愛知県が仕掛ける「プレ・ステーションAi」、入居スタートアップたちの素顔に迫る【前編】
2020年1月、WeWorkグローバルゲート名古屋内にオープンした「プレ・ステーションAi」。スタートアップの創出・育成・展開を図るために、愛知県が用意したインキュベーション施設だ。主な機能は、スタートアップへの活動拠点の提供、起業や既存企業との協業に向けた支援、研修会・マッチングイベントの開催など。
入居企業の募集は2019年からスタート。2020年1月より第1期生となる9者の起業家やスタートアップが入居を開始した。翌年の2021年1月からは、入居企業を35者へと増やし、取り組みをさらに強化。2024年に開業する国内最大級のインキュベーション施設「ステーションAi」へとつなげる狙いだ。
今、「プレ・ステーションAi」で、どのような起業家たちが、どのような志を胸に、事業開発に取り組んでいるのか――。「プレ・ステーションAi」に関わるキーパーソンたちを取材する今回の特集企画では、「プレ・ステーションAi」に入居する起業家たちにインタビューを実施。その内容を前編と後編に分けて紹介する。
前編に登場するのは、株式会社RTプロジェクト、株式会社ファースト・オートメーション、T3XIの3者だ。どのようなペインを感じ、起業したのか?現在の事業展開や目指す未来とは?「プレ・ステーションAi」で得られる支援内容なども含め、各者の代表に詳しく話を聞いた。
「現場調査の非効率をなくす」――株式会社 RTプロジェクト
最初に紹介するのは、建設・建築業界における現場情報を、誰でも簡単に、指先1つで共有できるアプリ「GENCHO(ゲンチョ―)」を展開する株式会社RTプロジェクト。第1期から入居する、代表の城山朝春氏に話を聞いた。
――起業の経緯からお聞きしたいです。
城山氏: 新卒で入社した富士フイルムで内視鏡の開発を経験した後、結婚を機に埼玉から妻の実家のある名古屋へ転居。妻の実家の事業を手伝うことになりました。その際、名古屋の経営塾に参加したのですが、そこで知り合ったのが共同創業者である吉澤(吉澤良亮氏)です。
吉澤は建築業界で13年近い経験があり、業界の抱える課題やペインを身をもって知っていて、「ずっと変わらない古い商習慣を変えたい」という強い思いを持っていました。その話を彼から聞いて、私も建築業界のレガシーをテックで解決することに興味がわき、一緒に事業を立ちあげることに。それが、会社設立の約1年半前、2017年頃のことです。長野の温泉に籠って、夜通しで課題や解決策について話し合ったのを覚えています。
――「現場調査」にフォーカスするに至った理由は?
城山氏: 工事は、最初に見積りがあって、契約、着工という流れで進みます。すでにある建設テックと呼ばれるサービスは、「着工後」の課題を解決するものが多い。でも実は、もっと前段階である「契約前」にも、課題がたくさんあるのです。契約前というのは、まだ誰がどこの現場に入って工事をするのかが分からない段階のこと。そこにこそ、カオスや大きな非効率があることを、吉澤から聞いて知りました。この上流部分を整えなければ、いくら下流部分を整備しても、業界全体が抱える課題は解決しません。
――「契約前」のカオスとは具体的に?
城山氏: 例えば、リフォーム会社や工務店に工事の問い合わせが入ると、たいていの場合、現場監督と営業担当が現場に行きます。その際、現場監督が「この工事だったら壁紙屋さんと電気工事屋さんだろう」という風に見繕って、職人さんを現場に呼ぶんです。でも行ってみた結果、「これ、うちの担当とは違う」ということが頻繁に起こる。その呼ばれた職人たちは、1日の3分の1や半日を無駄にしてしまうわけです。もちろん、誰からもお金をもらうこともできません。
こうした契約前・着工前に起きる無駄は、アプリを使って現場の状況を共有できれば、軽減できます。そこで、現場の状況をまるっとそのまま、みんなに共有できるアプリ「GENCHO」を開発しました。
▲「GENCHO」は、現場調査担当がスマートフォンを使って現場の様子を撮影し、アプリ上にアップロードすることで、現場作業関係者に共有できるもの。現状は静止画(2D)だが、将来的には、360度カメラやLiDARの活用も見込む。
――現在、どのような事業フェーズなのでしょうか。
城山氏: 昨年10月、ベータ版でアプリをリリースしました。マネタイズはまだで、一部課金はあるものの、ほぼすべての機能を無料で提供しています。プロモーションはしていませんが、それでも現在、1200件程度ダウンロードされています。ヘビーに使っていただいているユーザーさんも出てきていまして、そういった方たちにヒアリングを行いながら、正規版のリリースに向けて開発を進めているところです。
――「プレ・ステーションAi」には、どういった経緯で入居を?
