【インタビュー】サステナビリティが従業員のやりがいと誇りを生む。三陽商会が環境や教育に力をいれる理由
コロナショックにより関心が高まる環境問題。環境破壊がコロナを引き起こしたとは言えないが、世界を巻き込むパンデミックと環境が無関係だと断言することもできないだろう。企業は納税が義務であると同時に、環境に配慮してよりよい地球を作っていく責任もあると言える。
今回は環境のための様々な取り組みを行っているアパレル業界の老舗、三陽商会に話を伺った。2020年5月に新社長を迎えたばかりで、現在は黒字化に向けた「再生プラン」を実施中である。話を伺ったのは企業コミュニケーション部長の岩崎麻佐子氏だ。
「世界で2番目の環境汚染産業」とも言われるアパレル業界。三陽商会はサステナビリティに力を入れること(※)で、環境にも配慮しながら「事業の活性化」にも繋げている。今回は三陽商会の「再生プラン」とサステナビリティの取り組みについてお届けする。
※関連リンク:サステナビリティアクションプラン「EARTH TO WEAR」
赤字を脱却するための「再生プラン」
ーーまずは会社の現状について教えて下さい。
岩崎氏 : 弊社は今年2月の決算で 4年連続の赤字を発表し、5月に新しく就任した代表取締役社長の大江のもと「再生プラン」を遂行しているところです。従来の概念を取っ払い、仕入れを絞って売上が縮小しても「基礎収益力」を回復するための事業構造改革の断行を行い、足元の取り組みを見直しています。
ーー具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか。
岩崎氏 : 例えばアパレル業界の中には「欠品を許さない」という風潮があったため、在庫を多めに用意しておくのが一般的でした。しかし、それでは売れ残りも増えてしまいます。再生プランでは、売り切れを恐れず、必要な分を必要なだけ売って利益を出すことを大事にしています。これまでのように「量を作って売る」経営を止めて、時には売り場を減らしてでも、実力に応じた売上計画を実行していこうとしているのです。実際に今年の秋冬の仕入れは例年より、約50%削減する見込みです。
ーー再生プランを始めてすぐにコロナショックが起きましたが、影響はありませんでしたか。
岩崎氏 : コロナによって再生プランは社内でより受け入れられることになったように感じます。通常の状態で再生プランを行っても、どうしても売上高を意識してしまいます。しかし、コロナによって お店がほとんど閉まっている日が続くと、根本的に変えなければいけないという強い危機感を持たざるを得ません。いろいろな要素が相まって、みんなが同じ気持ちで再生プランに取り組めているのは、劇薬的効果があったとも言えます。
ーーコロナの影響で服をオンラインで買う流れが加速したように感じますが、これからの店舗の価 値をどのように捉えているのか教えて下さい。
岩崎氏 : オンラインの重要性は理解していますが、私たちにとってお店で対面でお客様と接することも大切なことです。ブランドの世界観に触れてもらい、商品の価値をしっかり理解していただいて買ってもらうことを大事にしていきたいと考えております。今後、EC の取り組みを強化していきますが、あくまで店舗での体験も含め相互補完体制を確立し、ブランドバリュー・ブランドプレステージを向上させることありきのECだと考えています。
私たちの商品はファストファッションではないため、ネットで商品を見ただけで購入を決断するのは容易ではありません。実際に店舗で商品に触れたり試着をしてから、別のデザインをECで買うなど、リアルでのショッピングを補助したり、お客様の利便性を図る存在がECだと考えています。
ーーECの強化とは、具体的にどのような取り組みをしているのですか?
