020年からはスマートシティの創造をウーブン・プラネット(トヨタのグループ企業)、日本郵便、NTT西日本などとのオープンイノベーションで進める「SmartCityX」をスタートしたこと、毎年200~300のスタートアップを世界中から呼び込みさまざまな試みを行っていることが説明された。SmartCityXからの成功事例として、出光、三重県、ベンチャー企業「スマートスキャン」の共同で実証実験が進んでいる移動式脳ドックサービスの事例があるとのことであった。
さらに2022年4月からはウェルビーイングのオープンイノベーションに取り組んでいる。注目しているのは、可視化や治療が困難とされるメンタル領域と、女性の健康とテクノロジーを掛け合わせたフェムテックだ。現在、うつ病をバーチャルリアリティーで治そうと試みている日本のベンチャー企業があり、2024年の薬事承認を目指していると紹介。フェムテックに関しては、女性向けに更年期の課題解決を試みるウェアラブルデバイスの事例が伝えられた。宮田氏は「ウェルビーイングに強い興味を持っています。積極的なチャレンジを行っていきます」と力強く述べた。
●ディスカッション――「まずは何らかの”ペイン”を抱える人の課題解決を目指す」
横浜市立大学 コミュニケーション・デザイン・センター センター長 武部 貴則氏
Scrum Ventures LLC創業者兼ジェネラルパートナー 宮田 拓弥氏
横浜市⽴⼤学国際商学部准教授 芦澤 美智⼦氏(モデレーター)
武部氏は、宮田氏の講演について「薬事承認のことをおっしゃっていました。薬事承認は非常にハードルの高いことで、実現可能されるか否かは不透明です。それにも関わらず、投資していることに大きな驚きを覚えました」と感想を述べた。
メディカル分野への投資は大きなリスクを伴うが、どのように投資の判断を行っているかとの問いに対し、宮田氏は「デジタルヘルスやヘルスケアの市場は、グローバルでは日本では想像できないほど大きい」と紹介した上で、「適切なプロダクトと技術があればリターンが期待できると判断しています。Noomのような会社がアメリカで本当にたくさん出てきているのが現状で、私たちも積極的に投資しています」と現状を伝えた。
一方、芦澤氏から日本の医療分野でデジタル化やデータ化が進んでいないことについて疑問を投げかけられると、武部氏は「規制や保険制度などがあり、変化への対応が遅く、技術やデータを使うプレイヤーが十分にないのが現状です。欧米はアダプテーションのスピードが圧倒的に速く、数年前から、病院の変革のようなことも起こっています」と日本と欧米の違いに言及した。
武部氏の講演について、宮田氏は「ウェルビーイングの微分(ハピネス)積分(ヘルス)の話が印象に残りました。単純なデジタルヘルスからスタートとしたベンチャー企業がハピネスの領域に強い興味を持ち始めています。武部先生が提示したイネーブリング・ファクターの考えは、ベンチャー企業のサクセスの道筋だと捉えました」と語った。
ウェルビーイングの研究を社会実装やマネタイズにつなげるキーワードとして宮田氏は「ペインポイント」と強調する。「未病の段階で、ヘルスやハピネスに注意を向けさせるのは困難です。そのため、まずは何らかの具体的なペインを抱えている人を対象にしなければ、ビジネスとしては成り立ちません。その上で、次のチャレンジとしてウェルビーイングの分野に取り組むのが一つの解決策だと考えられます」と伝えた。
武部氏も賛同し「ウェルビーイングとビジネスを結びつけるのは容易ではありません。明確に市場が形成されている分野から挑戦していきたいと思います」と熱意を見せた。
【特別対談②】 タイフーンショットが描く安心・安全で豊かな未来
●台風を制御し、エネルギーを利活用する研究が進む
横浜国立大学 先端科学高等研究院 台風科学技術研究センター センター長 筆保 弘徳氏
筆保氏によれば、2021年は台風研究に関する大きなエポックメーキングな年だったという。それは日本初となる、台風に特化した研究所「台風科学技術研究センター」が設立されたからであり、台風制御の研究を国が認めたからである。筆保氏は、地球温暖化の影響で台風や豪雨の被害が増え続けていることを明示した。日本の自然災害は20年前にくらべて2.5倍に増えており、そのうちの多くの部分を台風が占めていると指摘する。特に2000年代に入ってからは顕著で、保険金の支払額で1兆円、実際の被害はもっと大きいと伝えられた。
