50万ユーザーが体験する「モノの貸し借り」。ピーステックラボが創る「レンタル文化」に迫る
スタートアップ起業家たちの“リアル”に迫るシリーズ企画「STARTUP STORY」。――今回登場していただくのは、月間50万人が利用するCtoCのレンタルサービス「Alice.style(アリススタイル)」を展開する株式会社ピーステックラボの村本 理恵子氏。
マーケティングの専門家として、大学の客員教授や大企業での会長職を勤めた後、起業前にはエイベックスで動画サービスの立ち上げた経歴を持つ。約40年にわたってビジネスの最前線に立ち、知識・経験豊富な彼女が、あえてスタートアップ起業の道を選んだのはなぜなのか。そして、なぜ「CtoC/BtoCのレンタル」という事業アイディアに行き着いたのか。
2021年7月にはVCやCVCなど12社以上から22.7億円もの資金調達に成功し、さらなる成長が期待される同社。今回は村本氏に起業の経緯と成長の秘訣を伺った。
「大量消費型社会は崩壊する」10年後の日本を憂いて仕掛けたレンタル事業
ーーまずは前職エイベックスで、動画サービスの立ち上げを行ったきっかけから聞かせてください。
それまでマーケティングの専門家として活動しており、映画「レッドクリフ」の宣伝戦略をエイベックスからお願いされたのがきっかけです。当時、初めて携わった映画業界の収益構造に、大きな衝撃を受けました。
興行収入の約半分を映画館というプラットフォームに払わなければならず、制作会社の利益が大きく圧迫されていたのです。どんなに時間やお金をかけた大作も、ヒットする保証はどこにもありません。仮にヒットしても利益がでない構造に大きな違和感を覚えました。
「これからは自分たちでプラットフォームを作らなければいけない」と思い、携帯の動画事業の立ち上げをエイベックスに提案したのです。それから約10年かけて、「BeeTV(現dTV)」の成長にコミットしました。
ーー事業の立ち上げはうまくいったのでしょうか。
最初は苦労の連続でしたね。当時はまだ「映画は映画館で見るもの」という意識が強く、携帯で動画を見るなんて誰も考えていませんでした。しかし、かつては映画館でしか見られなかった映画がTVで見られるようになるなど、映画のスクリーンは徐々に私たちの手元に近づいていたのも事実。
「10年後には必ず携帯電話で動画を見るのが当たり前になる」という思いで、諦めずに事業を続けました。私の予想通り、今ではスマホで動画を見るのが当たり前になりましたよね。
ーー10年後を見据えて事業を作っていたんですね。今こそ動画ビジネスがトレンドになっていますが、あえて起業してまで別の事業にチャレンジしたきっかけも聞かせてください。
一つは、事業を始めて10年目の節目だったこと。これまでの人生は10年おきに転機があったので、当時も自然と新しいチャレンジをするタイミングだと思いました。
もう一つは、社会の大きな変化です。日本の可処分所得は右肩下がりで、収入格差は広がるばかり。20世紀の大量消費型社会は収入増加を前提にしていましたが、21世紀はその前提が崩れるのが目に見えていました。
これからも日本人が豊かな生活を続けるためには、大量消費型社会から循環型社会に変わらなければならなりません。そのためには次々に製品を買う生活から、ものをシェアする生活にシフトしなければいけないと思ったのです。誰もが簡単にものを貸し借りできるよう、CtoC/BtoCのレンタル事業に着手しようと考えつきました。
ーー初めての起業だったと思いますが、抵抗はなかったのでしょうか。
最初は起業するつもりはなく、単に事業を作りたいと思っていました。しかし、当時は「シェアリングエコノミー」という言葉も普及しておらず、「CtoC/BtoCのレンタル事業をやりたい」と話しても誰も耳を傾けてくれなかったのです。
結果的に起業するしか、事業を立ち上げる道がありませんでした。
資金調達成功の秘訣は相手が求める情報をプレゼンすること
ーー企業内で事業立ち上げをするのに比べて、起業して大変だったことを教えてください。
大変だったのは資金調達です。起業してからVCなどを回りましたが、最初はいまいち反応がよくありませんでした。
