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優れた事業アイデアを見つけるためには行動のログを取れ――「起業の科学」田所氏×パーソル森谷氏対談

優れた事業アイデアを見つけるためには行動のログを取れ――「起業の科学」田所氏×パーソル森谷氏対談

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新規事業の創出やスタートアップ立ち上げの際、どれだけ質の高いビジネスアイデアを着想できるかは極めて重要なポイントだ。だからこそこのスタート地点で戸惑い、立ち止まってしまう担当者や起業家も少なくない。

そこで今回は、経営戦略書としてベストセラーになった『起業の科学 スタートアップサイエンス』の著者であり、数々のスタートアップの支援・戦略アドバイザーを務めてきた田所雅之氏と、パーソルグループの新規事業創出プロジェクトの運営責任者として様々な新規事業アイデアを手掛け、今回新たにパーソルが社外と共に新規事業開発に挑むPERSOL INCUBATION PROGRAM「Drit(ドリット)」(※)をスタートさせる、パーソルイノベーション森谷元氏による特別対談を実施した。

――新規事業の成功・失敗の分かれ道とは? 優れたビジネスアイデアの素となる「課題の質」とは? おふたりの経験と知見を紐解きながら、徹底的に語っていただいた。

※「Drit」……はたらくをアップデートするアイデアで、パーソルとともに事業化を目指すプログラム(応募締切10/31)。田所氏もメンターとして参加予定。詳細はこちら

【写真左】 パーソルイノベーション株式会社 インキュベーション推進室長 森谷元氏

2014年にインテリジェンス(現:パーソルキャリア)に新卒入社。コンサルタントとして新人賞を獲得する活躍をしながら、1年目から社内ビジネスコンテストのファイナリストとなる。その後、新規事業部門に異動し、新サービス創出に積極的に携わる。2016年、アマゾンジャパンに転職し、新規事業の立ち上げを任される。事業成長に貢献し、年間MVPに輝く。2018年、新規事業創出を本気で行うためにパーソルホールディングス イノベーション推進本部へ。新規事業起案プログラム「Drit」の運営責任者。

【写真右】 株式会社ユニコーンファームCEO 株式会社ベーシックCSO 関西学院大学経営戦略研究科 客員教授 田所雅之氏

日本とシリコンバレーで複数起業をしてきた起業家。以前はシリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナー/グローバルスタートアップイベントの責任者を務め、2000社以上のスタートアップを評価してきた。その知見をベースに「起業の科学」(日経BP)執筆(2017年発売以降96週連続でAmazon経営関連書書売上1位)

最初に重要なのは、P/Lよりも「ファウンダー・イシュー・フィット」

パーソル・森谷氏 : まず田所さんに伺いたいのが、新たな事業を作る上での「成功・失敗の分かれ道」です。数々のスタートアップや事業アイデアを支援されてきた中で田所さんが感じているポイントを伺えますか?

田所氏 : 成功・失敗のポイントについては、僕は16個くらいに要素分解しているんですね。ただ、それをすべて話すと長くなるので、ここでは「ヒト・モノ・カネ」にフォーカスしますが、まず「ヒト」で言うと、そもそもファウンダー(創業者)とイシュー(解決したい課題)がフィットしているかどうか。これは成功するかどうかというよりも、フィットしていると内発的動機の部分でやり抜く力が違いますよね。

次は「モノ」です。先進国と途上国では文脈が異なりますが、先進国で言うとモノやソリューションは希少性が下がっていて、反対に「課題」の希少性が上がっているんですね。ユーザーやカスタマー自身も言語化できないような深い欲求を見つけることが大事で、僕はこれを「インサイト」と呼んでいます。ここを意識できているかは重要です。

あとは「カネ」。正直に言うと、創業期はP/Lはどうでもいいんです。重要なのは資本政策です。ここはイントレプレナーとアントレプレナーで大きく異なる部分ではありますが、資本政策はあとで取り返しがつかないので、適切な資本構成を心がけるべきでしょう。

頭の中にこの3つの変数を持ちながら、外部環境の変化というインプットがあって、それに対して意思決定=アウトプットを適切に行えるかどうかが、大きな分かれ道かなと思っています。

