<イベントレポート>大企業とベンチャーが語る。コロナ禍におけるOI推進のヒントとは?
緊急事態宣言が全国で解除された5月25日からちょうど1週間前となる5月18日。「アフターコロナ・ウィズコロナといった状況下でどのようにオープンイノベーションを進めていくべきなのか」をテーマに、eiicon company主催のオンラインイベント【BECAUSENOW#1】が開催された。
コロナ禍による企業間コミュニケーションに変化が生じる中、オープンイノベーションプラットフォームであるAUBA(旧・eiicon)を実際に活用しているJR東日本スタートアップ株式会社の阿久津智紀氏と、株式会社エイプリル・データ・デザインズの濱田功志氏に、コロナ以前/以後とはどのような違いが起きているのかという観点で、各社の動きについて詳しく語っていただいた。
新型コロナウィルスの感染拡大という特異な状況において、大企業とベンチャーそれぞれの立場からオープンイノベーションを通じこれからの変化にどう対応していくのか?――アフターコロナ・ウィズコロナへの危機感を抱く一方、今後のヒントが垣間見えた注目のイベントをレポートする。
【登壇者】
▲JR東日本スタートアップ株式会社 営業推進部 マネージャー/株式会社TOUCH TO GO 代表取締役社長 阿久津智紀氏
▲株式会社エイプリル・データ・デザインズ 代表取締役 濱田功志氏
企業並びに登壇者の紹介
まず初めに企業紹介が行われた。JR東日本スタートアップ株式会社は、2018年2月にJR東日本100%出資のコーポレートベンチャーキャピタルとして設立された。今年で4期目となる同社のスタートアッププログラムは、JR東日本のアセットを解放し駅や鉄道などJR東日本の経営資源、グループ事業における情報資源を活用したビジネスやサービスの提案を募り、アイデアのブラッシュアップを経て、新たな価値の創出を目指している。
プログラムの特徴は、採択企業と確実にPoC(実証実験)まで行うことをコミットしていること。グループとしてのシナジー、あるいは流用性が確認できたパートナーには、資本業務提携まで行っている。直近の事例では、新幹線を活用した地域の生鮮品を首都圏まで運ぶ物流ソリューションや、無人AI決済店舗が挙げられる。
続いては、株式会社エイプリル・データ・デザインズ。同社は1992年の設立以来、アーケードゲームやコンシューマゲームの企画・開発を請け負っている。また、2010年には、自社プラットフォームのコミュニティ「キャラフレ」をスタートした(今年で10周年を迎え現在も継続中)。
2014年には、メトロネット株式会社と共同で医療分野に参入。筑波大学との産学連携プロジェクト「問診ナビ®」の開発をスタートさせた(※今年2020年にサービス開始の予定であったが、コロナ禍の影響により販売先となる医療機関への負担を考え現在プロジェクトは凍結中)。
なぜ、オープンイノベーションに取り組んでいるのか
次はオープンイノベーションに取り組む背景について語っていただいた。阿久津氏は、「JR東日本の根幹となる鉄道サービスにおいて人口増加が見込めないことから、鉄道サービス以外の生活サービス(ホテルや小売など)といった他のサービスを伸ばしていくことで成長を目指している」と説明してくれた。
また、人口減少が止まらない中で、自前でサービスを展開するには限界があることに危機感を持っており、「過疎化や商業ポテンシャルが下がる東北地方をモデルケースに、新しいソリューションをスタートアップ企業と生み出していくことが必要」と語った。具体的には、「生活サービス」、「輸送サービス」、「IT・Suicaサービス」にスタートアップの技術やスピード感を組み合わせることで、ビジネスの立ち上がりを早くしていく。さらに、その中で事業の柱として上手く生かすことも目的としている。
一方、濱田氏は、社会全体あるいは時代背景の観点から、オープンイノベーションに取り組む意義について語ってくれた。「ビジネスの勝ち負けで判断する評価軸は、古い時代の価値観です。経済が衰退している現代だからこそ、ライバルと勝ち負けではない共存共栄を目指した共創戦略を選択するべき」とした上で自社を例に話を進めた。
「ゲーム会社がノウハウもない、業界の右も左もわからない医療業界に参入する中で、単に医療業界を変革すると意気込むのではなく、医療業界の方と連携を取りながら事業を育てていく意識を持つことが重要と考えている」と、新規参入側としての立場から手を取り合う大切さを述べてくれた。
コロナウィルスにより事業や活動の受けた影響とは?