後からその理由を考えてみると、VCが求める資料を作っていなかったんですね。私が作っていたのは「どういう事業を展開するか」という事業家向けの資料。しかし、投資家たちが欲しいのは「いつまでに、どれくらい成長するか」というデータです。
それまでマーケティングで「相手の立場になって考える」と教えていた私が、投資家の立場になって考えられていなかったのです。
ーー先日大型の資金調達を成功させましたが、その背景には当時の学びがあったのですね。
仰る通りです。私たちがターゲットにしている市場が、これからどんな広がりを見せるのか、お客さんたちの行動はどう変わるのか、その中で私たちがどうユニークなのか。これらを出資していただいた12社にしっかりプレゼンしました。
加えて事業会社には、「私たちと組むことでどんなメリットがあるのか」を紹介しましたし、VCには私たちの成長を実感できるデータを提示したのです。相手の立場に立ってプレゼンする内容を最適化する。それが資金調達のポイントだと思います。
ーー起業してみて、それまでの事業立ち上げと違うことはありましたか?
最も違うのは責任の大きさです。同じ事業立ち上げでも、社内で行うのでは会社の庇護下にあるため、どこか守られている感覚がありました。しかし、起業してからの事業立ち上げは、全ての責任が自分にあります。人や資金を集めるのも自分の責任で行わなければいけませんし、リスクも全て背負わなければいけません。
事業の成長のために常に最適解を探すのは変わりませんが、一つ一つの意思決定の重みが違うと感じましたね。
文化を作るのに必要な「ビジョンの伝え方」
ーーCtoC/BtoCのレンタルサービス「アリススタイル」を立ち上げる上で、難しかったポイントを教えてください。
「ものを借りる文化を作る」ことです。例えばCtoCで車を借りるサービスなら、これまであったレンタカーをCtoCに切り替えるだけ。
しかし、女性が美容家電などを借りて使う経験はこれまでありませんでした。まずは「美容家電を借りて使ってもいいんだ」という意識を持ってもらう必要があったのです。
ーーどのようにして文化を作ってきたのでしょうか。
私たちのビジョンを伝えることです。私たちが「なぜこのサービスを作ったのか」を正しく伝えることで、共感した人たちが徐々にサービスを使ってくれるようになりました。
そのために重要なのがビジョンをぶらさないこと。例えば2つの記事で、別のビジョンを語っていては「この人のビジョンはなんなのだろう?」と思われますよね。一貫して同じビジョンを語り続けることが重要です。
注意しなければいけないのは、お得感を強調しないこと。最初こそユーザーは集まるかもしれませんが、結局「お得なサービス」というイメージだけが広がってしまいます。それによりビジョンが伝わらず、文化を作りきれないでしょう。
ーー関西テレビの「セブンルール」で特集されたりと、村本さんは様々なメディアに露出されていますが、メディアに取り上げてもらうポイントがあれば教えてください。
メディアの人たちが取り上げたくなるネタを持つことです。例えば私は私生活でも様々なものをシェアしており、その様子をSNSで発信しています。それを「セブンルール」で取り上げていただいてからは、その番組を見た他のメディアにも取り上げてもらうようになりました。
ただし、メディアから声をかけてもらったからといって、どこにでも露出すればいいというわけではありません。中には面白おかしく取り上げられることで、ビジョンが伝わらないどころか、意図しないイメージを持たれてしまうことにもなりかねません。正しくビジョンを届けられるのか、という観点でメディアを選定するのが重要です。
ーービジョンを伝えるのに苦労している企業も多いと思いますが、村本さんが意識していることがあれば教えてください。
ビジョンをユーザーの言葉に翻訳して伝えてあげることです。多くの企業がビジョンを掲げていますが、中には「これでユーザーは理解できるのかな」と思うビジョンも少なくありません。ビジョンは伝えるもの、共感してもらうものですから、相手が理解しやすい言葉であるべきです。