パーソル・森谷氏 : お話を聞いていて思い出したのが、前職のアマゾンジャパン時代の経験です。アマゾンは顧客のイシュー、インサイトの取り方というのをしっかり組織体として持っていました。そのうえでアセットの捉え方、区切り方が秀逸で、それによって事業を飛び地ではないんだけどれも、ちゃんと新しいマーケット・ターゲットへずらし続けている。

またアマゾンの場合も、事業立ち上げの時点ではP/Lや売上数字で事業の健全性を測らずに、それとは別にしっかりとしたKPI設計を行っていて、「この事業のトップラインを伸ばすためにはどのイシューを押さえなきゃいけないのか?」という発想でしたね。

田所氏 : アマゾンの文化は「カスタマー・オブセッション」(顧客へのこだわり)ですよね。他の成功しているスタートアップを見ても、「カスタマー・エックス・オブセッション」の意識があると思うし、このエックスを見つけたことで差がついたなというケースは多いです。

それもインサイトとかPMF(※)が見えていないと作り手側のみの発想になってしまう。ですから、僕はまず独自の価値提案「ユニークバリュープロポジション」を見つけ、そこをベースにして「カスタマー・エックス・オブセッション」を設定していく。ゆくゆくはP/Lも大事ですが、最初に意識するべきはそこだと思いますね。

※PMF……Product market fit/顧客を満足させる最適なプロダクト・コンテンツを、適切な市場に提供している状態

▲田所氏作成による「オープンイノベーションの極意(2018)」より抜粋。アマゾンのような「先進企業」と、旧態依然とした「古臭い企業」の比較がまとめられている。

仕事や暮らしに眠る違和感が、「行動のログ」から見えてくる?

パーソル・森谷氏 : ビジネスを作っていく上で、どのようなイシューに着眼し、そこからどんなビジネスアイデアを見つけていくのか。新規事業担当者やスタートアップ創業者は、この第一歩でかなり迷う方もいらっしゃると思うんですが、田所さんはどうお考えですか?

田所氏 : はじまりは心の機微ですね。それに普段生活していて「おかしいな」と思う違和感。そして、心の機微や違和感に対して自分がなぜ着目しているのか? と内省してみる。ここにこだわりを持つことでイシューがフィットする感覚があると思います。

パーソル・森谷氏 : 心の機微というのは営業とか色々な仕事をしている中でも、たしかに「なんで?」と思えることは色々出てきますよね。一方で、自分で見たこと感じたことに対して、自分自身で疑問を投げかけるのって、言葉で表現する以上に高度なスキルだと思います。「気づきなさい」と言っても、人ってその違和感のある状態を認知できたとしても、そこに疑問を持つという発露は自然発生的にはできないじゃないですか。この質をあげるためのヒントなどはあるのでしょうか?

田所氏 : 僕はよく「自分の行動のログを詳細に取れ」とアドバイスしています。ログを取ると「おかしいな」ということが意外といっぱいあるんですね。それにデザインシンキング的なアプローチも有効です。デザインシンキングの本質は観察と共感なんですね。自分自身を観察して共感するのが難しいと感じたら、自分と似たような境遇の人に対して観察・共感してみる。そうするとヒントや秘密が見つかるかもしれません。

パーソル・森谷氏 : 私の場合、これまでパーソルグループで新規事業創出プログラムを運営してきましたが、その際の一次エントリーのフォーマットはイシューを前提とした作りにしています。顧客と課題をまず書いてもらい、その着想に至った背景や原体験、理由を聞いていくんです。

こうしたイシュードリブンにしている理由は、まさに田所さんのお話と一緒の観点で。顧客とのやりとりや業務の中で感じる「これってムダだよね」という違和感とか――例えば人事の労務管理で言えば、「毎回似たような資料を提出して、返ってくるまでに時間がかかるのはなぜなんだ」という感覚がSmartHRさんの発想に繋がります。参加者にはそういう感覚にフォーカスしてほしいと思っているんですが、どうしてもアイデアとソリューションを考えるのが楽しくなってしまいます。「どんな顧客を想定しているの?」と聞くと、「IT関連の中小企業です」と具体性に欠けてしまう。そこが悩ましいところなんですよね。

