B2Bスタートアップへ。 SAPの超実践型アクセラレーター、日本上陸!
BtoB領域のスタートアップが事業のスケールを目指すとき、高いハードルとなるのが大企業に深く入り込んで取引関係を構築することだ。とくに日本においては、スタートアップが独自で大企業の本部と取引関係を作ることは困難で、仮にできたとしても時間がかかることが多い。そのハードルをわずか3か月という短期間で乗り越えさせてくれるのが、ERPをはじめとする企業向けビジネスソフトウェアにおけるグローバルブランド・SAPが主催するアクセラレータープログラム「SAP.iO Foundry Tokyo」である。
インキュベーションを目的としたスタートアップ支援ではなく、「どうすれば、B2B/大企業の顧客へビジネス実装できるか」にシンプルにフォーカスした“実践型”プログラム。
2020年上期のプログラムでは、“インダストリー4.0”をテーマに、様々な業界業種における企業の業務プロセスの可視化/最適化を目指す。
3ヶ月間にわたって、大企業向けの販売戦略を主体としたビジネスメンタリング、SAPソリューションとの連携、SAP顧客への共同提案などの機会を提供してくれるものだ。
東京では2019年に第1回プログラムが開催され、現在は2020年上期のプログラム「SAP.iO Foundry Tokyo 2020 Spring Cohort」に向けた募集が行われている。
本記事では、2019年の第1回プログラムで採択され、3か月のメンタリング期間を経て現在実証実験フェイズに進んでいる2社の代表(イノービア・山川氏、Fuzed・小野氏)に、これまでを振り返っていただきながら、参加の経緯や現段階での感想、自社の変化などをお聞き、プログラムのリアルに迫った。
また、SAPジャパンからSAP.iO Foundry Tokyoをリードする大山健司氏も同席していただき、プログラムの概要についても詳しくお話しいただいた。
【写真左】 SAPジャパン株式会社 Director, Head of SAP.iO Foundry Tokyo 大山健司氏
コンサルティング会社などを経て、グローバルIT企業にてオープンイノベーションプログラムを担当。その後、スタートアップにジョインし、同社のオープンイノベーションを牽引。2019年、SAPジャパンに入社し、SAP.iO Foundry Tokyoを担当している。
【写真中】 株式会社イノービア 代表取締役 山川隆史氏
2006年3月に製造業の人材育成を支援する会社を創業、2016年1月に株式会社イノービアを設立。工場で作業するすべての作業員のスキルを効果的に管理するSaaSサービスである「SKILL NOTE」を提供している。
【写真右】 Fuzed CEO&Co-Founder 小野力氏
コンサルティング会社に勤務後、ロンドンをベースにしたスタートアップ、Fuzedを起業。SNSのトラフィック管理に特化した事業を展開している。
※役職等は取材時のもの。なお大山氏はSAPジャパン株式会社を退職している。(2023年4月追記)
SAPと共に、大企業にアプローチできるチャンスが眠っている
――まずはSAPジャパンの大山さんからおうがいしていきます。2019年に東京でも始動した「SAP.iO Foundry Tokyo」というスタートアップ支援プログラムの概要について教えてください。
SAP・大山氏 : 「SAP.iO Foundry」は、SAPが世界各都市(サンフランシスコ、ニューヨーク、パリ、ベルリン、テルアビブ、ミュンヘン)で実施している取組みで、年間50社以上(累計200社)のスタートアップを支援してきた実績があります。2019年から新たな実施地として東京とシンガポールが加わりました。
はじめて東京で実施された2019年のプログラムでは、53社の企業にご応募をいただき、その中から5社を採択。7月から10月まで3か月間、支援プログラムが実施され、10月末に開催された「Demo day(最終成果発表会)」で結実した成果が発表されました(※)。あとでお二人からお話があると思いますが、すでにSAPの顧客を巻き込んだ実証実験も間近に控え、順調に共創が進みつつあります。
2020年からはグローバルにあわせて東京でも年に2回の開催が予定されており、今回、上期コホートプログラム(2020 Spring Cohort Program)について募集を開始しました。
※関連記事:日本初上陸。エンタープライズ領域に革新を興す「SAP.iO Foundry Tokyo」Demo Dayを詳細レポート!
