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【NTT東日本×慶大×南房総NPO】宇宙IoTとシステム×デザイン思考で、課題先進地域・南房総エリアの地域活性化へ

【NTT東日本×慶大×南房総NPO】宇宙IoTとシステム×デザイン思考で、課題先進地域・南房総エリアの地域活性化へ

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2019年7月に発足された東日本電信電話株式会社(以下、NTT東日本)のデジタルデザイン部。同部は、同社内のデジタルトランスフォーメーションを進め、固定電話事業、ブロードバンドサービス事業に次ぐ、新たな事業の柱の構築やデジタル事業の推進によって、地域活性化・地方創生を目指す組織。技術視点による課題解決を主眼とし、共創プロジェクト「NTT EAST DIGITAL DESIGN PROJECT」など、数々のイノベーティブな施策を通じて、地域社会における未来の創造に取り組んできた。

2020年5月、NTT東日本デジタルデザイン部と慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶應SDM)は「宇宙IoTとシステム×デザイン思考で新型コロナウイルス禍の地域活性化につながる社会課題解決を目指す共同研究」を開始。その一環として、NPO法人南房総リパブリック(以下、南房総リパブリック)を含む三者で南房総エリアにおける地域課題解決に向けた共創に取り組んでいるという。

今回はNTT東日本デジタルデザイン部の下條裕之氏、慶應SDMの神武直彦氏、さらに、「二地域居住」をコンセプトに千葉県南房総と都市を結ぶ活動を続けている南房総リパブリックの馬場未織氏にご登場いただいた。

――宇宙IoT、システム×デザイン思考、南房総。一見、関わりの薄く思える三つの要素が、いかに交わり、どのような未来を描き出そうとしているのか?そして、その先に目指される地域活性化・地方創生のあり方とは?必見の鼎談をぜひご覧いただきたい。


【写真左】 東日本電信電話株式会社 デジタル革新本部 デジタルデザイン部 担当課長 下條裕之氏

2006年新卒入社。法人営業部でシステムエンジニアとして従事。2009年より研究開発センタにてスマートホーム分野の研究開発から商用サービス化までを牽引。その後、海外通信キャリアとのスマートホームに関するIoT技術の共同研究や、大手メーカーとのコラボレーションビジネス創出の経験を経て、2019年にデジタルデザイン部の立ち上げプロジェクトに参画。現在はAI/IoTを始めとしたデジタル技術戦略や人材育成、宇宙IoT・リモートワールド関連開発などを担当。

【写真中】 南房総リパブリック 理事長 馬場未織氏

建築設計事務所勤務を経て、建築ライターとして独立。2011年に「平日は東京で暮らし、週末は南房総市の里山で暮らす」という二地域居住をコンセプトとする南房総リパブリックを設立。翌年、NPO法人化。現在は里山環境を体験しながら学びを得る「里山学校」を開校するほか、二地域居住の推進プロジェクトなどを手掛ける。

【写真右】 慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 神武(こうたけ)直彦氏

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。欧州宇宙機関(ESA)研究員を経て、宇宙航空研究開発機構主任開発員。慶應義塾大学先導研究センター准教授を経て、2011年度より同大学院システムデザイン・マネジメント研究科准教授。2018年度より同教授。物事を俯瞰的かつ緻密に把握し、適切に目的達成に導くシステムデザイン・マネジメントに関する研究教育を推進。人工衛星などの宇宙インフラを含むIoTを活用した技術的視点とフィールドワークやエスノグラフィーといった社会調査的視点を融合した物事の把握とそれに基づくデザイン手法を用いた数多くのプロジェクトに従事。

宇宙IoTとシステム×デザイン思考で、課題先進地域・南房総エリアの地域活性化を目指す

――2020年5月、NTT東日本デジタルデザイン部と慶應SDMは「宇宙IoTとシステム×デザイン思考で新型コロナウイルス禍の地域活性化につながる社会課題解決を目指す共同研究」の開始を発表しました。まずは、この共同研究に至る背景や経緯についてきお聞かせください。

慶應SDM・神武氏 : 共同研究についてお話しする前に、前提として、現在の宇宙技術のトレンドについてお話しさせてください。キーワードは「コモディティ化と高機能化」です。

昨今、宇宙データは急速にオープン化、フリー化しています。例えば、コロナ禍により世界的に人の移動が制限され、自動車の走行量が減ったことで、地球上の一酸化炭素濃度は大幅に減少しているのですが、そうした状況を観測したデータはほぼ無料で入手が可能です。また、宇宙データを分析するプラットフォームもすでに普及しています。