筆保氏は未来の話として、2050年には台風がいつどこにやって来るか、到来した場合の被害についても正確に予測できるようになる。無人の飛行機で台風に接近し、勢力を弱めて被害をゼロにする。「これがタイフーンショット計画です」と力を込めた。
荒唐無稽のように聞こえるが、実は台風制御の歴史は古く、伊勢湾台風の後、「台風に対する人為的制御」の法律が作られたとのことだ。しかしながら、「半世紀にわたり手を付けられませんでした」と明かした。アメリカでも戦後約20年にわたりハリケーンの制御を研究していたものの、継続されなかった。日米で中断していた理由の一つに効果判定が挙げられたが、「現状のテクノロジーでは、制御した場合と制御しなかった場合の違いはわかります」と強調した。
さらに、タイフーンショット計画では台風エネルギーの利活用も視野に入れている。無人の船で台風に近づき、スクリューを回しながら発電する仕組みだ。洋上風力発電とは異なり、スクリューなら風力では破壊されることはない。蓄電をすることで、電力を必要とされる場所に船で運んでいくこともできる。
タイフーンショット計画は30年後の2050年までのマイルストーンもできている。研究を続けるためには「副産物を社会に出し、ビジネスとして一定の成果を収めなければなりません」と筆保氏はいう。「センターで大学、気象庁などと研究しながら、民間企業の協力を仰ぎながら新しいビジネスも模索しています。ぜひ一緒にイノベーションを起こしましょう」と会場に呼びかけた。
●世界でクリーンテックへの投資がトレンド
ANRI ジェネラル・パートナー 鮫島 昌弘氏
ANRIは2012年に作られたファンドで、ベンチャー企業へ投資をしている。鮫島氏は2016年から参画し、大学発のベンチャー企業に投資を行っている。これまで10年を期限に投資を行っていたが、今後は「グリーンファンド」を創設し、期限を15年として気候変動や環境問題を解決し得る大学発のベンチャー企業に投資を行っていく方針だ。
鮫島氏は、世界のベンチャー企業のトレンドを考慮しながら論文などから情報収集し、大学を訪問して会社設立の提案などを行っているという。非常に「泥臭い」活動とのことだ。実際に設立したベンチャー企業の例として、量子コンピュータ関連の株式会社QunaSys (キュナシス)や株式会社Jijなどが挙げられた。
ANRIがグリーンファンドを推進する理由として、世界最大の資産運用会社ブラックロックが脱炭素に着目したこともあり、大きなトレンドになっている背景が伝えられた。グリーンテックへの投資額は2021年の上半期で昨年度比の3倍に伸びており、全体の投資の10%を超える状況で、日本では実感しにくいもののアメリカでは非常に多くのVCが出ているという。例えば、ビル・ゲイツ氏率いるブレークスルーエナジーベンチャーズはヨーロッパ政府と組み、3000億~1兆円規模の投資を計画している。
日本からは現状、有力なグリーンテックベンチャーは出ていないが、鮫島氏は「何とかしたい」と意気込む。「大学や研究機関発のベンチャーに投資するのはリスクの高いことですが、積極的に投資をしていきたいと考えています」と熱意を見せた。ANRIではレーザー核融合商用炉の実用化を目指す国内唯一の民間企業「株式会社EX-Fusion」をはじめ、商業化までに40~50年はかかると推察されるベンチャーに投資をするなど、常に未来を見据えながら活発な活動を繰り広げていることが伝えられた。
●ディスカッション――「台風の研究は、ビジネス化も見据えながら、大きく舵を切らなければならない」
横浜国立大学 先端科学高等研究院 台風科学技術研究センター センター長 筆保 弘徳氏
ANRI ジェネラル・パートナー 鮫島 昌弘氏
横浜国⽴⼤学経営学部⻑・教授 真鍋 誠司氏(モデレーター)
鮫島氏の講演を受け、筆保氏は「投資の期限として15年はとても長いと思います。そこに踏み切れるのはなぜでしょうか」と問いを投げかけた。鮫島氏は「革新的な技術で世の中を変えようとすると、10年はあっという間です。長い時間をかけてしっかり支援したいという思いがあります。海外では15年や20年を設定していることもあり、グローバルで勝てるベンチャー企業を育てるには、長い期間が必要だと考えています」と答えた。
