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「スタートアップが大企業を選ぶ時代」に国内アクセラ老舗企業が新たな打ち手ーOI手法の進化・変化とは?

「スタートアップが大企業を選ぶ時代」に国内アクセラ老舗企業が新たな打ち手ーOI手法の進化・変化とは?

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新型コロナウイルスの感染拡大は、経済に大きなインパクトをもたらした。コロナ禍において本業を守ろうとする防戦型の企業もあれば、「このタイミングがチャンスだ」と果敢に新事業に挑む”攻め”の企業も少なくない。そして、新しいビジネス領域に挑戦する手法の一つとして、オープンイノベーションに注目する大企業も着々と増えている。

実際、ベンチャー・スタートアップとの共創を目指すために、大企業がアクセラレータープログラムに取り組んだり、コーポレートベンチャーキャピタル(以下CVC)を設立したりするケースも多い。アクセラレータープログラムは、社内のみでは難しい領域において数ヶ月程度で複数のシーズを世に出し、イノベーションの芽を創ることができるというメリットがある。また、CVCの設立には、新事業の開発コスト・リスクの削減といったメリットがある。

――では、大企業がアクセラレータープログラムやCVC設立によって、具体的にオープンイノベーションがどのように進化・変化していくのだろうか?

そこで今回は、他の大企業に先駆け、2015年より主にスタートアップとの連携を目的とするアクセラレータープログラム(東急アクセラレートプログラム)を実施するなど、近年は国内オープンイノベーション分野の牽引役として豊富な実績を築いてきた東急株式会社にフォーカスする。

2020年11月、同社はCVC活動の開始を発表。あわせて同CVCの1号案件となる株式会社日本クラウドキャピタル (以下JCC)への出資概要についてもリリースした。

すでにベンチャーやスタートアップとの豊富な共創実績を有する東急グループが、このタイミングでCVC活動を開始する目的、背景はどこにあるのか。今後、CVC活動によって東急グループとスタートアップの連携・共創をどのように進化させていこうと考えているのか。1号案件となったJCCの選定理由なども含め、東急の福井氏に詳しくお聞きした。


東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ 課長補佐 福井崇博氏

2010年、新卒で日本郵便株式会社へ入社。2017年には日本郵便初のオープンイノベーションプログラムの立ち上げに関わるなど、同社とスタートアップの連携を推進。2018年に東急株式会社へ入社。以降は東急アクセラレートプログラムやSOILの運営など、新規事業開発や組織変革を担うフューチャー・デザイン・ラボにおいて、今回のCVC活動を含めたスタートアップ連携の促進を担っている。

スタートアップが大企業を選ぶ時代。CVCによる出資機能は不可欠だと感じた

――今回、東急株式会社としてCVCを設立されましたが、いつ頃から計画されていた話なのでしょうか?

福井氏 : 1年以上前から企画していたのですが、コロナの影響もあって検討事項が増えてしまい、今回のタイミングでのリリースとなりました。

実はコロナの感染拡大により社内では、「このタイミングでCVCを立ち上げるのか?」という議論も生まれたのですが、経営陣が「こんなときだからこそ、未来のための投資を行うべきだ」と専任チーム設立と活動開始の後押しをしてくれました。

――東急グループといえば2015年からアクセラレートプログラムを実施していたり、渋谷にSOIL (Shibuya Open Innovation Lab)を立ち上げられたり、国内の大手企業の中でも早くからベンチャーとの連携に注力されてきた印象があります。このタイミングでCVC専任チームを組成された目的について教えてください。

福井氏 : 2つ理由があります。1つ目の理由は2019年に発表された東急の長期経営構想の中で語られている「東急ならではの社会価値提供による”世界が憧れる街づくり”」に基づいています。

私が所属しているフューチャー・デザイン・ラボは、東急グループが長期目線で取り組むべき事業開発や組織づくりを担っていますが、「世界が憧れる街づくり」を目指すにあたって、あるべき姿からの逆算によってどのような手法・施策が有効かを検討しました。

その際、自社やグループでの事業開発はもちろんですが、オープンイノベーションのアプローチでもいかに新しい事業の柱を生み出していくかを議論しました。現状でも各事業部やグループ企業とスタートアップ等との連携を推進するためのアクセラレートプログラムを実施していますが、既存事業や周辺領域に留まらず、構想に沿った新規領域への進出を仕掛けていく上で、より長期的な連携を想定すると、その過程で必要になるマイナー出資機能のピースが足りていませんでした。そこで長期視点でのスタートアップとの連携・共創を目指すべくCVCの検討を本格的に開始したのが2019年の話になります。


TOKYU2050VISIONとCaaS 構想(東急株式会社のCVC活動開始についてのリリース内より抜粋)

――もう1つの理由についても教えていただけますか?

