室伏長官と運営事務局に迫る「スポーツ×オープンイノベーションの可能性」。スポーツ庁による「地域版SOIP」が始動!
スポーツの振興や成長産業化に向けた取り組みを推進するスポーツ庁。スポーツ市場規模を2025年までに15兆円に拡大することを目指し、様々な施策を講じている。
その中の一つである、「スポーツオープンイノベーション推進事業」は、スポーツ界のリソースと、民間企業等の技術や資金、学術・研究機関の知見を連携させることにより、世の中に新たな財やサービスを創出するプラットフォーム(SOIP:Sport Open Innovation Platform)を構築するという取り組みだ。スポーツ庁は、SOIPの構築を推進し、スポーツ界と他産業界が連携することで新たなサービスが創出される社会の実現を目指している。
令和3年度スポーツ産業の成長促進事業「スポーツオープンイノベーション推進事業(地域版SOIPの先進事例形成)」(以下:地域版SOIP)では、全国4つの地域(北海道・東北エリア、関西エリア、中国・四国エリア、九州・沖縄エリア)にて、アクセラレーションプログラムを開催。9月中旬からスタートアップ等の公募がスタートし、事業の実証や実装支援期間を経て2022年2月に成果報告会(DEMODAY)を実施予定となっている。
今回、地域版SOIPの開催にあたりスポーツ庁長官 室伏広治氏、そして事務局の坂本弘美氏、山縣貴史氏、城坂知宏氏にインタビューを実施。スポーツ庁が地域版SOIPにかける想いや、本事業を通して描くスポーツ産業の未来について伺った。
室伏長官インタビュー「失敗を恐れず、自由な発想でスポーツビジネスに取り組んで欲しい」
――まずは、スポーツ産業の現状と、スポーツ庁のミッションについて教えてください。
室伏氏: スポーツ庁は2015年10月の設立以降、スポーツを産業として捉え、その成長のために様々な取り組みを実施しています。第二次安倍内閣の成長戦略「日本再興戦略」では、2016年に日本経済を活性化させていくためのトピックとして「スポーツの成長産業化」が盛り込まれました。
このようにスポーツが国策として掲げられたことはそれまでになく、非常に大きな出来事でした。スポーツ市場規模を2025年までに15兆円規模に拡大させるというKPIも設定され、スポーツ産業の成長が日本経済に寄与すると広く認識されるようになったのです。
スポーツ庁は障がい者スポーツや女性アスリートの支援なども推進しています。コロナ禍により多大な影響は受けましたが、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を契機に、国全体でスポーツの気運が高まっています。スポーツ庁がSPORTS TECH TOKYOと共同で昨年から開催しているプログラム「INNOVATION LEAGUE」などもそうですが、コロナ禍の厳しい状況の中でも新しいスポーツビジネスを生み出し、スポーツ産業全体を底上げするような取り組みを、今後も継続していきます。
また、スポーツ庁では、成人のスポーツ実施率の向上も目標としています。心と体のバランスを取るために、スポーツは非常に重要です。国民の身体活動の機会を増やし、健康促進につなげていくことも、スポーツ庁の大きなミッションです。そこで私自身も、スポーツ庁のYouTubeチャンネルで日常的な動作のセルフチェックやエクササイズの動画を配信しています。
▲スポーツ庁 長官 室伏広治 氏
男子ハンマー投げ選手として活躍し、シドニー・アテネ・北京・ロンドン五輪に出場。2004年のアテネで金メダルに輝く。大学教授や東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 スポーツディレクターなどを経て、2020年10月、スポーツ庁長官に就任。
――スポーツ産業の拡大に向けた1つの事業として、スポーツ産業の成長促進事業「スポーツオープンイノベーション推進事業(地域版SOIPの先進事例形成)」がありますが、ぜひ、そこにかける期待をお聞かせください。
室伏氏: コロナ禍は様々な産業にとって逆境ではありましたが、そこで新たな気付きも得られたのではないかと思います。オープンイノベーションによって新たな価値観が創出され、この逆境を乗り越えるようなビジネスが生まれることを期待しています。