田所氏 : ソリューションから始まると、ユーザーにとっては部分最適でしかないんですよね。課題があって、それに対してどういうバリューを提供するかという全体最適ができないと、ユーザーは使い続けてくれない。しかもソリューションから入ってPMFしたとしても、なんで成功したか説明できない。説明できないということは再現性がないし、再現性がないということは、スケールできないんですよ。

「二八の二八の二八」で、課題の解像度を高める。

パーソル・森谷氏 : 田所さんは著書『起業の科学』の中で、「課題の質」について言及されていますよね。この掘り下げ方も重要だなと思っています。パーソルの新規事業創出プログラムの場合、一次エントリーの時点では、例えば挙げられた課題が「離職防止です」とかゆるさが残っているんです。離職防止と一口に言っても、要因は様々あるじゃないですか。人間関係もあれば、お給料もあれば、ご家庭の事情もありますよね。

そこで我々が伴走して一歩踏み込んで、課題の解像度を上げて、要因構造を可視化できるようにしていくんですが、こうした課題の質を深堀りするうえでも、意識すべきポイントなどはあるのでしょうか?

田所氏 : ユーザーを絞りこむことがすごく大事です。僕は「二八の二八の二八」と呼んでいるんですが、あらゆるサービスってどんなに使われたとしてもユーザーのうちの2割しか使わないんですよ。さらにスタートアップの中でIPOするまでスケールできるのも2割。さらにアーリーアダプターとなる初期ユーザーとなると、そのまた2割くらいなんですね。20%×20%×20%だと0.1%以下、つまり最初に重要なのは1%以下の人たちであって、あとの99%は対象としたらダメなんです。

そして、その1%以下の人たちこそが色々なインサイトをくれるし、市場を作るんです。GAFAもなんであそこまでなれたかというと、「二八の二八の二八」を捉えたからなんですよ。グーグルはスタンフォードの学区内だし、アップルは西海岸のオタク、Facebookはハーバードの中、アマゾンは本マニアの間で火がついたわけで、ここからやっていくのが肝心です。

パーソル・森谷氏 : 非常にジレンマを感じるのが、大手企業のイントレプレナーの場合、最初の本当にコア中のコアのターゲットの話をすると、マーケットの大きさの話になった時にとんでもなく小さく見えてしまうじゃないですか。ある種自分もそこで戦っているひとりなので、ぜひ田所さんのご意見をいただきたいです。

田所氏 : たしかに、日本企業はそこで悩み過ぎていて、新しいモデルをつくる必要性も感じています。最初に大事なのは「市場を作っていく」という発想なんですね。「二八の二八の二八」について、僕はよくボーリングのセンターピンと表現するんですが、センターピンを倒すことがその後のピン、つまりマスユーザーに繋がっていくという発想がすごい大事で。そこから市場が出来ていき、顧客数が増え、顧客単価も増えていくということなんですね。

ですから、新規事業の初期においてはP/Lで成功失敗を判断しちゃダメで。その要素は2割くらいにして、あとの8割はインタンジブル(intangible/無形の要素)、事業とのシナジーであったりとか、自社のビジョンやロードマップとの合致性とか、ポートフォリオを組んだ時にボラティティが減る要素であったりとか。あとは新規事業のチームの場合であれば持っているチームの当事者意識=wantの部分の強さといった定量化できない無形の部分を重視すべきです。そしてこのバランスが成長に合わせて5:5になっていき、スケール出来てくると8:2になっていく。こうした認識を、大企業の経営層にこそもっと実装してほしいですね。

ソリューションはコモディティ化するが、深い課題は求められ続ける。

パーソル・森谷氏 : 初期段階ではまず1%以下のアーリーアダプターを重視して、そこからマスユーザーへと広がっていく場合、ソリューションの形や、どういう価値を作っていくべきかというアイデアも連動して変わっていきますよね。私たちの社内では、「顧客をどのようなto beに持っていくのか」という会話をよくするのですが、“to be”という目的に対して、手段としてどんなソリューションが必要なのかと。ですから、言葉を選ばず言うのであれば、「ソリューションはあとで考えてくれ」「事業アイデアに最初から入れないでくれ」という話はよくしますね。

