アジア勢の猛攻に打ち勝つ工業用ミシンメーカーの戦略
オープンイノベーションをもっとも実践している企業に贈る『OPEN INNOVATION AWARD』――。去る7月10日、eiicon companyは2019年度の受賞企業である6社を発表した。審査基準は、「積極性」「コミットメント」「PRの明確度」「提携内容」の4軸。栄えある年間アワードに輝いたのは、JUKI株式会社だ。
同社は工業用ミシンにおいて、世界シェアトップを誇る縫製機器メーカーだ。世界180カ国以上に販路を持ち、売上の約85%を海外で稼ぐ。その品質の高さが評価され、トップブランドをはじめとする世界中のアパレルメーカーや縫製工場に選ばれている。
TOMORUBA編集部は年間アワードを記念して、同社がオープンイノベーションに取り組む理由や実践の仕方、AUBAを活用した共創プロジェクトから生まれた成果について、イノベーション推進室 室長を務める近藤史俊氏に話を聞いた。本記事ではその内容を紹介する。
▲JUKI株式会社 イノベーション推進室 室長 近藤史俊 氏
2007年、JUKI株式会社に新卒入社。品質統括部に配属され品質マネジメントに従事。2009年に技術統括部へと異動し、技術戦略や技術企画などに携わる。その後、経営企画部門にて経験を積み、2018年より現職。現在は、イノベーション推進室にて同社の新規事業開発に取り組む。
スマートファクトリーの潮流と、中国勢の脅威
――御社が「イノベーション推進室」を立ち上げ、オープンイノベーションに取り組むことになった背景からお伺いしたいです。
近藤氏 : 2012年頃から「Industry4.0」が、2014年頃から「スマート化」が世界的に流行しました。その流れでJUKIでも、2015年頃から「イノベーションを興していこう」という方針が、全社で掲げられました。
当初はイノベーション創出に特化した部署を設けず、個々の部署で取り組んでいましたが、どの部署も日々の業務に忙殺され、なかなかチャレンジングな活動にはつながりません。そこで、ドライブをかけるという意味で、2018年に「イノベーション推進室」が立ち上がったのです。
――イノベーション創出に特化したチームができたということですね。縫製業界における「Industry4.0」や「スマート化」とは、具体的にどのようなものですか。
近藤氏 : たとえば、ミシンは糸のテンションを調節して縫います。これまでは、アナログでダイヤルを回してバネで調節してきました。縫製スタッフはベテランで職人的な人が多かったため、それで事足りていたのです。しかし近年、縫製工場が東南アジアなどにシフトしています。それに伴い、縫製スタッフも採用して間もない熟練していない人たちが増えているのです。
そこで、当社ではデジタルで糸の調整ができる技術を開発しました。ミシン単体だけではなく、一度設定すれば、ライン全体のミシンにその設定が適用されるシステムも販売しています。さらにミシンだけではなく、裁断などの前後工程も含めてデジタル管理できるような状態を目指しています。
依然として人手に頼る工程が多い縫製業界は、他の業界と比較してスマート化が遅れています。しかし、徐々にスマート化を意識する縫製工場が増えてきました。当社としては、そうしたお客様のニーズに応えるソリューションを提供し続けねばならないと考えています。
――なるほど。
近藤氏 : 加えて、中国の縫製機器メーカーとの競争も激しくなりつつあります。中国メーカーはやはり動きが速い。今まで日本のメーカーが搭載してこなかった新しい機能を、どんどんミシンに取り込んでいます。たとえば、ミシンが話す機能や、時計・USBポートなどを搭載したミシンを市場に出しているのです。
正直、「その機能、ミシンに必要?」と思うようなものもあるのですが、それが案外受けているんです。それに価格が安い。ミシン単体の機能や価格面で、中国メーカーは非常に強くなってきています。私たちもお客様へソリューションを提供できる新しいことに取り組んでいかないと、中国に負けてしまうという危機感を抱いています。
▲JUKIの工業用ミシン・パターンシーマ「PS-800シリーズ」。縫製プログラムを自動的に呼び出し、迅速に縫製を開始できるなど、省人化・生産性向上にも寄与できるミシンとなっている。
伸縮性のある「布」を、ロボットでハンドリングする
――そうした状況の中で、AUBAに登録しようと考えたきっかけは?