一方、鮫島氏は台風の規模や被害額が予測可能になったことに触れながら「倫理観が問われますが、台風の動きや被害を予測しながら先物取引などもできそうです」と、研究が一種の危険性をはらんでいることを指摘した。筆保氏は「本来の目的ではない使われ方をするのではないかというのはよく言われました。その点はコントロールしなければなりません」と強調した。
真鍋氏は鮫島氏に、起業に興味のない研究者に対してどのように起業を促しているのかと質問した。鮫島氏は「国の予算では制約がありますが、ベンチャー企業はより大きな資金を集められることもありますし、優秀な人材を集めることも可能です。こうした点を強調すると興味を持ってもらえることもあります」と回答した。また、大手企業などとのコラボレーションについては、社内で予算が下りなかった研究について、カーブアウトするケースが増えていると紹介。投資資金が大きくなり、外部から資金が集めやすくなっている状況があることも伝えられた。
今後の展開について尋ねられると筆保氏は「近年の台風の被害を見ていると、自分の研究が活かされていないことに気づきます。現状に危機感を抱いており、ここで大きく舵を切り、世の中に好影響を与えていく心積もりです」と決意を述べた。鮫島氏は「大企業の方から見ると、ベンチャー企業が作り出したプロダクトはおもちゃのように見えるかもしれません。しかし、数年後に大化けすることが多いです。ぜひベンチャー企業を共同研究などで支えていただければと思います」と伝えた。
イノベーションを起こすには、産学官の連携が不可欠
2つの特別対談終了後は登壇者と参加者を交えた形で質疑応答を行い、活発に意見が交わされた。オープンイノベーションの”タネ”となるようなアイデアが得られる場になったようだ。事実、参加者からは「登壇者すべての方から熱のこもったお話をいただき、わくわくするものを感じました」、「非常に興味深いお話しを直接聞くことが出来、大変有意義でした」、「大学側の考え、ファンドの考えが聞け、参考になった」といった声が寄せられた。
会の締めくくりとして、再度、登壇者がスピーチ。武部氏は「海外に比べ、日本の研究は制約が多い上に予算も潤沢にあるとは言えません。これでは、慢性的な研究者不足に陥り、イノベーションを起こすような研究が生まれないのではないでしょうか。研究を支える仕組みが必要不可欠で、作っていきたいと考えています」と語った。
これを受け筆保氏は「国の顔色をうかがいながら研究を進めていたところがあります」と明かし、「同じ道を若い研究者に歩ませたくないと思っています。国の研究費だけに頼らない仕組みを作ることで、自分の思いに則った研究も続けられるはずです」と武部氏に強く賛同した。
鮫島氏は「スタートアップは東京に多いのが現状です。しかし、横浜を訪れれば決定権のある大企業の担当者に会えるとなれば、大きな魅力になります。横浜をスタートアップの集まる街にするために、ぜひご協力ください」と呼びかけ、キックオフイベントを締めくくった。
――なお、6月7日には横浜オープンイノベーション・プロジェクトの第2回の対面イベントが開催され、第3回は6月21日、第4回は7月7日に開催が予定されている。
編集後記
ウェルビーイング、タイフーンショット、グリーンファンドと、最先端のトレンドを知ることができるキックオフイベントとなった。特に、大学のスター研究者が、日本のトップクラスのベンチャーキャピタリストと対談し、そこに大企業新規事業部署の人々が質問するという、オープンイノベーションのミートアップでもなかなか見られない場づくりがなされたことで、参加者全てに新規事業への期待と気づきがあった様子が見られた。また、日本にとどまらずグローバルな視点での議論からは、日本にいると実感しづらいが、世界では大きなうねりが起こっていることがうかがえた。
第2回、第3回と続くこの横浜オープンイノベーション・プロジェクトから、世界でも注目されるような新規事業が生まれるのではないか。そう予感させられた。
(編集・取材:眞田幸剛、文:中谷藤士、撮影:加藤武俊)