特に今回の新たな取り組みである「地域版SOIP」では、各地域の特徴を存分に出していただきたいですね。地域には、様々なスポーツチームや団体がありますし、その地域ならではの自然や地形などがあります。
そういった魅力を掘り起こして、各地域の特徴が前面にでてくるような取り組みが生まれると、地域経済の活性化につながります。そして、スポーツによって地域が刺激をうけることで、市民の健康にも結びつくでしょう。地域版SOIPは、このようにいいことずくめのプロジェクトです。
――今回、応募を検討している企業に、ぜひメッセージをお願いします。
室伏氏: 私は昨年度の「INNOVATION LEAGUE」のDEMODAYにも出席し、スポーツオープンイノベーションの盛り上がりを目の当たりにしました。新しいことをやりたいという熱意は強いが、その熱意をどう活かしていくか悩みを抱える競技団体。そして、先進的なテクノロジーやサービスを開発し、活かしていきたいという熱意を持つスタートアップ。両者の熱意をマッチングさせることで、新しいものが生まれるのだとワクワクしましたね。
先ほどお話しした通り、スポーツ産業は大きく成長中の分野です。だからこそ、若く優秀な方々に、どんどんチャレンジしていただきたいです。もちろん、技術に対する確かな裏付けは必要ですが、自由な発想で面白いことや新しいことを、失敗を恐れず楽しみながら取り組んでいきましょう。その楽しさがみんなに伝われば、ますますスポーツは楽しくなるはずです。
次代を担うような地域の人材や英知が集まるプラットフォームへ
――ここからは、地域版SOIP事務局の坂本さん、山縣さん、城坂さんに、本取り組みの詳細についてお話しを伺いたいと思います。まずは、SOIPが立ち上がった理由をお聞かせください。
坂本氏: スポーツには様々な魅力がありますが、特に「情報発信力」「ハブ機能」「エンターテインメント性」の3つが大きいと思います。「情報発信力」というのは、各競技団体のSNSや選手個人のSNSなど、フォロワーが数百万人にのぼり、影響力がとても大きいです。
次に「ハブ機能」ですが、試合が開催されると、スタジアムなどに観客が数千人、数万人規模で移動します。また、周辺産業とも密接に関わる総合産業なので、色々な業界が交わることができる場でもあります。
そして「エンターテインメント性」については、結果が分からない、どんなドラマが生まれるかわからない不確定性や人々に感動を与えるという点が大きな魅力です。こうしたスポーツの魅力を軸として他産業と連携をすれば、裾野の拡大につながり、スポーツ市場15兆円の達成につながるのではないかと考えています。
また、スポーツ業界の方と意見交換をした際に、「スポーツは実証の場」だとおっしゃっているのを伺いました。スタジアム・アリーナのように何万人もの人が集まる場で実証を行うことでイノベーションを創出し、社会貢献や地域貢献に資するサービスを生み出せるはずです。こうした背景から、SOIPは2018年にスタートしました。
▲スポーツ庁 参事官(民間スポーツ担当)付 参事官補佐 坂本弘美 氏
大手通信系企業のエンジニアから経済産業省へ転職。ものづくり系IoT化支援政策や、キャッシュレス推進政策を担当後、スポーツ庁へ。成長産業化、産業振興政策に携わる。
――今年度から「地域版SOIP」を重点政策として展開されるとのことですが、なぜ地域に注目されたのでしょうか。
坂本氏: もともと、SOIPにはイノベーションを起こして先行事例を創出していくという目的がありました。その一方で、東京2020オリンピック・パラリンピック後を見据えたスポーツ産業振興を考えた時に、地域というのは重要なポイントになります。
スポーツに国民の期待や関心が全国的に一気に集まった後は、地域などで身近なスポーツに触れることこそが、スポーツに対する意識付けを維持するためには不可欠です。そこで、次代を担うような地域の人材や英知が集まる場として地域版SOIPを推進していくことになりました。
――「地域版SOIP」が目指す方向性についても、ぜひ聞かせていただけますか?