そのため、昨今の宇宙技術を用いたビジネスのトレンドは「ロケットや人工衛星を作って運用する」といったことに加えて、「オープン&フリーな宇宙データをはじめとした多様なデータをいかに活用して、社会還元するか」とうことに広がりつつあります。これにより、宇宙ビジネスは多様なサービスが生まれており、NASAやJAXA、それに付随するロケットメーカーや衛星メーカー以外の企業も、そのような宇宙ビジネスにつながる事業や研究開発を手掛けています。そのようなことに関連して、私たちの研究室にも多くの企業から共同研究などのオファーが増えています。

そうした流れのなかで、お話を頂いたこともあり、NTT東日本さんとの共同研究を締結しました。NTT東日本さんは、地上に広帯域の通信回線を敷いており、尚且つ、データ処理のための強靭なインフラも所有しています。また、研究開発という点でも国内トップクラスの能力を有しているため、宇宙データを活用した事業にも親和性が高く、ぜひご一緒したいと思いました。

共同研究開始時には、出来るだけ多くの地域にお伺いし、対話を重ね、様々な取り組みを進めたかったのですが、コロナ禍により方針を転換しました。ニューノーマル時代における地域活性化の課題解決に焦点を絞り、共同研究をスタートさせることとなりました。

NTT東日本・下條氏 : 共同研究に至る決め手として、両者の想いが一致したというのは大きかったと思います。特に、慶應SDMが掲げるシステム×デザイン思考という考え方と、デジタルデザイン部が志向しているデジタル技術と何かを掛け合わせることでイノベーションを起こす方法論は、重なる部分が大きいと感じています。


▲慶大とNTT東日本の知見・技術の掛け合わせによるイノベーション創出により、社会課題解決を目指す。

――その後、共同研究に南房総リパブリックが参画します。その経緯についてもお聞かせいただけますか。

慶應SDM・神武氏 : 共同研究を進めるうえで重要視していたのが、「現場のユーザーとの対話を行う」ということでした。この点は強調したいのですが、宇宙データや宇宙IoTなどのテクノロジーはあくまで手段であって、目的ではありません。現場のユーザーにとっては課題の解決が重要なのであって、そこにテクノロジーが用いられているかどうかは関係ないことです。

つまり、手段のHowを議論する前に、誰が課題を抱えているのか (Who)、なぜ課題を抱えているのか (Why)、その課題とは何か(What)といった点を議論し、そのうえでテクノロジーの活用が適当か判断しなければなりません。このWho・Why・Whatを明らかにするうえで、現場のユーザーの声を聞いたり、議論したりするのは欠かせない工程です。コロナ禍で移動や人との接触が避けられる状況ではありましたが、課題を抱える現場のユーザーとの接点を確保する必要がありました。

その点、南房総は、東京から一日で往復できるほどの距離に位置し、コロナ禍でも比較的、移動がしやすい地域でした。しかし、一方で、過疎化が進展しているなど、今後、日本全体が直面するであろう課題を数多く抱えている地域でもありました。南房総の課題を解決できれば、その方法論は他の地域にも展開可能というわけです。そこで、私と以前から面識があり、南房総で二地域居住の活動を推進している南房総リパブリックの馬場さんにご協力を仰ぎました。


南房総リパブリック・馬場氏 : 神武先生がおっしゃったように、南房総は東京から比較的、近い距離にありながら、東京とは環境の大きく異なる地域です。私たちは「一番近くて、一番深い田舎」と称しているのですが、そこが土地の魅力である反面、課題も鬱積しています。南房総は「課題先進地域」だと言っても過言ではありません。

南房総リパブリックでは、そうした課題の解決を地域の外側にいる立場から考える活動に取り組んでいます。今回、NTT東日本さんと慶應SDMの神武先生のチームにご協力いただき、より外側の立場から課題解決に向き合ってくださるということなので、ぜひご一緒したく共同研究に参画しました。

対話を通じた南房総エリアの課題抽出―「ヒューマンセンシング」の重要性

――では、共同研究の概要についてお伺いします。この三者で、どのような取り組みを行なっているのでしょうか。

NTT東日本・下條氏 : 2021年4月現在まで、2回に渡り、現地の農家の方々を中心に地域課題解決に向けたワークショップを開催しています。

これは神武先生の方針であり、私自身もキャリアを通して強く実感していることなのですが、企業や大学やNPOが押し付けのような形で課題解決を図ってもあまり意味がありません。大切なのは、現地の方々が主体的に課題解決にのぞみ、私たちがいなくても取り組みが継続するようなモチベーションを持つことです。そうした意味で、現地の方々を中心としたワークショップは非常に意義深いと思っています。