私たちも最初は「体験を平等に」というビジョンを掲げていましたが、何度も試行錯誤しながら、今は「お金の使い方を変えましょう」というメッセージに変えました。本質的に伝えたいことは同じですが、言い方を変えるだけでユーザーの受け取り方は違うものです。
今でもビジョンを伝えきれているとは思いませんが、ユーザーに伝える姿勢を忘れずに工夫を続けていきたいと思います。
多様な商品ラインナップと女性向けのサービス作りが成長のカギに
ーー最近では服やバックをレンタルするサービスもありますが、そのような競合他社と比べてアリススタイルの強みを聞かせてください。
一つは商品ラインナップの多様性です。他のレンタルサービスでは服やバッグなどに特化しているものが多いですが、一方で私たちが取り扱っているのはオールカテゴリー。それができるのは私たちがCtoCだからです。
他社のレンタルサービスは自分たちで商品を管理するため、取り扱うジャンルを絞らなければいけません。私たちは出品をサポートするだけで、商品を仕入れることがないので様々な商品を貸し出せるのです。
多様な商品が並んでいると、時には意外なものが人気になったりします。最近人気なのは「そうめんスライダー」。季節アイテムなので買わずに借りるのは分かりますが、まさかこんな人気が出るとは予想がつきませんでした。お客さんにとっても、楽しんで商品を探してもらえるのではないでしょうか。
ーー他の強みはなんでしょう。
女性向けのサービスとして始めたことです。最近は女性向けのレンタルサービスが増えてきましたが、本来レンタルサービスは男性中心の市場でした。それに対し、私たちは立ち上げ当初、女性に絞ってサービスを展開したのです。
また、最近増えている服やバッグのレンタルサービスは、女性しか使えませんが私たちのサービスは男性も利用できます。女性向けのサービスとして始めたのも「女性ユーザーが多いサービスは、いずれ男性ユーザーも増える」のを読んでのこと。
おかげで、当初は2割もいなかった男性ユーザーが、最近は半数近くにまで増えてきました。
ーー男性ユーザーが増えたきっかけがあれば教えてください。
シェイバーのキャンペーンです。私たちはサンプリング事業も行っており、企業の新製品をキャンペーンで貸し出しているのです。シェイバーのキャンペーンを行ったことにより、多くの男性にサービスを認知してもらい、それから男性ユーザーも増え続けています。
大企業との連携を実現したいなら「提案すること」「焦らないこと」
ーー最近はBtoCの事業にも力を入れていますねよね。サンプリング事業の他にどのようなものがあるか教えてください。
例えばホテルと連携し、レンタルした商品をホテルで受け取れるようにしました。ホテルにはドライヤーなどのアメニティが備わっていますが、それらに不満を抱えている女性も少なくありません。とは言え、ホテルとしても全室のドライヤーを取り替えるとしたら、大きなコストがかかります。
私たちのサービスを使って、ホテルでドライヤーを受け取れば、荷物を増やさずに旅行の満足度を上げられますよね。ドライヤー以外もレンタルすれば、手ぶらで旅行するのも夢ではありません。
ーーなぜBtoC事業に注力し始めたのでしょうか?
私の中ではCtoCもBtoCも変わりません。いずれにしても「貸す人」と「借りる人」がいて、違うのは受け取り場所が自宅かホテルかだけ。本質的な価値は同じです。
大事なのはレンタルできるシーンを増やし、より多くの人にレンタルを体験してもらうこと。これからホテル以外にも、レンタルできる場所を増やすために法人との連携を強めていくつもりです。
ーー法人との連携を成功させるためのポイントがあれば教えてください。
最初の打ち合わせから「提案」をすることです。私は初めてお会いする企業にも、事前にネットなどで情報を集め、企業の方向性や抱えている課題を予想し、その上で私たちと組むメリットを提案書にまとめて臨みます。
予想が的中すればスムーズに連携できますし、予想が外れても「実はこんな課題がありまして」と本当の課題を聞き出せます。もしも提案書なしで、自分たちの事業を紹介するだけでは挨拶だけで終わってしまいますよね。法人との連携を成功させたいなら、相手のメリットを明示するのがポイントです。
ーー大企業に提案する際に気をつけることはありますか?