坂本氏: スポーツオープンイノベーションができる仕組みを、様々な地域に根付かせていくことです。また、スポーツは経済効果のみならず、感動など数字に表せない価値もあると思います。それをしっかりと伝えられるような事業設計やサービス創出を目指しています。
そして、世界に誇れるような日本発のサービス創出や、世界から注目されるスポーツオープンイノベーションプラットフォームを創出していきたいと考えています。
地域×スポーツの、無限の可能性
――坂本さんは昨年、”全国版SOIP”とも言える「INNOVATION LEAGUE」も担当されていましたね。そこで、スポーツが持つポテンシャルを目の当たりにされたのではないでしょうか。
坂本氏: 非常に大きな熱量を感じました。室伏長官も、「無限の可能性を感じた」とおっしゃっていました。スポーツに関わる方々はコミュニケーション力に長けている方が多く、また、スポーツそのものが人の情熱というか熱量を大きくする性質を持っていると感じています。そうした面からも、今年の地域版SOIPに大きな可能性を感じています。
全国を挙げての動きも有意義で重要ですが、それぞれの地域単位にカスタマイズし、地域のスポーツや文化に根付いた形での活動も重要だと感じ、地域版SOIPの構想に行き着きました。
――山縣さんと城坂さんは、民間企業での経験から、スポーツを通した地域活性化を実感したご経験はありますか?
山縣氏: 私が所属する出向元は不動産賃貸・開発を行っている企業ですが、民設民営のアリーナを建設したり、様々なスポーツ団体のスポンサーになるなど、地域の中でスポーツを活かそうという想いが強い企業です。
以前、立川でスポーツ施設のアリーナを建設している際、地元の人に非常に歓迎されたことを覚えています。スポーツが関連する事業は、地域の人にも受け入れられやすく、いい影響があると実感しました。
▲スポーツ庁 参事官(民間スポーツ担当)付 経営改善係長 山縣貴史 氏
2020年4月より、民間企業(不動産会社)より出向。スポーツ経営人材育成・活用事業を担当。2021年度より地域版SOIPの窓口として活動。
城坂氏: 私はスポーツ用品メーカーで、全国様々な施設でのイベント・コンテンツの企画や、新規事業開発を長年行ってきましたが、どの現場でもスポーツを絡めた企画は盛り上がりますし、参加した方々からネガティブな声を聞いたことがありません。地域には、そんな小さな種としての活動がたくさんあると思います。
今は単発のイベントや企画で終わってしまっているところが多いように感じるので、地域版SOIPとして定着させ、経済が回るレベルまで引き上げていけたらと考えています。
▲スポーツ庁 参事官(民間スポーツ担当)付 産業連携係長 城坂知宏 氏
2021年4月より、民間企業(スポーツ用品メーカー)より出向。スタジアム・アリーナ改革推進事業を手掛ける。山縣氏の補佐としてSOIPを担当。
――地域におけるスポーツオープンイノベーションの動きや、具体的な事例について教えてください。
坂本氏: 具体的な成功事例は今後、多くでてくることを期待していますが、各地域で取り組みがより具体的になっており、気運が高まっている印象です。
今年の3月には鹿島アントラーズのピッチコンテスト「Pitch & Match」が行われましたし、名古屋グランパスエイトによるスタートアップピッチ、横浜DeNAベイスターズの「BAYSTARS Sports Accelerator」など、自治体主導・スポーツ団体主導・民間企業主導など様々な形式で、各地で活発な動きがあります。
このような活発な動きの中には、圧倒的なビジネス知見のある方がキーマンとしてイノベーションを推進しながら成功事例を生み出している一方で、ノウハウやリソースが不足する中で努力をしながら懸命に活動されており、産みの苦しみを味わっている地域やスポーツ団体も多いのではないかと感じています。
今年度は地域版SOIPで先進的な支援をしながら事例を形成し、それらのノウハウを水平展開するための事例集も作る予定なので、そこから全体的な動きを加速させていきたいですね。
スポーツイノベーションの人脈形成にも活用して欲しい
――地域版SOIPは4つのエリア(北海道・東北、関西、中国・四国、九州・沖縄)の運営協力事業者が決定し、9月中旬頃からはスタートアップ等の公募が始まります。応募企業に求めることや期待を聞かせてください。