福井氏 : もう1つの理由は現場での肌感覚の話になります。今やオープンイノベーションは、「優れたスタートアップが大企業を選ぶ時代」になってきたと感じています。東急グループには諸先輩方が積み上げてきた実績もあり、「オープンイノベーションに取り組む大企業」という認知を得られていますし、日本のオープンイノベーションの界隈でも一目置かれるポジションに位置していると自負しています。

しかし、昨今は他の大企業もアクセラレートプログラムを始めたり、CVCを立ち上げたりとオープンイノベーション活動を活発化させてきた流れもあり、相対的にスタートアップが東急グループを選ぶ優先順位が下がってきているのではと感じていました。

――「買い手市場」から「売り手市場」になったということでしょうか。

福井氏 : 事業連携の話を進めていたスタートアップと「少し連絡が途絶えたな…」と思ったら他の大企業と連携しているリリースが出ていたり、他の企業との案件があるのでリソースを割くことができませんと言われたり、少しずつですがそうしたケースも増えてきていました。

スタートアップ側からすればエクイティ、出資も含めて一緒に取り組める大企業を優先するのだろうという実感が肌感覚としてあったので、やはりマイナー出資を専門で担う機能が必要だと考えました。


「ヘルスケア」「住む・働く・移動」「ソーシャルファイナンス」の3領域を投資テーマに設定

――今回のCVCではどの程度の出資枠を確保しているのでしょうか。

福井氏 : コロナの状況もあり、総額は決まっていませんが、概ねワンショットで数千万〜数億円程度の投資を想定しています。ちなみに、1号案件となるJCCへの出資額は1億円です。

――期間を設定し、その中で「何社に出資しよう」「金額としてはこのくらい出資しよう」といった指標などはありますか?

福井氏 : 投資が目的ではないので件数や金額でのKPIは定めていませんが、2020年度内に数件の出資を実行する予定で動いています。あくまでも東急グループが描く将来像に合致した案件、投資テーマに基づいた案件に出資していくことになると思います。

――「投資テーマ」ということですが、具体的にどのようなテーマを設定されているのでしょうか?

福井氏 : 2050年に東急グループがありたい姿を描いたTOKYU2050VISIONにおいて、CaaS(シティ・アズ・ア・サービス)構想と呼ばれる考え方が含まれています。人々の生活をより豊かにするために、デジタル都市基盤を築いた上で様々なサービスレイヤー群を展開していくという構想になりますが、そのサービスレイヤーに位置づけられるものの中から当面の投資テーマを設定しています。

具体的には「ヘルスケア」「住む・働く・移動」「ソーシャルファイナンス(コミュニティサービスを含む)」という3つのテーマです。1号案件となったJCCへの出資はソーシャルファイナンスというテーマに基づいたものとなります。

――CVCの1号案件としてJCCに出資をしようと決めた経緯について教えてください。

福井氏 : 3つのテーマを設定した段階で、他テーマへもいい影響を波及させることができるであろうソーシャルファイナンスから着手しようと決めました。フューチャー・デザイン・ラボの中でソーシャルファイナンスに関連した事業構想のアイデアが生まれていたこともあり、3つのテーマの中で一番具体的なイメージを持ちやすかったことも大きいですね。

また、ソーシャルファイナンスのテーマでは「住民参加型でつくるエンゲージメントの高い街づくり」を目指す中で、街づくりへの参加ツールとして重要な意味を持つと考えていたのがクラウドファンディングであり、とくに株式投資型クラウドファンディングと東急グループの事業は非常に親和性が高いと感じていたため、リサーチをかけた上でこちらからJCCにアプローチしました。

――今回の件でフューチャー・デザイン・ラボ内にCVC専任チームが立ち上がったと伺っていますが、東急アクセラレートプログラム(以下TAP)とは別チームとなるのでしょうか。

福井氏 : そうですね。私や吉田も兼任していますし、もちろん連動していきますが、別チームです。TAPは参画事業者(東急のグループ会社・事業部)との事業共創を担当しており、既存事業や周辺事業の改善・サービス開発を主なミッションとしていますが、今回のCVCは長期経営構想に基づくバックキャスト視点、つまり将来からの逆算で立ち上げられているため、直近の事業連携だけにこだわらず、東急グループが描く将来像の中に必要なビジネスへの投資を目的としています。

CVCチームは部長も含めると5名のメンバーで構成されています。前職の日本郵便時代も含め、周囲の様々な方に協力いただきながらオープンイノベーションの活動を推進してきましたが、今回のチームは「自分が頑張って、周りの方々が協力してくれた」というよりも、「5人全員の力でやりきった」という印象が強いです。新しいことを始めるときは個の力も大事だとは思いますが、とくに今回はチーム・組織として取り組んでいる実感がありますね。