「トライアルでやってみませんか」と絶対に言わないことです。ベンチャー企業の中には「大企業と組んだ実績」が早く欲しくて、つい「まず試してみませんか」と提案する企業もいると思います。
しかし、トライアルで始めた連携はトライアルで終わってしまい、次の展開がありません。私が提案する時は、最初から本格的な連携を前提にして提案しています。形になるまでは手間も時間もかかりますが、長期的に考えればその方が長くお付き合いできるからです。
ーー大企業とベンチャーが組む際にはスピードの違いも問題になることもありますが、村本さんはどのような対策をしていますか。
焦らないことです。大企業とベンチャー企業のスピードが違うのは当然ですし、それは決して大企業が手を抜いているからではありません。私も大企業にいたことがあるので分かりますが、担当者がどんなに頑張っても稟議を通すには時間がかかるもの。
ベンチャー企業ができるのは、担当者が稟議を通しやすいように、できる限りの資料を渡すだけです。ちなみに以前、大企業に提案してから「検討します」と返信があったものの、一向に連絡がないので諦めていたら、1年後に「稟議が通りました」と連絡がきたこともありました(笑)
自分でサービスを使うことで「ユーザー視点」を持ち続ける
ーー村本さんは起業前からマーケティングのプロとして活動してきましたが、事業を成長させる上で意識しているポイントがあれば教えてください。
常に顧客の視点で考え続けることです。事業を立ち上げる時は、多くの人が顧客視点で考えているでしょう。しかし、事業を続けていく上で、いつのまにか独りよがりになってしまうことも少なくありません。
自分でサービスを作っていると、初めてサービスを触る人の感覚が失われるものです。常に、初めてサービスを触る人の気持になって改善点や不満を持つことが大切ですね。
ーーどうすればユーザー視点を持ち続けられるのでしょうか。
自分でサービスを使い続けることです。私は「アリススタイル」の一番のヘビーユーザーで、自分で商品の発送もします。お客さんがどのように商品を返してくれているかも毎回確認していますね。
自分でサービスを使うからこそ「もっと商品を貸しやすく、返しやすくできないか」常に考えられるのです。
ーー最後に、村本さんの仕事へのモチベーションについても聞かせてください。
お客さんが喜んでくれた時のワクワク感です。たまに私が貸し出した商品が返ってきた時に、商品と一緒に「いい商品を貸してくれてありがとうございます」という手紙が入っていることがあるんです。
アプリでレビューが書ける時代に、わざわざ手紙を書いて感謝してもらえた時は「この仕事をしてよかった」と思いますね。サービスを使ってくれた人にちょっとでも喜んでもらうこと、貸した人と借りた人の想いを繋げることが、私のモチベーションになっています。
編集後記
村本さんの取材をしていて印象に残った言葉が「相手の立場になって考えること」。マーケティングは教科書はもちろん、小学校の教科書にまで載っているようなこの言葉だが、実践できている人はどれくらいいるのだろうか。
大型の資金調達やホテルとの提携など、一見派手に見える事業展開も、その根底にあるのは愚直なまでの「相手目線」。ユーザーが求めるもの、大企業が求めるもの、投資家がもとめるものを必要な時に必要な形で提供してきた積み重ねが今の「アリススタイル」だ。
成功している企業を見ると、つい特殊な取り組みを学びたくなるかもしれないが、村本氏から学ぶべきはマーケティングの基礎に立ち返るということではないだろうか。