坂本氏: 応募をいただく時に、必ずしも最先端のテクノロジーに寄らなくてもいいということを、ぜひ伝えたいです。もちろん、テック系企業からの応募も大歓迎ですし、地域とスポーツの関係性を考えると、地元の名産品を活かすなど、様々な可能性が考えられると思います。
特に、地域の方々や文化に受け入れられるものは、尖った技術というよりも、もっと身近なものかもしれません。
山縣氏: その地域ならではの歴史や文化に根差した提案であるほうが、地域の方々も馴染みやすいですよね。たとえば、地域に古くからある産業とスポーツがつながる提案があれば、みんながワクワクできると思います。
城坂氏: それこそ、長官がおっしゃった「掘り起こし」に繋がりますよね。だいたい地域の方々に魅力を伺うと、「うちには特徴がない」と謙遜されるんです。しかし、そんなはずはありません。その地域の文化やその地域に根差したスポーツやチームの歴史といった魅力を、地域版SOIPで掘り起こしていきたいですね。
――最後に、応募を検討している方々に、ぜひメッセージをお願いいたします。
坂本氏: スポーツ庁はオープンイノベーションでの新しい事業創出をできるよう今後も着実に事業を推進していく所存です。地域版SOIPではeiiconさんと組んで、共創相手となるスポーツ団体はもちろん、各地域にサポートいただく企業・団体や強力なメンター陣も巻き込んだバックアップ体制を用意しております。ぜひこの仕組みをうまく活用して、自社が持つ強みや想いをアピールしていただきたいです。
スポーツ業界には、マネタイズできる人材が不足しているとの声も聞くことがあります。その点で、シンプルなマネタイズの提案であったとしても、スポーツ産業にとっては新鮮な視点である可能性があります。長官の話にもありましたが、ぜひ失敗を恐れず、全力で提案していただきたいと思います。
また、最終的に採択に至らなかったとしても、それで終わりではありません。スポーツ庁とのつながりや、スポーツイノベーションに関わる方々との人脈形成もできるチャンスもあります。そのような場としても、ぜひ地域版SOIPを活用してください。
山縣氏: 地域の特色を存分に活かしていきたいと思っています。各地域のスポーツ団体など、地域に根差した活動をしているところはたくさんあります。そこから様々なイノベーションが創出されたり、新しい事業でどんどん強くなっていったりすることで、地域全体が活性化していくことを期待しています。
城坂氏: チーム側、企業側もそうですが、市民側の期待値も高いのではないでしょうか。「自分たちの地域にこのチームや施設がある」という想いや期待は、きっと強いはずです。そうした熱量も、地域版SOIPのエンジンとして盛り上げていきたいと思います。
取材後記
日本のスポーツ産業の拡大には、オープンイノベーションという手段が不可欠だという、スポーツ庁の期待と熱意を感じられる取材だった。プレスリリースも出ているが、4つの地域のアクセラレーションプログラムの運営パートナーが決まり、9月中旬より、スタートアップ等の公募が行われる予定だ。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000179.000037194.html
<運営パートナー>
◇北海道・東北エリア
株式会社北海道二十一世紀総合研究所
主な運営実績:「SPOPLA北海道」運営
◇関西エリア
大阪商工会議所
主な運営実績:「スポーツハブKANSAI」運営
◇中国・四国エリア
伊藤忠ファッションシステム株式会社
主な運営実績:「ちゅうごく5県プロスポーツネットワーク(スポコラファイブ)」運営
◇九州・沖縄エリア ※2社共同運営
株式会社レジスタ
スポーツデータバンク沖縄株式会社
2社による主な運営実績:「沖縄スポーツ・ヘルスケア産業クラスター推進協議会」運営
スポーツを核とした地域活性化や、スポーツ業界におけるイノベーションに興味のある方は、応募をお勧めしたい。詳しいスケジュールの発表は、これから行われる。ぜひ今後の動向に注目して欲しい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:山﨑悠次)