田所氏 : ユーザが求めているのは、モノやソリューションだけじゃなく全体最適です。どういう体験、どういうUXが欲しいかですよね。ですから僕の場合は「カスタマーサクセスマップ」と呼んでいるエンゲージメントマップを作成します。お客さんが最高体験を得ている状態、BtoBであればアドボカシー(支持・擁護)、BtoCであればロイヤルカスタマーになるための移行基準や、段階ごとにどんなオペレーション、どんなコンテンツが必要になるのかを、妄想レベルで書いていく。

あらゆるユーザーとのエンゲージメントって、ひとっ飛びには行かずに必ず階段を上っていくんですよね。大体5〜6段階かけて上がっていくので、そこをある程度定量化しないと再現性が生まれません。この「カスタマーサクセスマップ」をチーム内で共有して共通言語にするのが大事かなと思っています。

▲田所氏の資料より、「顧客のライフサイクル」について。顧客が最高体験を得るための遷移を図式化している。

パーソル・森谷氏 : 国内のスタートアップで、成功事例として注目している企業などはありますか?

田所氏 : メルカリさんはうまくいっていますよね。戦略の立て方などが完全にUXカンパニーだなと思っていて。まず、無駄なものが多すぎる、タンスに眠っているものが多すぎるという世界観がはっきりあります。

その上で「世界的なマーケットプレイスを作る」という目的はブレずに、「らくらくメルカリ便」など諸々のソリューションを見ていると、いかにユーザーの負担を減らすかという視点で色々変えていますよね。森谷さんはどうでしょう? 注目している企業やテーマはありますか?

パーソル・森谷氏 : 企業の事例というよりも、個人的に気になっているテーマとしては「スリープテック」ですね。今までのパーソルの事業だとあまりピンとくるテーマではないと思うのですが、「働く」という点でパフォーマンスやストレスとの因果関係を考えると、確実に睡眠の質って関わりが深いと思うんです。

ですから、布団や枕を寝心地の良い角度にするとか、時間が来たら起こすとかだけではない、より眠りに関する根本的な部分をテクノロジーでハックできれば、日々のパフォーマンスとか、アウトプットの質とか、使える時間の余剰分が増えたりすると思うんですよね。その結果、究極の顧客体験として「はたらくを楽しめる」ための最適な状態を提供できれば……、というのは今お話を伺っていて思いましたね。

――では長くなりましたが、最後に田所さんもメンターとしてご協力していただくパーソルインキュベーションプログラム「Drit」への応募者に対してメッセージをいただけますか?

田所氏 : 最初の方の話に戻りますが、「心の機微に着目する」ことにこそ、事業アイデアの大きなヒントがあります。例えばAIとかブロックチェーンとかはあくまで手段ですし、ソリューションやテクノロジーは徐々にコモディティ化するものですが、心の機微を感じるというのはたぶんシンギュラリティが来た後にも、人間が存在する限り求められるものだと思うんですね。そこにやっぱり価値があると思うし、だからこそ機微や違和感を持った時にそこから逃げず、深堀していくことをぜひ大事にしてほしいと思いますね。

取材後記

今回の対談の中で両氏の意見に共通していたのが、「手段と目的が逆転してしまう」リスクだ。ソリューションやテクノロジーといった手段ありきではなく、はじめに日常の中で感じる違和感や顧客が抱える課題=「新規事業を行う目的」をどれだけ深掘りできるか。こうした意識付けや行動の積み重ねの先に、良質なビジネスアイデアや新規事業創出の勝ち筋が見えてくるはずだ。

▼PERSOL INCUBATION PROGRAM「Drit」の詳細についてはこちらをご覧ください。

(編集:眞田幸剛、取材・文:太田将吾、撮影:古林洋平)

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コメント4件

  • 菅野 敦也

    菅野 敦也

    • NPO法人 超教育ラボラトリーInc.
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    自分の行動のログを取る。それは自身のインプットによるアウトプットを言語化≒体系化することで、試し撃ちを繰り返し照準を合わせる、アジャイル起業に欠かせない基本のキ。激しく賛同いたします。
  • 山田 茉侑

    山田 茉侑

    • 株式会社ワントゥーテン
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