城山氏: 起業した直後に、愛知県が主催する「スタートアップキャンプ」に参加したんです。その時に、県のスタートアップ推進課の方から声をかけてもらったのがきっかけです。
――入居後、約1年半が経過していますが、どのような点が事業のプラスになりましたか。
城山氏: 私たちの場合、スタートアップ起業というのが初めての経験でしたし、そもそも「スタートアップが何なのか」さえよく知りませんでした。ですから、ここのメンター陣に基本のキから教わりましたね。例えば、ピッチ資料の作り方や事業の伸ばし方、資金調達の進め方などです。また、名古屋の上場企業を紹介してもらったこともあります。愛知県の推薦という形で行くと、話の進み方が全く違いますから、そういった点は大きなプラスだと感じています。
――先日、エンジェルラウンドで資金調達をされたと聞きました。
城山氏: はい。6月に資金調達を実施しました。去年の段階では、「エンジェル投資家って聞いたことあるけど、本当に実在するの?」という状況(笑)。そこから始まって、外部から初めて資金調達できたことは、ここに入居したからこそだと思います。初回の資金調達を皮切りに、他の投資家たちにも興味を持っていただけ、追加の調達も決まりました。次から次へとスピード感を持って進められる点は、非常にありがたいですね。
――最後に、今後の展望について教えてください。
城山氏: 正規版のリリースと資金調達、エンジニアの採用が直近の目標です。その先の目標としては、私たちがターゲットとしている中小規模のリフォーム会社や工務店さんが、ちょうどいい感じに使えるサービスを目指して、しっかりサービスを作り込んでいきたいです。そして、現場調査で苦労することのない世界を構築し、ペインの解決につなげたいですね。
「産業用ロボットの導入を簡単に」――株式会社ファースト・オートメーション
続いて紹介するのは、株式会社ファースト・オートメーションだ。同社は、工場自動化・産業用ロボット専用情報サイト「ROBoIN(ロボイン)」と、FAやロボット導入時のプロジェクト管理ツール「ROGEAR(ロギア)」を開発・運営している。第2期から入居する同社代表の伊藤雅也氏に話を聞いた。
――起業の経緯からお聞きしたいです。
伊藤氏: 昔からモノづくりが好きで、愛知県の工業高校を卒業し、自動車部品メーカーに入社しました。そこでは、主に設備保全の分野で経験を積みました。仕事の中で、大規模な部品メーカーの工場に行く機会があったのですが、そこでは生産ラインにロボットが導入されていて、重いものなどはロボットが運搬し、人は安全柵の外から操作をしています。「これが最先端工場の自動化ラインか」とワクワクして、そういう仕事を手がけてみたいと思い、ロボットインテグレーターの技術営業に転職しました。新設の工場にロボットを導入する役割で、大きなやりがいも感じていましたが、一方でモヤモヤすることもありました。
――どういったモヤモヤ…ですか?
伊藤氏: ロボットやFAを新しく導入する際、事前に何度も仕様の打ち合わせを行うのですが、どうしても途中で話のズレが生じて、設計のやり直しが頻繁に起こるのです。”言った言わない”の論争が発生して、取引の過程はまったく気持ちがよくありません。そこで、もっと効率よく、お互いが気持ちよく取引ができる環境を作りたいと考え、起業をすることにしました。
――具体的に、どのようなサービスを展開されているのですか。
伊藤氏: 気持ちのよい取引をするためには、課題がたくさんあります。例えば、お客様に産業用ロボットの知識を深めてもらうことも必要です。なので、私たちは「ROBoIN」というオウンドメディアを立ち上げ、購入を検討するユーザーさんに役立つ情報を発信しています。また、お客様だけが知識を深めても意味がなく、売る側もより効率的かつお客様に優しく接する形で業務を行う必要があります。そこで、導入時のプロジェクト管理ツール「ROGEAR」(ロギア)を新たに開発しました。
――各プロダクトの進捗状況は?
伊藤氏: 「ROBoIN」は今年3月から記事数を増やしはじめ、6月に入ってようやく問い合わせが来始めました。「ROGEAR」は、今年の7月から数社でトライアルを開始しています。このトライアルには、ロボットSI業界で知名度のある企業さんにもご参加いただく予定です。「使ってみたい」という前向きなお声をいただき、この数社で開始することに決めました。
――「プレ・ステーションAi」に入居しようと思った理由は?