――御社の製品群は、グローバルな規模で多くのエンタープライズ企業で導入されています。その御社がスタートアップ企業の支援プログラムを実施するのは、どのような意図があるのでしょうか。
SAP・大山氏 : たしかに、ERPをはじめとした弊社製品は多くのエンタープライズで活用されています。しかし、ビジネス環境はつねに変化し、イノベーションが求められます。顧客企業に生じる多様なイノベーションニーズを私たちだけでまかなうことは困難です。
そこで、スタートアップのみなさまにご協力いただき、SAPの製品群をコアとしながら様々なソリューションを組み合わせたエコシステムを構築して、共同提案などを実施しながら顧客が得られる価値をより高めていくことを目指しています。
――大山さんは、以前、外資系IT企業に在籍しており、同社が主催するアクセラレータープログラムを中心的に担われていらっしゃいました。他にも数多くある他社アクセラレータープログラムとくらべて、SAP.iO Foundryにはどんな特徴があるのでしょうか。
SAP・大山氏 : 一口で言えば「大企業を相手としたビジネス実装のための“実践型プログラム”」である点です。私たちのお客様は、日本だけでも多数ありますが、その多くが各産業の上位を占める、いわゆるエンタープライズ企業=大企業です。
一般的に言えば、そのような企業に、スタートアップが、深く、幅広く入り込んでいくことは極めて困難でしょう。それを、私たちのプログラムでは3か月という短い期間の中で、共同提案などの実行まで持ち込めるようにします。
また、私たちのビジネスは、顧客に一部のハードウェアを買ってもらうとか、一部でクラウドのサービスを利用してもらうといったものではなく、調達から製造、販売、アフターサービス、会計、人事まで、企業のバリューチェーン全体におよぶ基幹データを扱うエンドツーエンドの製品群を販売しています。
そこから生まれる顧客との深い関係性があるため、営業担当者は顧客のリアルなニーズを把握できますし、そのニーズにこたえるため、スタートアップとの共同提案も可能になります。
経験の少ないBtoB領域も綿密なメンタリングで自信が持てるように
――では次に、実際にプログラムを経験したスタートアップ2社の代表にお聞きしていきます。まず、Fuzed.の小野さん、このプログラムに応募した理由から教えてください。プログラムへの参加で、どのような課題を解決したいと考えていたのでしょうか。
Fuzed・小野氏 : 理由は2つあります。私たちFuzedは、ロンドンに本社がありますが、私は日本人なので、英国をベースにしつつも日本でも事業展開をしたいと考えていました。そこに、海外からも応募できるアクセラレータープログラムが東京で開催される、しかも主催がグローバルで事業を展開しているSAPさんだということで、いいチャンスだと思ったことが一つ目です。
二つ目の理由ですが、私たちのプロダクトは、SNSのトラフィック管理に特化したもので、もともとはインフルエンサーなどBtoC領域を対象としていました。それが徐々に企業への導入が増えてBtoBビジネスにも取り組みはじめたのですが、その領域でのノウハウがまったく足りないと感じていました。SAP.iO Foundryは、BtoBにフォーカスした実践的プログラムということで、そのメンタリングに期待しました。
――実際に3か月間のプログラムを受けて、どんな感想をお持ちでしょうか。
Fuzed・小野氏 : まず、2名のメンターの方たち、SAPさんの営業本部長と、その下の部長さんなのですが、彼らが非常に熱心でしたね。私たちの会社はまだアーリーな段階なので、BtoB領域でのビジネスのやり方、どういう風に営業をかけるかとか、SAPさんのソリューションと私たちのプロダクトをどう統合すればお客様に付加価値を提供できるのかという点が最初はわからず、そういった部分でのメンタリングを、ビッチリやっていただきました(笑)。
その中で、SAPさんのような大企業と、うちのようなスタートアップが一緒に事業を進めるノウハウや知恵みたいなものもたくさん教えていただいたことも貴重な経験です。
実は、ロンドンでもアクセラレータープログラムやインキュベーションプログラムに参加したことがあります。しかしそれらは、シーズをどう事業化するかとか、資金調達をどうするかという内容が中心でした。一方、SAP.iO Foundryは顧客への提案という目に見える形でのアウトプットを目標としていることが特徴的だと感じています。
ちなみに、いまはスタートアップ界隈でも、「資金調達がすべてではないよね」という話が出ます。事業拡大をしていく上で、そこが一番重要なポイントじゃないという雰囲気が、イギリスでも日本でもけっこうあるのです。それよりも、大企業とどうやってうまく組んでビジネスをするかが大事だという認識が浸透しつつあり、その意味でもSAP.iO Foundryは素晴らしいキックスタートになるプログラムだったと思います。
――御社の事業やプロダクトにも、変化はありましたか?