岩崎氏 : 例えばこれまでは、オンラインでの戦略とブランドの戦略が乖離している場面がありました。 価格をブランドがコントロールするのではなく、経営直下にあったデジタル部門がセールのオフ率や時期を決めることも多くあり、セールの時期がオンラインと店舗で時期がずれたり、購入してすぐセールとなることもあったのです。お客様からも「商品の価値を理解しているから高価なのは理解しているが、いつが買い時なのかわからないのは困る」というご意見を頂いておりました。
そのため、事業本部の中にデジタル部門を移管して、それぞれのブランドに各EC担当をおき、 ブランドの戦略に紐付いてオンライン戦略も実施しやすいようにしたのです。現在はオンラインでの売上は全体の約 1 割ですが、お客様が買い物しやすい環境を整えて3割まで伸ばすのが当面の目標です。
服の廃棄を減らすために。三陽商会が手掛ける環境への取組
ーーコロナの影響で環境問題への関心が高まっています。三陽商会もサステナブルアクションプラン「EARTH TO WEAR」を掲げていますが、具体的な取り組みについて教えて下さい。
岩崎氏 : 私たち三陽商会では、社是「真善美」と企業理念「ファッションを通じ、美しく豊かな生活文化を創造し、社会の発展に貢献します。」のもと、いつの時代も変わらぬ価値のあるものづくりで、長く愛用していただける商品を作ってきました。私たちの商品の価値は、長く「愛用」してもら えることなので、少し高くてもTシャツが何年も着用できたり、手入れをしながら世代を超えて愛用していただけることを目指した「100 年コート」という商品も展開しています。
一昨年より日本環境設計さんに協力いただき、服の回収を行っております。直営店や百貨店で回収を行い、2018年は約200kg、2019年には約5,400kgも衣類が集まりました。服の回収で感動したお話は、「ずっと前に着られなくなったけど、お気に入りだったから捨てられずに持っていた」と言ってクリーニングに出したものをもってきてくださるお客様がいたことです。三陽商会のものづくりへの思いが伝わっているような気がして嬉しく聞きました。
ーー日本環境設計さんと提携した背景について教えてもらえますか。
岩崎氏 : 日本環境設計さんの取組みに共感したからでしょうか。ファッション業界のリサイクルはこれまでサーマルリサイク(焼却してエネルギーに変換する)が一般的でしたが、日本環境設計さんは「服から服を作る取り組み」にチャレンジしています。
私たちが作った服をただ売るだけではなく、服を回収するという受け皿をつくることで、「12:つくる責任つかう責任」の“つかう責任”の部分に寄与できます。そしてつくったものを再 び服にしてまた社会に循環させることができるサーキュラーエコノミーに近づけます。
ーーファッション業界では大量の廃棄が問題になっているようですね。
岩崎氏 : 私たちも衣類の廃棄を減らす取り組みに力を入れています。例えばお客様が試着した際に、口紅や化粧品がついた商品は新品としては売れません。
店舗から戻ってくる服の理由を一着一着すべて調べました。その中で一番多かったのが、化粧品の付着による汚れの発生でした。
しっかり見える化したことで、会社全体で化粧品によるロスを減らす意識が高まりました。店舗ごとに化粧品がつかないよう工夫をしたり、化粧品がついた服も汚れをきれいに落とせる 洗濯業者と提携して、アウトレットとして販売するようにもなりました。
服を通した教育で、子どもたちだけでなく社員にもいい影響が
ーー環境問題について啓発するために、小学校なので「服育」という取り組みも行っていますね。 どのような活動なのでしょうか。
岩崎氏 : 2014 年から弊社のデザイナーやパタンナーが小学校の家庭科の授業に参画し「服育授業」を実施しています。環境問題の話だけでなく、デザインについてのレクチャーなども行うのですが、特にパタンナーの話に子供たちはみんな驚いてくれますね。野球ボールの設計図を学んだり、実際に服を解体したりしています。授業のコアとなるのは実際に自分たちでバッグをデザインして作ってみることです。地域のボランティアの方たちにもお手伝いしてもらいながら、 半年ほどかけて自分のバッグを作り上げています。
2018年からは「新宿区『みどりの小道』環境日記コンテスト」に協賛し、「SANYO服福賞」という賞を設けて子供たちを表彰しています。教育への取り組みをして感じるのは、子供たちにい い影響を与えるだけでなく社員たちにもいい影響を与えてくれることですね。
ーー社員たちにはどのような影響があるのでしょう?
岩崎氏 : 服育活動に取り組むことで、仕事へのやりがいや誇りを感じる人が多くなりましたね。改めて デザインの価値に気付かされたり、パタンナーという仕事に誇りを持てたりします。子供たちに「ものを大事にする」ことを教えているので、私たち自身も「ものを大事にする」意識を強く持つようになりました。
ーー子供たちへの服育活動が、社員教育にもつながっているのですね。
岩崎氏 : 最近では社員への服育にも力を入れるようになりました。例えば綿を栽培している契約農家に赴いて、服の原料となる綿を一緒に育てる活動を行っています。こだわりを持って作られた 綿を見ることで、社員たちも自信を持って商品を売れるようになっていきます。以前は有志だけが契約農家のもとに言っていましたが、今は新入社員研修に取り入れるようになりました。
ーー商品のこだわりを理解することが、結果的に販売力につながっているのですね。最後に今後 の取組の目標について聞かせてください。
岩崎氏 : コロナの影響で「再生プラン」が1年計画から2年計画に伸びてしまいましたが、まずはしっかり会社を黒字にすることが必要です。環境への取組も重要ですが、会社が黒字にならなければ取り組みにも投資できませんし、何より納税という企業の責任が果たせません。個人的には、事業を成長させていくなかで、環境への取組も紐付いていれば尚いいと思います。できるだけ早く会社を黒字にして、将来のために本質的に必要なことに時間とお金をかけられるような会社にしていきたいです。
編集後記
2020年7月1日からスーパーやコンビニでビニール袋が有料になるなど、日本でも環境に対する取り組みは年々シビアになっています。これまでは環境への取組は、余裕のある企業がやればいいという風潮がありましたが、環境への配慮は全ての企業がビジネスをしていく上での最低限のルールになっていくでしょう。
今回の取材を通してサステナビリティの活動はコストになるだけでなく、「事業の活性化」に繋がることを実感できました。コロナの影響で目先の売上を意識せざるを得ない会社も多いと思いますが、環境や教育への投資を考える機会になれば幸いです。
(編集:眞田幸剛、取材・文:鈴木光平)