伊藤氏: もともと別のビルに本社登記をしていたのですが、人数の増加によって席数が不足するようになり、新しい拠点を探していたところ、見つけたのがここでした。応募するにあたって魅力に感じた点は、支援プログラムの豊富さや、著名VC、先輩起業家がメンターとして参画されていること、セミナーなど勉強できる機会が多そうだったことです。そういったコミュニティに入って、自分自身の成長につなげたいという思いで、入居を決めました。加えて、周囲に起業家がいなかったので、横のつながりを持ち、切磋琢磨できる環境に身を置きたいという思いもありましたね。
――今後の目標について教えてください。
伊藤氏: 短期的には、7月にトライアルを開始した「ROGEAR」の完成度を高めること。数社からいただくフィードバックをもとに改良し、今年中には正規版をリリースしたいと思っています。それと、資金調達に向けて動いています。長期的にはロボット設備導入のプロセスを改善できるよう、事業を前進させていきたいですね。
「発話力向上トレーニングプラットフォームの構築」――T3XI
3社目は、「発話力向上トレーニングプラットフォーム」を展開するT3XI(ティースリー・クロスイノベーション)だ。第2期から入居し、事業化に向けて取り組む代表の佐藤雅夫氏に話を聞いた。
――どのようなきっかけで、起業されたのでしょうか。
佐藤氏: 2019年に、ある歯学博士と出会ったことがきっかけです。その博士の研究テーマが、口唇裂・口蓋裂(※1)の方たちの発話トレーニングでした。「構音」と呼ばれる専門用語があるのですが、言葉を発するプロセスの最終段階におけるトレーニングを専門に、研究をされている博士でした。私自身、滑舌に不安を持っていたため相談したところ、「滑舌は治る」というお話しで。さらに色々と会話をするうちに、博士が持つ課題を私が考案したIoMT(Internet of Medical Things)デバイスで解決できることも分かりました。
現状、口唇裂・口蓋裂に悩む人は、500人に1人と言われていて、非常に苦労をされています。トレーニングはドクターと対面で行う必要がありますが、対面トレーニングはコロナ禍において困難な状況です。そこで「遠隔でトレーニングするために必要なプロセスは何だろう」と考え、ひとつの方向性を見出しました。トレーニングをして、レコーディングして、ディスカバリーすることを推奨する独自のメソッドです。
この方法が、口唇裂・口蓋裂の方たちのトレーニングだけではなく、滑舌の課題解決、さらには高齢者のオーラルフレイル(※2)にも役立てられるのではないかと考え、取り組み始めたのが起業の発端です。
※1: 口唇裂・口蓋裂とは、口の周りに生まれつき裂がある状態のこと。
※2: オーラルフレイルとは、2018年に厚労省が症例として認定した口腔機能低下のこと。
――現在、どのような事業フェーズなのでしょうか。
佐藤氏: 導入前に実証実験を行う必要があるため、それに向けて準備を進めているところです。昨年、作ったものとしては、データ取得に必要なデバイスと、取得データをリアルタイムに表示するアプリケーション。これらをもとに、まずは口唇裂・口蓋裂の患者さんたちの発話トレーニングにおいて実証実験を行う予定です。
――「プレ・ステーションAi」に入居しようと思った理由は?
佐藤氏: 他にも作業場所はあって、そこに設備などは一式そろっています。ただ、1人で籠っていると、独り言が多くなるんですよね。コロナで人と話す機会も減っていますから、もともと滑舌がよくないのに、言葉の詰まりもさらに悪化します。ドクターに相談すると、「人と話さないからだよ」なんて風に言われたりもして(笑)。1人で作業をするよりも、色々な人と話した方がいいと思ったことが、入居を決めた理由のひとつです。
それともうひとつ、私は長年、会社を経営してきたのですが、その経験がこれからの時代に役立つのかというと、そうとも限りません。ここに入居することで、新しい考え方やアプローチの仕方を知れるのではないかと思い、入居を決めました。実際にこの拠点で、目線の高い起業家たちと接することができ、刺激をもらっています。
――今後の目標について教えてください。
佐藤氏: まずは、現在、進めている実証実験をやり遂げること。そして来年には、次のステップに進むことを目指しています。世界も視野に入れるとしたら、このメソッドは語学トレーニングに使える可能性もあるので、そういった領域にも広げていきたいですね。
取材後記
3者3様、それぞれの課題感を起点に新たな事業を考案し、課題の解決につなげようとする様子がありありと伝わってくる取材だった。また、各者が「プレ・ステーションAi」に入居することで、資金調達に成功したり、事業をスケールさせるためのノウハウや切磋琢磨できる同志を得たりと、メリットを享受していることも伝わってきた。続く後編では、SWIMMER株式会社、株式会社 New Ordinary、株式会社ミライ菜園の3者について紹介する。
※「プレ・ステーションAi」では、愛知から起業家を生み出すイノベーション創出プログラム「AICHI-STARTUP ビジネスプランコンテスト2021」を開催。<応募締切:7/30(金)>
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:佐々木智雅)