――具体的にどのような内容のワークショップなのでしょうか。

慶應SDM・神武氏 : ワークショップの流れを説明すると、まずは現地の農家の方に現在の事業の状況をストーリー仕立てで話してもらい、事業のなかで何が大変なのか、何が喜びなのかといったことを浮き彫りにしていきます。そして、その現状を踏まえたうえで、5年後、10年後にどのような状況であってほしいかというシナリオを作成し、現状とのギャップを確認するという内容です。

しかし、ここで重要なのは、実はワークショップを始める前に、私たちと現地の農家の方で相互理解の時間を設けているということです。私たちはワークショップを開催する以前から、何度か南房総に訪れ、現地の農家の方々と顔を合わせたり、ずぶ濡れになりながら畑の視察をしたりしていました。

なぜ、これが必要なのかといえば、正しいことを言うだけでは現地の方々には受け入れてもらえないからです。嬉しいとか、楽しいとか、感情や体験を共有することで、はじめて現地の方々の意識変容や行動変容を促すことができ、主体的な行動を喚起できます。

また、心理的な距離を縮めることで、課題の一端を掴むこともできます。共に畑作業をしたり、食事をしたりするなかで、ふとしたときに本当の困りごとや、一見しては分からない悩みが漏れてきます。これを私たちは「ヒューマンセンシング」と呼んでいて、人と人との対話を通じて、課題を浮き彫りにしています。

NTT東日本・下條氏 : 今回のワークショップを通じて、直接、対話する重要性を痛感しました。私は千葉県出身で、祖父が農家だったので、南房総の農家の課題についても把握しているつもりでいました。

しかし、実際に現地の農家の方々と対話してみると、それがただの固定観念だったことに気付かされました。現地の農家の方々は実に多様で、なかには東京の中小企業と同じような課題を抱えている方もいらっしゃいました。

NTT東日本・阪本氏 : 私も学生時代には、地域課題とはエリアや地域の特性によって固定されているものだと考えていました。沿岸部にはこんな課題、山間部にはこの課題といったように類型的なものだと思い込んでいたのです。しかし、それは誤りでした。そもそも一口に南房総といっても、海もあれば山もあって、地域内でも場所によって環境は大きく異なります。こうした地域の課題をすくい上げるためにも、直接の対話は必要不可欠だと思います。


▲東日本電信電話株式会社 デジタル革新本部 デジタルデザイン部 阪本奈津美氏

2020年新卒入社。デジタル人財としてデジタルデザイン部へ初期配属。宇宙IoTやSaaSに関するPoC検証・開発プロジェクトを担当しており、本研究についてもメンバーの一員として携わっている。

――ワークショップを通じて、現地の農家の方々の意識や行動に変化はあったでしょうか。

南房総リパブリック・馬場氏 : 2回目のワークショップが終了してから、まだ1ヶ月ほどのため大きな変化は表れていませんが、化学反応がたしかに起きつつあると感じています。

例えば、1回目と2回目のワークショップの間に、参加者の農家の方と電話をしていたときのことです。その方は電話の最中、しきりに「この間のワークショップでの発言は的外れだった」「本当の困りごとは別にあったと思う」と反省を口にしていました。

おそらく、ワークショップに参加したことで、日々タスクに追われて見失っていた、自らの仕事の価値や意義を改めて考えるようになったのだと思います。そうした思考のなかで出した答えを、他のワークショップのメンバーに共有することで、今後はより建設的な議論が可能になり、地域課題解決というゴールに向けて近付いていけるのではないでしょうか。


各地域に支局を設けているNTT東日本と一緒に取り組めることは、地域活性化に向けた継続性という点で非常に心強い。

――今後、共同研究をどのように展開していく予定でしょうか。

NTT東日本・下條氏 : NTT東日本の立場としては、南房総で得たノウハウや方法論を全国に水平展開していきたいです。NTT東日本は公共性の高い事業を担っていますが、一民間企業である以上、利益を生まなければなりません。そのためにも、南房総から千葉県南部、千葉県全域、東日本全域、ゆくゆくは日本全国とエリアを広げて、地域課題を解決するサービスとしてご提供できればと考えています。