Fuzed・小野氏 : SAPさんとの同行でお客様にご提案にいくとき、SAPさんがコンタクトを取るのは、エンタープライズの上層部の方です。そのクラスの方たちに、当社のサービスを直接訴求でき、またフィードバックをいただけたことは、サービスを根底から見直す上で、計り知れない価値があったと思います。
現在は、SAPさんのCXチームと連携し、大手飲料メーカーとコンテンツ配信の最適化についての実証実験に向けて議論をしているところです。また、その動きと並行してメンタリングを受ける中で、そもそもコンシューマー産業だけでいいのか、他の産業にも聞いてみた方がいいのではという、メンターさんからのアドバイスがあり、SAP内で自動車産業を担当する部署の方を紹介いただいて、新たな話を進めさせてもらっています。
プログラムへの参加前には想像もしていなかった事業展開が急速に進んでいき、大企業を相手のBtoBビジネスの経験を積ませてもらって多少自信もついてきた感じで、非常に刺激的です。
社員にはリアルに感じられなかった長期ビジョンに“魂が入った”瞬間
――それでは次に株式会社イノービアの山川さんにうかがいます。御社はどうしてプログラムに応募なさったのでしょうか。
イノービア・山川氏 : うちにも2つ理由がありました。当社は、製造業にフォーカスした人材スキル管理システム「SKILL NOTE」を提供している会社であり、当社の製品によって製造業の“もの作り”のあり方自体を革新・アップデートしていくこと、そしてそれをグローバルに展開して世界一となることをビジョンとして掲げています。
ただ、実際にはまだ国内展開だけであり、いずれグローバル展開をする上ではどこかとパートナーシップを組む必要があるかもしれないという議論は、以前から社内でなされていました。もし組めるならどの企業がいいだろうかと話していると、ダントツで名前が挙がるのがSAPさんでした。
エンタープライズ系の製造業現場に強いグローバル企業となると、比類する企業がない強力な基盤をお持ちですから。そんな話を以前からしていたところに、このプログラムを知って、これだ!と思ったことがひとつめの理由です。
とはいえ、実のところ、応募するかどうかは直前まで非常に迷っていました。なぜなら、私たちはスタートアップですから、限られた社内リソースをぎりぎりでまわしています。プログラムに参加したとして、「勉強になった。いつか使えるだろう」という感じで終わってしまうなら、そこにリソースを投入することはできないな、と。
ところが、SAPさんのプログラム担当者から、「いや、うちは超実践的プログラムで、本気で仕事を作っていきますよ」と言われて、それなら参加してみようと決断したのです。これが2番目の理由ですね。
――実際にプログラムを受けてみて、印象はいかがでしたか。
イノービア・山川氏 : 「超実践的プログラム」という言葉は、ウソではありませんでした。それは、SAPさんのお客様との商談の場に私たちを同行させていただき、私たちの製品も一緒に商談のテーブルに上げてもらえたことで、ひしひしと感じられましたね。
SAPさんは大企業で、お客様も日本有数の大企業です。そんな両社の本気の商談の場に、私たちのようなスタートアップを連れていくことは、SAPさんにとってリスクは高いはずです。それなのに、プログラム期間中に6社ものお客様に同行させていただいたことに驚きました。
――そこでは、PoCということで、実験的に提案をする感じなのですか?