ここで、新型コロナウイルス感染拡大の与える影響についての質問がなされた。阿久津氏は、個人的な感想としながらも「JR東日本の根幹となる鉄道事業は、3密の観点から危機に面しており、効率よく多くの人を運ぶ我々のミッションが難しい状況にあります。また、商業では駅ビルなど人が集まる場所を作る価値が全く逆になっている。都心に人を集め価値を上げるビジネスモデルが崩壊しつつある中、多くの面でモデルチェンジせざるを得ないと感じている」と現在の危機について語ってくれた。
こうした状況下におけるオープンイノベーションの取り組みについては、「各グループ会社や現場では、売上アップや新しいビジョンの策定よりも、目の前の課題解決に際してオープンイノベーションに期待する声が増えてきている」とのことで、現場のニーズに変化が起きているようだ。
新たなチャレンジとコロナ関連の困り事に関する問い合わせの割合は、現状50:50とのこと。新しい試みとして、toC向けにECサイトで取り扱い出来ない商品を宅配するサービスがスタートしていることも合わせて話してくれた。
濱田氏は、「新型コロナによりパラダイムシフトが加速した」と語る。「社会全体がピンチな時こそ、課題解決にスピード感を持って取り組めるベンチャーの強みが生きるため、零細企業やベンチャーが市場の隙間に入り込めると感じています」。特に強調したのが「資本よりもアイデア」という時代の変化についてだ。
「昨年まで、モノからコトへという体験型ビジネスがもてはやされていましたが、ベンチャーが創意工夫を凝らして立ち上げた市場でも、資本を投入して多くの人を集める大企業が勝つ構図は変わらなかった。しかし、コロナショックで”人を集めずにどう収益化するか”をアイデアで勝負できるベンチャーにチャンスがあると思います」と、これまで感じてきた同社の想いも込めて語ってくれた。
コロナ禍において、オープンイノベーションをどう捉えているのか
次に、現状況下におけるオープンイノベーションの捉え方について語ってもらった。阿久津氏は、「オープンイノベーションは新規事業に近い枠ではありますが、自社内での新規事業と外部との協業では明らかに違います。外部の方とのオープンイノベーションや協業は、課題解決や新たな困り事を、より早く低コストで解決する手段ですので、基本的には続けていくべき。ベンチャーさんと、win-winな関係を構築することが重要だと考えています」。
また、濱田氏の話にもあったピンチはチャンスという観点からも「JR東日本ならではの施策として、地方から首都圏に仕掛けていく施策を講じるなど、様々なことが表面化すると感じている」と、地方にチャンスがあることに言及した。現に「ドライブスルーで購入できる鮮魚店」を千葉県船橋市で展開し、1日150万円の売上を達成したスタートアップを例に挙げ、「お客様のニーズを拾える機会は多々ある。スタートアップのスピード感に我々が合わせていかなければならない」と大企業ならではの意識を語った。
濱田氏は、「現在、新規事業の事業計画や営業計画がストップした状態であることに変わりはありませんが、この状況を、新しいサービスを企画して事業化していくための時間の余裕を与えられたと考えるようにしています。いざ社会が動き始めると走ることに精一杯でゆっくり立ち止まって考える余裕はなかなかありません。だからこそ、こうした時期に強みを伸ばす。あるいは、弱点を克服する共創パートナーを探す時間にしたい」と、時間を有効に使うチャンスだと話してくれた。
「皆が困っている時代だから、そこにニーズがある。困っている人に役立つサービスを考えていけば、スタートアップとして十分勝機を見いだせると思う」と、隙間市場を狙うベンチャーには好機であることを語った。
現状況下でのオープンイノベーション推進に関する工夫は?