――神武さん、馬場さんにお伺いしますが、NTT東日本さんの共創パートナーとしての魅力はどのような点でしょうか。

南房総リパブリック・馬場氏 : NTT東日本さんの組織力です。特に、全国各地に支局を持ってらっしゃる点です。その何が魅力的かというと、一言でいえば「いなくならない」ということです。

南房総は課題の多い土地柄ということもあり、様々な企業や大学が研究や実証のフィールドとしてきました。しかし、取り組みが一過性のものになることも多く、そのために現地の人々が疲弊することも少なくありません。

その点、NTT東日本さんは各地域に支局を設けて、根を張っているため、継続的な取り組みが期待できます。これはサービスを全国に水平展開していくうえでも、強みになるはずです。

慶應SDM・神武氏 : 私は、NTT東日本さんはスケーラビリティの点で非常に優れていると思っています。もし、南房総での取り組みが成功し、そのノウハウと宇宙IoTの技術が組み合わされば、サービスを即座に全国展開可能になります。衛星は地球上のどの場所のデータも観測可能ですから、南房総で展開できるサービスは、北海道でも展開可能ですし、場合によっては全世界に広げていくこともできます。

衛星自体は政府並びに一部の企業が運営しているのですが、地上側の通信回線やインフラには圧倒的な強みがありますし、「DXによる地域活性化」という領域ではNTT東日本さんに比肩する企業はいないのではないでしょうか。


デジタル技術による地域活性化のポイントは「素人のように考え、玄人として実行する」こと。

――では、最後に、デジタル技術を用いて地域活性化を進めるうえで重要なポイントについて、皆さんのお考えをお聞かせください。

NTT東日本・下條氏 : 神武先生も冒頭に述べていらっしゃいましたが、やはりデジタル技術を目的化してはならないのだと思います。地域課題を解決する手段としてデジタル技術があるなら活用すべきだし、そうでなければ活用しないほうがいい。あくまでデジタル技術は手段であると認識するのが重要です。

また、デジタル技術を活用する際には、押し付けにならないように注意すべきです。先端的な技術には、少なからずアレルギー反応のようなものが生まれてしまいます。その点に留意ながら、押し付けにならないよう、デジタル技術を落とし込んでいくのもポイントです。

慶應SDM・神武氏 : 私の好きな言葉で「素人のように考え、玄人として実行する」というものがあります。これはカーネギーメロン大学で教授を務めたロボット工学界の権威・金出武雄先生の言葉です。この言葉の通り、手段としてデジタル技術を活用するには玄人としての知見や理解が必要ですが、発想までその枠に囚われる必要はありません。むしろ、発想の段階では思考のバイアスを可能な限り取り除き、目の前の現場や人を理解することが大切です。

一方で、デジタル技術に関しては素人の方も、データなどについて少し勉強して知見を蓄えることで、活用の幅が大きく広がります。デジタル技術には、素人と玄人の両方の視点を持って向き合うことが重要です。

南房総リパブリック・馬場氏 : 今回の取り組みで印象的だったのが、神武先生が「宇宙IoTの活用」を前面に押し出さずにワークショップを進めたことでした。その理由を伺うと、課題を洗い出す際にはニュートラルな視点が必要で、イメージを限定しないのが重要だということでした。ですから、課題をしっかり洗い出すためにも、課題抽出の手順にはこだわるべきだと思います。

慶應SDM・神武氏 : 最初にもお話ししましたが、現在、宇宙技術は「コモディティ化と高機能化」が進んでおり、宇宙データは誰でも入手できます。重要なのはいかに有効な活用方法を見出すかであり、そこでは課題設定が非常に重要な役割を果たします。そのため、課題抽出にあたっては、より慎重かつ注力してのぞむことをお勧めします。


取材後記

取材中、馬場氏はワークショップ2日目の様子を振り返って語った。――「2日目の最後に、下條さんが『NPOや大学だけでなく、企業も地域に対してできることがあると思っています』と挨拶したのが印象的でした。そして、参加者の農家の皆さんも、下條さんのその言葉に心を開いていると感じました」(馬場氏)

NTT東日本、慶應SDM、南房総リパブリックによる地域課題解決の共同研究は現在も道半ばだ。しかし、すでに三者だけでなく、地域の方々を巻き込んだワンチームを築いていることがわかる。

房総半島の南端で未来のあるべき姿を描く小さなチーム。そのチームの輪が広がり、ゆくゆくは日本全体を包み込む地域活性化の輪になることを願ってやまない。

(編集・取材:眞田幸剛、文:島袋龍太、撮影:古林洋平)