近藤氏 : イノベーション推進室が発足したばかりの頃は、社内向けにRPAやAIなどの導入を行っていました。しかし社内向けのイノベーションだけではなく、お客様への新しいサービスを出していかなければ意味がありません。外部との接点をつくろうと考え、某コワーキングスペースに入居したんです。
そこでは、社外の知り合いが増えましたし、たくさん名刺交換もできました。しかし、なかなかビジネスの話につながらない。入居企業が、縫製機器メーカーとは遠い企業ばかりだったからです。
「こっちじゃないな…」ということが分かって、もう少し具体的な話のできるマッチングサービスを探していたところ、見つけたのがオープンイノベーションプラットフォームのAUBAでした。無料でしたし、さっそくPRページを作成し、使ってみることにしました。
――AUBA会員企業へのメッセージは御社から送付されたのですか。
近藤氏 : はい、私から送りました。テーマを明確に決めていなかったので、どこに送るか悩んだのですが、AUBAから届く「おすすめ企業」を見て、東京ロボティクスさんに一通目のメッセージを送りました。「ロボット技術を活用して、何かできないか」と考えていたからです。
メッセージを送った後、東京ロボティクス代表の坂本さんと実際にお会いしました。力の制御技術に長けているとのことだったので、一緒にロボットを使った布のハンドリングに取り組むことになりました。
布は薄く伸縮性も高いため、ロボットでハンドリングすることは非常に難しい。東京ロボティクスさんも、そのことをよくご存知でしたが、「チャレンジしたい」と言っていただけたので、やってみようと思いました。
――具体的に、どのように共創を進めていったのでしょう。
近藤氏 : まずゴールを決めて、当社の顧客である縫製工場に一緒に行っていただきました。実際に人が布を折ってプレスする様子を見てもらって、「こういう風にしよう」という話をしましたね。私たちは、布の特性などのノウハウを提供し、それをもとに東京ロボティクスさんがロボットを使い、布を折ってアイロンをかける工程を自動化してくださいました。
――最終的なアウトプットとして、特許も出願されたと聞きました。
近藤氏 : はい、東京ロボティクスさんと共同出願という形で特許を取得しました。ロボットアームを使うだけではなく、生地に合わせたアタッチメントを東京ロボティクスさんが開発してくださり、特許につなげることができました。生地がずれないように折って、押さえつけるところがキーになりましたね。
初めてのオープンイノベーションで、見えてきた景色
――東京ロボティクスさんとの共創で、大変だったことはありましたか。
近藤氏 : 社内の調整が一番大変でしたね。特に特許に関して、課題の提供、布の扱い方ぐらいしか協力できなかったので、東京ロボティクスさんだけの特許でもよかったんです。
でも、会社としてはそうはいかなくて、最初の契約の段階で、「JUKIが資金を出しているんだから、権利もすべてJUKIのものだろう」というのが会社のスタンスでした。
――それを、どのように説得されたのですか。
近藤氏 : 今後、このような他社との共創活動が増える中で、「技術の優れたところと組んで双方が高めあう」ことが共創であり、今までと同じスタンスで対応していたら、どこも相手をしてくれなくなるという話をして、最終的に納得してもらいました。
私はこれまで特許を出願したことがなかったので、権利の調整に違和感はありませんでした。しかし、JUKIでは今まで共創という関係での他社との取り組みは少なく、自社が有利になるように契約を締結することが当たり前だったので、今までの取り組みとは違うということを理解してもらうことが大変でしたね。
――逆に、予想していたよりスムーズだと感じた点は?
近藤氏 : 実質3カ月程度で、ロボットを使ってアイロンをかけるところまで完成させることができました。自社内で同じことをすると、おそらく半年から1年はかかったでしょう。完成までのスピードがとても速かったですね。「技術を持っているベンチャーさんは速いな」と驚きました。
それと当初、実はベンチャーの方と話すことに抵抗を感じていたんです。自分で会社を立ち上げて、技術も持っていて、専門的で頭もよくて…というイメージがあったからです。でも、私たちの業界のことをよく理解していただき、前向きに捉えていただいて。思ったより話しやすいと感じました。
――現在、AIとマシンビジョンに強みを持つMindhive(マインドハイブ)さんとも、共創を進めていらっしゃるそうですね。
近藤氏 : はい。マインドハイブさんは、鞣し革業者など向けにAIを使った皮の等級検査で実績をお持ちの企業です。
同じ技術を使って、縫製工場向けにAIを用いた検査機を提供できないかと考えています。今、10月末に開催される展示会に向けて開発しているところです。
Withコロナ・Afterコロナの「新たな柱」となる事業を生み出したい
――最後に、御社のこれからの共創ビジョンについて教えてください。
近藤氏 : 現在、新型コロナの影響で、アパレルは大打撃を受けていて、縫製業界は投資がしにくい状況にあります。ですから既存事業とは異なる、Withコロナ・Afterコロナの新しい柱になる事業を早期に立ちあげたいと考えています。具体的なイメージは固まっていませんが、非接触や画像認識を活用した新しいサービスなどを検討しています。
また、新規事業ではないですが、当社は展示会によく出展するので、それをVR化するような取り組みも考えています。さらに、縫製工場の検温を自動で行うサービスや、接触を減らしながらミシンを操作できるようなサービスも可能性があると思っています。引き続き、さまざまな企業と話をしながら、新しいビジネスの芽を見つけていきたいですね。
取材後記
世界中の縫製工場に対して工業用ミシンを販売するJUKI株式会社。取材からは、ロボットやAI・画像認識テクノロジーといった最先端技術を取り込み、縫製工場のスマート化を進めている様子がうかがえた。同社は現在、共創相手を募集しているという。興味のある企業は、ぜひコンタクトをとってみてほしい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子)