「JR東日本の各グループ会社や現場の困り事をリアルタイムに抑えることが重要」と阿久津氏は言う。「実務に直結したコストダウンや業務改善、時間短縮、安全面の担保といった短期間で高みを目指せることを前提に、現場の課題感をきちんと吸い上げることが重要だと考えている」と現場ニーズの重要性を強調した。
また、運営母体に成り得ないコーポレートベンチャーキャピタルとしての立場から、意思決定後に各グループ会社に納得して運営・実行してもらうため、相手側のキーマンにメリットを感じてもらえる事が一番重要だと話してくれた。
スタートアップとグループ会社のマッチングを実現するために、グループ会社をよく知る自分たちが提案資料作成のサポートを行うといった、縁の下の存在としての役割も隠さず話してくれた。さらに最初の立ち上がりは、少ない資金で早く成果を出すことを心掛けているとのことだ。
一方で濱田氏は、「オンラインによる面談を実施したこと」と語る。移動時間や経費の節約に加え、普段会うことのできない遠隔地の企業との共創を可能にするため、オンライン面談は積極的に利用しているとのこと。
「平常時では、オンライン面談の利用が難しい企業でも現状ではこちらが申し込めば受け入れてくれることが多いため、今のうちに慣れておいて長期的な利用につなげていきたい。落ち着いたら実際に会って話すのではなく、現状でしっかりと互いに話を詰める意識を持って取り組みたい」と、アフターコロナの世界における対応策を早期に行う姿勢を見せた。合わせて、関西方面の有力な企業とコンタクトできた成果を話してくれた。
最後に、阿久津氏は、「一緒に組んだり、新しい事業領域で運営母体を作っていけるパートナーを探しており、そういった次の領域の取り組みを増やしたいと思っています」と人口減少やライフスタイルの変化など、様々な事象に対応する新たなサービスを共創できるパートナーを募集していると話して締めくくった。
濱田氏は、農耕になぞらえて「今は種を撒く時期。オンラインを通じてできるだけ多くの方と出会いながら、困っている人を助けるサービスを育てていくこと。もう少し先の大きな収穫のために、今は育成期間として過ごすことが大切だと思います」と語ってくれた。
質疑応答
最後に行われた質疑応答から各社1問ずつご紹介したい。まずは、阿久津氏への質問から。
「コロナ禍における事業開発・推進で、よりチャンスがあると考えているサービスは?」という質問について阿久津氏は、「オンラインで物や情報を届けるサービス。これは物を動かす価値がコロナ禍の影響で凄く高まっていると感じます。また、学習塾のオンライン化やスポーツジムの無人化もどんどんサービスとして出てきているので、チャンスがあると思います」とのことだ。
続いて、濱田氏への質問。「コロナ以前と現在で事業運営やベンチャーとしての立ち回りの変化についてどう思うか?」について、「コロナウイルスが収束しても、完全に以前の状態に戻るとは考えていません。一極集中の社会から分散化する社会に変わるタイミングだと思います。そのための予行演習として、この状況に慣れていく必要があると感じています」と、将来を見据えた回答をいただいた。
取材後記
阿久津氏と濱田氏に大企業ならびにベンチャーとして、それぞれのポジションから意見をいただいたが、最後に共創パートナーへのアドバイスを伺った所、阿久津氏は「JR東日本本体やグループ会社の課題感におけるマッチングが重要」と話し、濱田氏は「困っている人を観察し、そうした人々に自分たちのノウハウを使って何ができるかが大切」と、互いに課題解決に対する意識の高さが重要と話してくれた。これは、コロナウイルスに直面する社会や各企業の課題解決に向けたソリューションの提供こそが、今後、オープンイノベーションに取り組む価値として大きな意味を持ってくるということだろう。これから両者がどのようなパートナー企業と組み、新しい価値を生み出すのか。引き続き、注目していきたい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:平田一記)