イノービア・山川氏 : いえ。「こんな新しいコンセプトを考えています」といった紹介程度ではなくて、いきなり実案件というか、中身を伴った商談です。それは、SAPさんの営業担当が顧客の課題と、その課題を当社の製品がどのように解決できるのかという点を、きちんと把握していたことが背景にあったと思います。
象徴的だったのは、とある日本有数の製造業で行われたコンペでした。4社競合のコンペの1社としてSAPさんが参加なさっていて、そのもっとも重要な最終プレゼンの場で、私たちも一緒にデモや提案をさせてもらったのです。これはしびれました(笑)。
――それはすごい機会でしたね。そのほかに気付かれた、このプログラムの良さはあるでしょうか。
イノービア・山川氏 : 先ほども述べたように、当社はグローバル展開を目指すとするといいながら、まだ手つかずでした。そんな話をSAPさんとしているときに、「それなら、サンフランシスコにあるSuccessFactors(※)の人を紹介するから会ってきなよ」といわれて、面会のセッティングをしていただけました。
SuccessFactorsの経営層と技術部の責任者にお会いでき、「ヨーロッパの製造業ではこういう動きがある、アメリカではこんなニーズがある」といった、世界最前線で起こっているリアルな動きを教えていただけました。その中で、当社の製品に対して、グローバルなニーズが確実にあるだろうという手応えが得られたことが、とても嬉しかったですね。
※SAPグループの1社。クラウド方式でタレントマネジメントソリューションを提供している。
――Demo dayのときにも、「社内の雰囲気が一変した」というお話をなさっていました。
イノービア・山川氏 : 私は社内でずっと「グローバルを目指して世界の製造業をアップデートするぞ」と言い続けてきたのですが、実際にやっているのは国内事業だけ。だから社内の他のメンバーたちは、「将来は、そういうことがあるのかな…」くらいの受け止め方だったと思います。
ところが今回、SAPさんのメンターやサンフランシスコの方も含めて話をしていく中で、私たちのコンセプトがグローバルで通用することが、はっきりわかりました。それで、社内の雰囲気やモチベーションがすごく変わりましたね。
掲げていたビジョンに本当に“魂が入った”という感じです。もしかすると、この変化が、今回のプログラムに参加して得られた、一番大きな成果だったかもしれません。
国内外の大企業を相手に、速くビジネスを展開したいスタートアップを求む
――最後に、いま2020年上期のプログラムに向けた募集がはじまっているわけですが、応募を検討なさっているスタートアップに向けて、お一人ずつメッセージをお願いします。
Fuzed・小野氏 : SAPさんの顧客への共同提案をひとつの目標としているプログラムなので、プロダクトやサービスをすでに持っていることは前提になります。ただ、自社プロダクトが、SAPさんのソリューションとどう結びつくのか、あるいは、どんな顧客をターゲットにするのかといった具体的なイメージは、応募の段階ではさほど明確じゃなくていいと思います。
SAP製品とのAPIを通じた連携などもありえるのですが、その具体的な形はプログラムが進んでいく中で見えてきますし、多数の顧客を抱えるSAPさんですから、マッチする業種や業態が必ずあると思います。
イノービア・山川氏 : メンタリングの中で「大きく考えた方がいいよ」と何度も言われました。うちもそうでしたが、スタートアップが大企業と取引する際、一部署や一工場との取引を重ね、ボトムアップで実績を積んでいこうとするケースが多いでしょう。しかしそれだと時間がかかります。いきなり上と話してトップダウンで入れられるようにした方がいいよ、と。
今回経験して、SAPさんと組めば本当にそれができると実感しています。私たちのように、スタートアップながら大企業を相手にしたビジネスをしたい、また、グローバルで展開したいと考えているのなら応募をおすすめします。
SAP・大山氏 : 2020年上期プログラムでは、「インダストリー4.0」をテーマに据えています。このキーワードの場合、製造業や製造プロセスのみを対象と捉えられがちですが、エンタープライズ/BtoBビジネスを有していれば、業種や事業内容などに制限は設けていませんし、バリューチェーンのどの段階に対してであっても、応募は可能です。ちなみに、グローバル展開のサポートは行いますが、まずは国内市場にフォーカスしたいスタートアップであっても、もちろん歓迎します。
既にある自社プロダクトをもって、国内外の大企業に対して、素早くビジネスを展開したいと考えているスタートアップに応募していただきたいですね。私たちと一緒に産業の未来を切り開いていきましょう。
※2020年上期プログラム(SAP.iO Foundry Tokyo/2020 Spring Cohort Program)の募集期間は2020年1月20日まで。採択後、2020年3月から6月まで支援プログラムが実施される予定だ。
取材後記
アクセラレータープログラムを実施する企業や団体も増え、それぞれが様々な特徴を打ち出そうとしている。その中で、SAP.iO Foundryは、グローバルでエンタープライズ企業に強力なネットワークを持つ同社だからこそなしえる共同提案や製品連携が、他では見られない特徴であり、それがスタートアップへの大きなメリットにもなっている。
今回お話をうかがったFuzed・小野氏とイノービア・山川氏も、そのメリットを十分に享受しつつ、スケールアウトへのスピードを加速している。大企業とのビジネスに少しでも関心があるスタートアップなら、2020年上期プログラムの募集を見逃す手はないだろうと感じられた。
(編集:眞田幸剛、取材・文:椎原よしき、撮影:古林洋平)