▲フューチャー・デザイン・ラボCVC専任チームは、統括部長 御代一秀氏(中央)、課長代理 梶浦ゆみ氏(右から2番目)、課長補佐 福井崇博氏(左から2番目)、主事 吉田浩章氏(左)、担当 金井純平氏(右)の5名で構成されている。

ノウハウや成功事例は共有できるが「Why」だけは自分たちで考え抜く

――少し話を戻しますが、今回のCVC立ち上げの理由の一つとして、「スタートアップ側が東急グループを共創相手として選択する優先順位が相対的に下がってきているのでは」というお話がありました。昨今では東急グループと同様に鉄道を事業の柱とする企業も積極的にアクセラレートプログラムを開催していますが、そのような同業他社の追随によって”焦り”を感じることもあったのでしょうか?

福井氏 : 私はTAPも担当しているので、まったく焦りがないとは言えません(笑)。ただ、他の大企業のオープンイノベーション担当の方々とは常に情報を交換し合っていますし、良い意味での刺激もいただいています。そうした中で今回、東急グループとしても新たな勝負に出たいと思ったのです。

バックキャスト視点でのCVC活動は今回が初めてとなりますが、これまでにもTAP関連で事業部からはスタートアップへの出資を行っていますし、多くの事業共創を経験してきた会社です。

グループとしては「オープンイノベーションを何周もやってきた」という自負がありますし、その中で様々なノウハウの蓄積があり、課題も見えてきました。その上で、今回新たにCVC専任チームを立ち上げて「オープンイノベーション活動をより加速させていこう」というのが私たちの思いです。

――確かに東急グループには「国内アクセラレートプログラムの老舗」というイメージがありますよね。日本郵便時代から長きにわたってオープンイノベーションに携わってきた福井さんには、現在の日本のオープンイノベーションを取り巻く環境はどのように見えているのでしょうか。

福井氏 : 私自身は日本郵便から東急グループに来て3年目になりますが、東急グループとしては2015年からアクセラレートプログラムをスタートしており、TAPとしての上司である加藤(由将)さんたちが積み上げてきたものの大きさを実感するばかりです。

間違いなく他の大企業よりもアドバンテージがあるわけですが、最近では私の勤めていた日本郵便をはじめ多くの企業がオープンイノベーションへの取り組みを加速させています。ただ、そのような状況であっても互いに単純な競合関係になっているわけではありません。

日本のオープンイノベーション領域で活動している人たちは非常に利他的な人が多く、皆がノウハウや成功事例の共有に積極的であり、「こんなところで苦労している」「こんな課題を抱えている」という部分についても素直にシェアし合えるような関係性を築けています。

――なるほど。確かに利他的な人々が多いかもしれません。

福井氏 : 東急グループを含む多くの企業がオープンイノベーションに取り組んできたことで、現在ではHowやWhatに関して様々なところにヒントが転がっていると思います。後発でスタートする企業が学びながら始められる環境が整いつつあり、非常に素晴らしい流れができているなと感じています。

ただし、HowやWhatは転がっていたとしても、Whyだけは各企業、各担当者が考えなければいけない部分だと思っています。私たちのチームもこの1年間、「なぜCVCを立ち上げるのか」というポイントについて徹底的に考え抜いてきましたからね。

――「なぜオープンイノベーションをするのか」という部分については、個々の企業で徹底的に頭を捻る必要があるということですね。

福井氏 : その通りです。一方で多くの企業がオープンイノベーションを推進するようになったものの、圧倒的な成功事例を生み出せている企業は限られている状況です。私自身も「大企業におけるオープンイノベーションで圧倒的成功事例をつくりたい」という思いを持って東急グループに来ましたが、まだまだそのような成果を示すことができていません。今後も他社の方々とも協力しながらオープンイノベーションの成功モデルを突き詰めていくつもりです。


取材後記

福井氏が「東急グループのオープンイノベーションに足りなかったピース」と表したCVCが設立されたことにより、今後、東急グループと共創するスタートアップは既存事業連携に留まらない出資も含めた幅広い支援を受けることが可能になる。同グループが持つ強力なアセットやリソースに新たな武器が加わったことで、これまで以上に社会や地域、人々の生活を豊かにするような「圧倒的成功事例」を生み出すための基盤が整ったと言えるだろう。長年、日本のオープンイノベーションをリードし続けているTAPとの相乗効果も含めて、今後も東急グループのCVC活動に注目していきたい。

※撮影場所:Shibuya Open Innovation Lab(SOIL)

(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:齊木恵太)

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